ある晴れた日の昼下がり、第二計画実行中に乱入者があった日
今日は第二計画実行日だ。フェリシアの邸で開催するお茶会が実現したのだ。もちろんディオーナも来る。前日からフェリシアは出すお菓子やお茶の確認をし、朝早くからは庭園に使用人たちと一緒に机や椅子を並べたりしていた。
「良い天気になってよかったわ」
フェリシアは空を仰いだ。
「新しいフェリシア様の婚約者候補の方とお会いできるなんて楽しみ過ぎます!」
「そうそう。きっと素敵な方よ」
ライラとアンネが話している。
「婚約者候補ではないわよ。信頼しているけど失礼のないようにね」
「「はーい」」
「もう。ライラまで張り切って」
フェリシアは苦笑した。どちらかと言えばアンネの方が明るく元気な方で、ライラは落ち着いている方なのだが、今はどちらも気分が変な方に高揚しているようだ。これ以上はそっとしておこうとフェリシアは最終確認を始めた。
お茶会の時間が近づきエントランスまで行くとまずマレーナがやってきた。
「フェリシア。お招きありがとう!今日は普通にお茶会で会話したらいいからね。主にテオ兄様に話しかけて欲しいのはあるけど」
「わかったわ。頑張る。あ、コンラード様が来られたわ」
バックリーン公爵家の家紋が入った馬車が見えてきた。ディオーナはテオドールと来ることになっている。万が一妊娠中のディオーナが体調を崩したらコンラードかテオドールが先に連れて帰ることになっているそうだ。
コンラードが馬車から降りてくる。
「フェリシア嬢。招待してくれてありがとう。マレーナ王女殿下、ご機嫌いかがでしょうか?」
「とても気分が良いわ。良い天気だし、テオ兄様もちゃんと来てくれるし」
「そうだな。本当に驚いたよ。今までなら絶対来なかったんじゃないか?心境の変化でもあったのか?それなら良いんだけどな」
二人が楽しそうに話しているのをフェリシアは見ていた。フェリシアが少しでも役に立てているなら嬉しいのだが。
そこへラーゲルベック公爵家の家紋の馬車が入って来るのが見えた。
早々に全員揃いそうだ。
止まった馬車からテオドールが先に降り、ディオーナをエスコートしている。
「ようこそお越しくださいました。おかしな庭ですが楽しんでいただけるとよろしいのですが」
フェリシアが自信なさげに言うとディオーナが嬉しそうに手を握ってきた。
「お招きありがとう。とっても楽しみにしていたの。それに、久しぶりの外出だし」
「フェリシア嬢。招待ありがとう」
フェリシアは二人に笑いかけた。
「本当におかしな庭なんです。特に今ちょっとよりお見せるのが恥ずかしい状態でして」
「あら、楽しそうじゃない。行きましょう」
全員揃ってフェリシアの案内で庭園へと出る。出たところは一応普通の庭なのだがその先である。少し歩くと見えてきた。
「あちらに席をご用意してあります」
フェリシアの言葉に全員がそちらに目をやるとお茶会用の机を囲むように4つの広い花壇が囲んでいる。
「これはまた、珍しい」
「そうでしょ?」
「あら、素敵じゃない」
「何も咲いていないところがあるな」
一つの花壇は真っ赤な薔薇のみが咲き誇り、その隣の花壇は白い薔薇がそよそよと風に吹かれながら満開状態で、その向かいにはピンクの薔薇が愛らしく所狭しと咲き乱れている。
そしてもう一つの花壇は現在何も植えられていない。
「ねえ。前はここに薔薇じゃない花が何種類か咲いていたわよね?」
「ええ、父が全部抜かせたのです。生まれてくる孫は女の子に違いない!って言い出して、庭師に指示したんですよ。生まれて直ぐに好きな花を言えるわけないのに。
そうしたら兄がじゃあ自分は男の子だと思うから、もし男の子だったらそこには当面ピンクの薔薇を植える!って言い出して。父がそれなら半分赤で半分ピンクだ!って現在揉めています」
お恥ずかしいとフェリシアは頬を染めた。何も植えられていない花壇など普通ないのだが、かなりの広さの花壇が土が剝き出しなのだ。
