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6/14

湖のある王家の所領へ旅に行って、友人の大切さを改めて感じた日

 翌週、フェリシアはいよいよ三人での旅行の日を迎えていた。これまで王家の所領に旅行に行く時は四人だった。でもこれからは三人になるのだ。これを寂しいと感じてはいけないとあのお茶会で学んだ。エミリアが選んだことなのだからと。

 二泊三日だというのに大きな旅行バックが3個にもなった。今はマレーナが王家の馬車で迎えに来てくれるのを待っている。侍女を一人だけ連れて行けるのでライラとアンネがくじ引きをしてライラが勝ち取っていた。

 門の入口で待っているとしばらくして王家の馬車が見えてきた。時刻通りだ。

「フェリシア!お待たせ。良い天気になって良かったわ」

「マレーナ迎えに来てくれてありがとう」

 二人が話している間に荷物が荷物用の馬車に乗せられ、フェリシアもマレーナと一緒に馬車に乗り込んだ。ライラは後ろの侍女用の馬車だ。その後ブレンダも迎えに行き、いよいよ旅が始まった。

 といっても、その所領には馬車で半日ちょっとで着いてしまうのだが。

「王家所領の手前の領地で昼食にしましょうよ。手前はバックマン侯爵家の領地だから美味しいお店を聞いてきたの」

 ブレンダの婚約者の領地だ。

「良いわね!あそこの領地は最近合鴨を育てるのに力を入れているから合鴨料理かしら?」

 マレーナが小首を傾げている。

「もう!マレーナったら当てちゃうんだから!そうなの。合鴨料理専門店で、合鴨のパイ包みが特に美味しいんですって。

 半年前にできたお店だそうよ。半年で人気店になったらしくて、アーベル様が予約しておいてくれたらしいの。だから断られたらどうしようと思ったわ」

 ブレンダが怒ったふりをしながら笑っている。いつもの光景のようにフェリシアは感じた。

「各領地の特産物を覚えるのは大変なのよ。でも王女だから国のことを知らないとならないから、たくさん勉強したし、それに新しい情報も入るから大変なの。でも楽しみね。人気店の料理が食べられるなんて」

 マレーナも明るく笑っている。まるで今までと何も変わっていないようだ。

「そうね。楽しみだわ。少し散策もしましょうよ」

「そうね。王都から離れてないから目新しい物はなさそうだけど、美味しいものはあるかもしれないし」

「ちょっとマレーナ、それ褒めてるの?貶してるの?」

「褒めてるのよ。王都から近いと便利でしょ?結婚しても、王都と領地を行き来するのが楽だもの。いつでも会えるわ」

「そういう言い方をされると、褒められてるのかしら?」

 ブレンダが納得のいかない顔で唸っている。

 それを見てフェリシアとマレーナは笑い、釣られてブレンダも笑った。賑やかな道中は話題が尽きず、馬車に乗せてあった果実水も全て飲み干してしまった程楽しくしゃべり笑ったのだった。


 王都を出て、バックマン侯爵領の繁華街に着いたのは出発して3時間後だった。

 ブレンダの案内でお店に向かうと予約席に通された。確かに繁盛しているようで、給仕の人数も多い。

 三人で合鴨のパイ包みとサラダを頼むとしばらくして出てきた。

 パイの焼けた香ばしい香りとハーブの香りがして美味しそうだ。サラダにはチーズとニンジンのドレッシングがかけられている。

「美味しそうね。いただきましょう」

 マレーナの言葉で三人で食べ始めた。

「美味しい!細切にされた合鴨と玉ねぎとマッシュルームが入っているのね。ハーブの味もしてサッパリしているのに、合鴨の味がしっかりしているからハーブに負けてないわ」

 マレーナが言う通り、ハーブのおかげて肉の臭みもなく、それでいてしっかりとした味がする合鴨が美味しい。

「パイに包まれているのがいいわ。パイの香ばしさもあって食欲をそそるもの」

 フェリシアも感想を言うとブレンダが嬉しそうに笑っている。いずれブレンダもこの領地の采配をするのだ。ブレンダが領地にいる時はたまに遊びに来ようとフェリシアが考えている時だった。