母も義姉もそんな二人に呆れているが、愛情表現だと思えば怒れないと言っていて、大きなお茶会を開くことをしていない。怒れないが、さすがに多くの人にこの庭を見られたくないというのが本音なのだ。
父の仕事柄母や義姉と親しくなりたいご婦人方は多いのだが、呼ばれれば時間があれば行くが、呼ぶことはない。本当に親しい人しか呼ばないのだ。
この前と同じ席順で着席するとライラとアンネがお茶を淹れ始めた。ちらちらこちらを見ながら。
「でも、素敵なことじゃない?愛する妻の為にこんなに広い場所を全部真っ赤な薔薇にするなんて。お父様はロマンチストね」
「そうなの。フェリシアのお父様って生真面目そうな顔しているじゃない?フェリシアにソックリの。それが妻にはこんな愛情表現をしているだなんてちょっと意外でより素敵に感じたのを覚えているわ」
「お父様に似てらっしゃるの?」
ディオーナが顔を覗き込んでくる。
「そうですね。父に似ているとよく言われます。母に似た方が華やかなドレスが似合っただろうにとも思うのですが、父に似ていて良いこともあるんですよ。
子どもの頃父の仕事に付いて行くと他の役人の方たちが直ぐに顔を覚えてくれるので」
クスッと笑い声が前から聞こえてそちらを見た。テオドールの目が笑っている。
他の三人も凝視している。しばらく流れた沈黙の後、一番先に声を出したのはディオーナだった。
「テオったら何で笑うのよ。良いじゃない」
「いや、すまない。子どもの頃から役人に覚えられる程アーレンバリ侯爵に似ていたのかと想像したらちょっと笑ってしまった。兄君も侯爵を若くしたような感じだからフェリシア嬢と少し似ているなとは思っていたんだが、改めて本人から言われると面白いものだな」
そう言っているテオドールを三人が嬉しそうに見ている。もしかしたらこんな風に笑うこともあまりないのかもしれない。それなら少しは役に立てただろうかとフェリシアは喜んだ。
その後も会話は次々と変わりながら続いて行く。今日もディオーナお手製のクッキーを持ってきてくれたのでフェリシアは喜んでそれを食べた。
「それにしても圧巻だなあ。こんなはっきりと色分けされているなんて。しかもこの広さで。どんだけ奥さんと娘を愛しているんだって感じるよ。だって薔薇の季節が終わるとこの辺の庭は咲く花が何もなくなるんだろう?」
コンラードが聞いてきた。
「ええ、そうなんです。だから庭師が邸の裏に植木鉢で花を育てていて薔薇の時期が終わったらそれを並べるんですよ。重いので使用人総出でやってくれています。裏の植木鉢が並んでいる場所もなかなか面白いですよ。あちらは庭師が考えた花が育てられているので多種類なんです」
「あはは。庭師が大変だがちょっとした庭師の矜持も感じるな。綺麗な庭を維持させる為に考えてくれているんだなあ。アーレンバリ侯爵家はなかなかおもしろい家だな。使用人たちも」
「確かにそうかもしれませんね。父は王家の所領に行くことが多いので家に帰って来ない日も多いのです。だからその分家では頑張ってましたね。兄が赤ん坊だった時、あまりにも家にいない日が続いて、帰ってきたら兄にもの凄く泣かれたそうです。
父親として認識されていないんじゃないかって思ったらしく、泣き止むまで抱っこし続けたらしいんですが全然泣き止まなくて、結局泣き疲れて寝るまでそのままだったらしいです。それ以来、帰って来ると『父上』と何度も呼ばせようと試みていたらしいです。
同じくその頃に庭に真っ赤な薔薇だけの場所を作って母に贈ったらしいです。それが始まりですね。母にも忘れられると思ったのかしら?ってその話を聞いた時に言ったら、母がきっと逆よって。忘れないでくれに違いないわって言ってました」
フェリシアは子どもの頃の思い出話をした。
「素敵じゃない!良いわ。凄く良い!素敵なご夫婦ね。こんな素敵な話でできた庭だと知ったら、より素敵な庭に見えるわ!」
「でしょ?私もその話を聞いた時素敵な話だなって思ったの。だからフェリシアはこんな穏やかな優しい子に育ったんだわ」
確かにそうかもしれない。両親は二人でいる時も子ども達といる時も仲が良い。そんな夫婦に憧れていた。だから、穏やかな家庭を作りたかった。イクセルと揉めたくなくて言うことを聞いていたのも仲が良いように見せようとしていたのかもしれない。
そんな時だった、邸の方から騒ぐ声が声が聞こえてきた。何か言っているのは執事のバートのようだ。全員気づいたようで声の方を見ている。
そして見えた姿にフェリシアは驚いた。イクセルがアーレンバリ侯爵家の護衛騎士とバートに止められながらもこちらに向かって来るのだ。
慌ててフェリシアは立ち上がり席を離れた。
「フェリシア様。申し訳ございません。ヌールマン侯爵のご子息がどうしてもフェリシア様に会いたいと言って来られて、来客中だと申し上げたのですが、今すぐ会わせろと入ってしまわれまして」
バートも護衛騎士も困った顔をしている。たとえ元婚約者だとしても侯爵家の息子に手荒な真似はしにくいのだろう。何度もこの邸に来ているし邸の構造もだいたい把握しているだろうイクセルを止めるのは難しかったのだろうが、さすがにこの場に来てほしくはなかった。
イクセルがフェリシアを睨んでいる。
「イクセル様。どうされましたか?如何様のご用件でしょうか?」
「おまえ、父上に何て言ったんだ!」
「ヌールマン侯爵にですか?あれ以来お会いしていませんし、お手紙なども書いておりません」
「そんなはずないだろ!それかおまえの父親が何か言ったのか!」
「父は書面のやり取りだけで終わらせると言っていたのでお会いしてはいないと思いますよ!」
一体何があってそんなに怒っているのか想像できない。
「エミリアと結婚して良いと言ったよな?」
「はい。その方が二人が幸せになれると思ったからです」
「嘘を吐け!その後父上に何か言っただろ!!」
「いいえ何も」
「その澄ました顔が嫌いなんだ!私は理解していますって顔しやがって!オレより頭が良いとでも思っているんだろ!」
「そのようなこと思っておりません。ですがそのように感じられていたのでしたら、婚約関係を解消して良かったと私は思います」
「ふん!それで、いい気になって、マレーナ王女殿下と一緒に公爵家の人たちと楽しくお茶会か?
エミリアはマレーナ王女殿下と関係が拗れているんだぞ!おまえはそれを取り持つべきだろ?オレたちを許したなら友人関係も元に戻せよ!」
あまりの言いようである。何故裏切られたフェリシアとの友人関係を修復しにも来ないエミリアの為に、マレーナとの関係の修復を取り持たねばならないのだ。しかもマレーナ本人と公爵家の方々の前でこのような醜態を晒すなど恥という概念がないのか?
「エミリアが修復したいと思っているなら自分で方法を考えるように伝えてください。私はマレーナ王女殿下でもブレンダでもないので、その感情をどうこうすることはできません」
フェリシアは正直に返した。二人はあの日あんなに怒ってくれていたのだ。それはフェリシアを思ってのことだ。そこにフェリシアがエミリアを許すように言うことはできない。それに、二人はフェリシアを裏切ったことだけに怒っているわけではないのだから。様々なことが重なって怒ったのだ。
「おまえはオレもエミリアもどうなっても良いっていうのか!」
先に裏切ったのは二人だ。何故フェリシアが怒鳴られなければならない。さすがにムッとして眉間にしわを寄せた。
「おまえは悲劇のヒロインだもんな!婚約者と友人に裏切られた可哀想なご令嬢!今社交界ではそう噂になっているぞ!」
「それは知りませんでした。私はそういった噂のある場所には行っておりませんので」
「おまえが言いふらしたんだろ!自分が有利になるように!」
有利も何も、何もしていないのだ。困ったと頭が痛くなってきた。こんなに会話が成立しない人だっただろうか?