「ブレンダさん。お久しぶりね」

 女性が声をかけてきた。母親くらいの年代だ。

「バックマン侯爵夫人。お久しぶりです。今日はアーベル様に紹介していただいたお店に友人と食事に来たんです」

 なるほど、もうすぐ義母になる方か。まさかこんなところで出会うとはブレンダも驚いたことだろう。

「ええ、アーベルがこの店を紹介したと言っていてから私もご挨拶に来たの。

 マレーナ王女殿下にご挨拶申し上げます。バックマンの妻アーデルでございます。お食事を楽しまれてらっしゃいますか?」

 この言葉で王女がいると周囲に気付かれてしまったようだ。店内がざわつき始めた。夫人は気にしていないようだが、それが狙いなのかもしれない。

「ええ。とても美味しいわ。バックマン侯爵がしっかり仕事をされているようね」

 マレーナが王女としての顔になった。しかもその言葉の裏には、侯爵はしっかり仕事をしているがあなたは何をしているのか?と言っているのだ。休暇中のマレーナは目立たないようにいつも気をつけている。

 王女だと知られればどうしてもそこに仕事が発生するからだ。その仕事とは本当に働くわけではない。王族として否応なしに振る舞わなければならなくなるのが嫌なのだ。休暇中くらいは自然に過ごしたいらしい。

 しかし夫人はそのことを知らないから矢継ぎ早に話しかけてくる。

「当領では合鴨の餌にこだわっているんですよ。ご覧になりませんか?」

 夫人はマレーナが気分を害していることに気付いていないようだ。

「遠慮するわ。今日は久しぶりの休暇で来ているの。悪いけど食事中なの。折角の料理が冷めてしまうわ」

「そのようなことをおっしゃらずに。でしたらこの先の、」

「遠慮してくれる?今日は休暇なの。ごめんなさいね」

 マレーナはそれ以降夫人の顔も見ずに食事を再開した。夫人はやっと事態を把握したようで真っ青の顔でブレンダを見ている。

「バックマン夫人。今日は旅行の途中に寄って食事をしただけで、この先まだ行かないとならないんです。ですからゆっくりできないのです。申し訳ありません」

 ブレンダが何とかするからと夫人に目で言っている。夫人はお邪魔いたしましたと言って去って行った。

 その後は周りもこちらを気にしているが声をかけてはいけないものを感じたのだろう、何事もなく美味しく食事を終えた。

 マレーナは食事を終え店を出る際に、店員や客ににこやかに手を振りながら店を出た。それに中にいる人たちが手を振り返す。

 王女はやはり大変だなとフェリシアは影に徹した。

「マレーナ、ごめんなさい!まさか来るとは思わなくて。夫人は悪い方ではないんだけど、領地の合鴨の評判を上げるのにマレーナを利用しようとしたんだわ。本当にごめんなさい」

 ブレンダが必死に謝っている。

「そんなに怒ってないわ。ちゃんと手順を取らないのが嫌なだけ。私に視察に来て欲しいならちゃんと要望書を提出するように伝えておいて。息子の婚約者が私の友人だからと言って融通はできないわ。

 順番が来たらちゃんと行くから。順番抜かしはダメよ。他の領地だって待っているんだから。

 こう見えて私も忙しいのよ。

 でも合鴨の料理は美味しかったのは確かだから、この先ブレンダが結婚して大切にされているのが確認できたら、その時にはどこかのお茶会で話に出してみるわ。まあフェリシアに挨拶しなかったのは減点ね。それがなければちょっとくらい融通しても良かったんだけど」