「いいか!おまえの発言で、エミリアと結婚できるようになったが、家は継げなくなった!父上がフェリシアにしたことを考えるとおまえに貴族議会の議長は任せられないってさ!!
弟に継がせるからおまえはエミリアと領地で領民の為に働けと言われたよ!何故こんなことになったんだ!おまえのせいだろ!」
驚いた。ヌールマン侯爵は後継者をイクセルの弟ベンゼルに変更したのか。確かに貴族議会の議長は疚しいところがあってはならない仕事だ。たくさんの貴族と会うことになるし、より良い国になるよう王家に意見したり提案したりと話し合いそれを議会で取りまとめなければならない。
そう言ったことを担当する仕事の為には結婚目前に浮気するような息子には任せられないと判断したのかもしれない。清廉潔白であることが望ましいからだ。弱点や汚点があってはならないのだ。
「私は何も言っておりません。エミリアと結婚させた方が良いと言っただけです」
「そもそもおまえに可愛気があれば浮気なんかしなかったんだよ!オレに愛される努力をしなかったからこんなことになったんだろ!どうしてくれるんだ!オレの人生を返せ!」
そんなことを言われても何もしようがない。そちらこそヌールマン侯爵の背中を見ていたならどういった行動を取るのが良いか理解していなければならなかったはずだ。さすがにフェリシアもこれには怒りが湧いてきた。
「とにかく、私は二人を別れさせるとおっしゃったヌールマン侯爵に結婚した方が良いと言っただけ、」
そうフェリシアが言いかけた時だった。
パーーーン!!と庭に音が響き渡った。フェリシアの頬をイクセルが思いっきり叩いたのだ。しかも首まで持って行かれそうな強さで。あまりの出来事に呆然としながら頬を押さえイクセルを見る。
「オレの人生を返せよ!領地なんかで生活したくないんだ!家を継ぐのオレなんだ!」
叫ぶイクセルに集中していて気付かなかったがいつの間にか隣にテオドールが来ていて、真っ白なハンカチを渡してくれた。
「唇が切れて血が出ている。それで押さえるんだ」
フェリシアは申し訳ないと思いながら、ハンカチでたらりと血が流れたのを感じた右の唇の端を押さえた。
「君は先程から何を言っているんだ?聞くに堪えないことばかりだ。しかも女性を叩くなど男のすることではない。フェリシア嬢に謝罪して直ぐにこの場を立ち去れ」
気付いていたくせに怒りの余り醜態を晒したのはイクセルだ。王女と公爵家の人に不興を買うのはさすがにまずいと思ったのかもごもごと何か言っている。
「聞こえない。先程まであんな大きな声が出せていたのに急に出せなくなったのか?」
地を這うような声が静かに問いかける。
「オレは悪くない。フェリシアが悪いんです」
はあ、と大きな溜息が隣から聞こえた。
「君はまだそんなことを言うのか?私が聞くに堪えないと言ったのが聞こえなかったのか?その耳は何のためについているんだい?それとも都合の良いことしか聞こえない耳なのか?」
「オレだって後継者になる為に努力してきたんだ」
まだ反抗するつもりのようだ。テオドールから冷風が吹いているというのに。
「どんな努力をしたのか私は知らないが、君にその資格はないと判断したヌールマン侯爵は人を見る目がしっかりしている。たとえ息子であっても容赦がないことがわかって良かったよ。
ヌールマン侯爵は人徳者だ。だがそれはただ優しいとか人から好かれているというからだけではない。
等しく誰の話でも聞くが、ダメだと思った意見はきちんと否定し、揉めれば中間地点を提示して円満に収めるなど議会を円滑に進める技量がある。国を良くしようとしている人間と自分だけが得をしようと考えている人間を見分ける目もある。そして困っていれば手助けもする。だから他の貴族たちから好かれ人徳者と言われているのだ。それらは全てヌールマン侯爵が行ってきたことの結果だ。
人徳者だから好かれているのではない。行ってきたことの結果、人々から好かれ人徳者になったのだ。
君にはそれがないだろ?だから後継者になれなかった。それだけだ。フェリシア嬢自身は関係ない。フェリシア嬢に君がしたことを考えたら後継者にできないと判断したんだ」
イクセルが恨めしそうにフェリシアを見てくる。
「おまえは良いよな。父親のおかげで王女の友人になれて。婚約者も選び放題だったろ?おれは父親が選んだおまえと婚約しただけだ。始めは良かったさ。それなりに美人だしな。
だが、舞踏会や観劇に行くといつも先に声をかけられるはおまえだ。オレの父親だって凄いはずなのに、王家の最側近の父親を持っていることと王女の友人であることでおまえにばかり声がかかる。オレはおまえの付属品か?
おまえはオレを立てているつもりだったんだろうが、それが余計に腹が立つ。立ててあげていますって感じでな。そんな時に可愛くてオレの話を楽しく聞いてくれる女に会えばそっちに行くだろ?
エミリアだって泣いていたぞ。王女からもブレンダ嬢からも怒られたってな。二人ともおまえの味方をして自分を仲間外れにしているって。エミリアはいつもおまえの陰に隠されていたって言っていたぞ。
おまえなんなの?そんなに偉いのか?オレたちの幸せを壊して楽しいか?」
イクセルがそんな風に思っていたとは思わなかった。確かに出かければよく声をかけられた。お父様によろしくと。いちいち誰がいつそう言ったかなんて報告しない。余程親しい仲なら別だが。
そんなに嫌われていたとはさすがに傷つく。それならエミリアと関係を持つ前に婚約解消を申し出て欲しかった。それでもしなかったのは我が家の存在が欲しかったからだろうが、それを越えて浮気をしたのだ。フェリシアが悪いという理由を自分でつけて。それは言い訳でしかない。どんな理由があっても浮気は浮気だ。
「私はあなた方との関係を絶ちました。それはあなた方が招いたことです。私に責任が全くないわけではないのでしょうが、私との縁を切ってからエミリアと婚約して正式にお付き合いをすればよかったのです。そうすればヌールマン侯爵は怒らなかったのではありませんか?」
フェリシアが自分で思った以上に冷静な声で言えた。
「それでおまえは傷つくか?傷つかないだろ?新しい婚約者なんてすぐ見つかるしな。ある意味これは復讐なんだ。オレたちの。おまえは生まれた家のおかげで黙っていても良いことばかりやってくる。物静かで穏やかな令嬢と言えば聞こえはいいが、オレにしたら何を考えているのかわからない。しかもおまえばかり注目される。
王女と友人というのも良いよな。その座を欲しがる令嬢はたくさんいるのにマレーナ王女殿下はお前以外に特定の友人を作らない。やっと学園に入って友人になれるかと思って期待しても、おまえが横にいておまえの友人で周りを固めてしまって近づけない。
オレはたまに言われたよ。自分たちにも王女を紹介してくれって頼んでくれって。何故そんなことオレがしなければならない?
エミリアだってそうさ。マレーナ王女殿下と四人でいても自分だけ疎外感を感じると言っていた。だから寂しいっていうんだ。抱きしめたくなるだろ?エミリアはおまえみたいに強くないんだよ」
フェリシアは何も言えなかった。自分が二人を傷つけているなんて思ってもみなかった。マレーナとの友人関係も普段通りしていただけで他の人間を入れないなどしたつもりはない。
フェリシアを傷つける為にギリギリまで黙っていたのか。確かに早々に言われれば今ほどの傷は受けなかっただろう。
「あなたがやったことは身勝手だわ。結婚直前での婚約破棄でたくさんの人たちに迷惑をかけたくさんのお金が無駄になったのよ。私を傷つけるために他の人たちも傷つけたわ。
私に言いたいことがあるなら、堂々と言えば良かったじゃない!良好な関係を保てているフリなんてしなくても良かったじゃない!さっさと私を罵って別れたら良かったじゃない!」
フェリシアはポロポロと涙が流れて来たのをハンカチで拭うこともせず、倒れそうになる体を踏ん張って言い返した。段々顔が腫れてきたのかしゃべりにくい。
「君たちはフェリシア嬢の言う通り身勝手だ。自分に足りないものを人のせいにしている。君がヌールマン侯爵のような振る舞いをしていたら君に声がかかっただろう。そういった努力を怠ったのではないか?マレーナ王女殿下のこともそうだ。
マレーナ王女殿下は幼い時からフェリシア嬢と友人だ。その間に入るのは難しいほど仲が良いことは確かにあるだろう。だが、他に友人がいないわけではない。君たちが知らないだけだ。その中で一番仲が良いのがフェリシア嬢というだけだ。
君たちはフェリシア嬢の近くにいすぎて客観的に物事を見られなくてこんなことをしたのだろう。だが、それは許されることではない。君はエミリア嬢のこともちゃんと見えているかい?
きちんと一度二人で今後どうするか話し合うことだな。さあもう帰りたまえ。衛兵を呼ばれたくなければ」
テオドールの言葉にイクセルはフラフラと帰って行った。フェリシアはテオドールに支えられながら机まで戻り椅子に座る。既にライラが冷えた水を桶に入れて持ってきてくれていて、タオルを浸して濡らしてから絞って頬に当ててくれた。アンネは傷薬を用意していて唇に塗ってくれた。
「皆様、とんだ醜態をお見せして申し訳ありません。折角のお茶会を台無しにしてしまいました」
フェリシアは何とか開く口で謝罪した。
「呆れてものも言えないわ。何あれ?私が誰を友人とするかなんて私が決めることよ。学園時代に声をかけられて何人かのお茶会に行ったけど、一番話が合って信頼できるのはフェリシアなんだもの。しょうがないじゃない。勝手に嫉妬して醜いったらないわ」
「うん。何て言って良いのか難しいけど、婚約破棄おめでとう。フェリシア嬢は悪くないよ。浮気してくれて感謝だな。結婚しても上手く行くはずがないからな」
「私、途中で走って行って殴ってやろうかと思ったわよ。そんなことしたら叱られると思って我慢したけど」
マレーナたちが慰めてくれるのに一人一人感謝の言葉を告げる。
醜態を見せたことに謝罪をしたフェリシアだったが、本当はマレーナたちがいてくれたことに感謝していた。一人で対峙していたとしたら、きっと何も言い返せず、一方的に言われ放題になっていただろう。テオドールが間に入ってくれ、またマレーナたちが見ていてくれたから立ったまま対峙することができて、言い返すこともできた。
イクセルたちの本音を知ることができたが、一人では到底受け止めきれなかっただろう。
「本当に皆さんがいてくださって心強かったです。私一人だったら聞いてられなかったです」
「うんうん。一人じゃなくて良かった。あいつは良いところに来たな。これで、フェリシア嬢にはマレーナ王女殿下だけではなく、ラーゲルベック公爵家とバックリーン公爵家がついていることもわかっただろう。却って良かったじゃないか。なあ?」
「そうね。あこまでバカだとは思わなかったわ。女性を叩くなんて。しかも私の目の前でよ。傷害罪でフェリシアが訴えたら裁判開始1分で勝てる事案よ」
マレーナが怒り再燃とばかりに腕を組んで怒っている。その姿に頼もしさを感じ感謝した。
「さあ、フェリシアが大変だったからここでのお茶会は仕切り直しにして残念だけど散会にしましょう。テオ、悪いけど私はコンラードと帰るからしばらくフェリシアについていてあげて。一人になった途端、急に気分が落ちることがあるかもしれないから。マレーナ行きましょう」
「テオ兄様お願いね。フェリシア。あんな男の言うことは気にしなくて良いからね。ブレンダにもこのこと言っておくわ。客観的に見た話をした方が良いだろうし。それで今度また三人で出掛けましょう」
「皆様申し訳ありませんでした。そしてありがとうございます」
フェリシアは心から感謝の言葉を述べた。
「それじゃあね」
三人が去って行く。本当にテオドールが残ってくれるようだ。侍女たちも使用人たちも離れた場所からフェリシアたちを見守っているようだ。