 もうマレーナが笑って許している。マレーナも悪気があるとは思っていなかったのだろう。手順を踏むようにということだけなのだ。

「ありがとう、マレーナ」

「だから言ったでしょ?私の友人だとちょっとくらいは良いことあるのよ」

「王女じゃなくても友人になれて良かったわ!マレーナは器が大きいもの」

 二人の間で着地点ができたようでフェリシアは安心した。拗れるとは思っていなかったが、思わぬ乱入者でブレンダが珍しく焦っているのが心配だったのだ。

 そして辺りを少し散策してから馬車に戻り王家の所領に向かった。


 別荘に着いたのは4時頃だった。荷物は侍女たちに任せて三人で湖へと向かう。後ろから護衛が付いてきていた。

「良い天気で本当に良かった。湖がキレイだわ」

 ブレンダが大きく伸びをする。

「本当ね。ちょうど良い季節だもの。今日はこの後少し休んで晩餐ね。

 明日は午前中、領地の繁華街に行って、午後からここでピクニックランチをしましょう。別荘の料理長に実はもう伝えてあるの」

「良いわね!でも雨が降ったらどうするの?」

 ブレンダが天気を気にしているようだ。

「今日こんなに天気が良いのよ。明日もきっと良いわ。でももしあまり天気が良くなければ、湖が一番よく見える部屋の窓辺に机と椅子を並べてピクニック気分にしましょう」

「あら、それも楽しそう。どっちの天気でも良くなったわ」

 マレーナが吹き出している。

「ブレンダは調子が良いわね。美味しいものを食べられたらどっちでも結局良いんでしょ?」

「もう、フェリシアったら失礼なこと言わないで。楽しければどちらでも良い、の間違いよ」

「あまり変わらないわ。でもそうね。楽しければどちらでもいいわね」

「さあ、明日の予定も決まったし、ぐるっと一周したら別荘に戻りましょう」

 マレーナの言葉で三人で散歩を始めた。他愛もない話をしながらのんびりとした時間を過ごす。フェリシアは贅沢な気持ちになった。

「来て良かったわ。凄くスッキリした気持ちになってきた。最近は結婚準備で忙しかったからゆっくりする時間もあまりなかったし。イクセル様との結婚から解放されたと思うとなんだか楽しくなってきたわ」

 フェリシアの言葉にマレーナとブレンダが顔を見合わせている。

「ほら、言ったじゃない。やっぱりイクセルとの結婚にどこか不安があったんだわ。気づいてなかっただけ。疲れた顔をしてたもの」

「そうそう。大丈夫か心配してたのよ。でもヌールマン侯爵家では歓迎されているようだったから大丈夫かなって思ってたんだけど。まあ、良いんじゃない?フェリシアにはもっと良い相手がいるわよ」

 二人に言われるとそう思えてくるから不思議だ。

「ありがとう。そうね。前向きに捉えないと。はー、気持ちいいわ。湖が光ってる」

「ちょうど日差しが射しているのね」

「あらもしかしたら精霊が私たちを歓迎してくれているのかもよ?」

 ブレンダが言って来る。この国は精霊信仰だ。目に見えないだけで、何にでも精霊が宿っていると言われている。

「そうねえ。この湖にも精霊がいてもおかしくないものね。

 精霊様。いらしたら私たちのこれからを楽しい日々にしてくださいませね」

 マレーナが言っている。フェリシアがもし本当に湖に精霊がいるのならマレーナの願いが私の願いでもあるから叶いますようにと祈った。そして、テオドールが幸せになりますようにというのも付け加える。

 その時一瞬キラリと湖の中心が光ったような気がした。

「ねえ。今光らなかった?真ん中辺り」

「たまたまよ。日差しの加減だわ」

「私は見てなかったからなあ。もしフェリシアが言うように光ったなら精霊がきっとマレーナの願いを聞いてくれるかもね」

 三人で楽しく話しながら別荘に戻り、各自の部屋に行くと着替えをした。晩餐までまだ時間があるので、先に旅の疲れを取るために湯を張ってもらった。

「ライラ、ご機嫌ね。何か良いことあった?」

 髪を洗ってもらいながら鏡に映るライラを見ると終始にこにこしている。

「ええ、とっても。ブレンダ様の侍女の方と同じ馬車だったのですが、とても仲良くなって、今度休みを合わせて食事をすることになりました。私、友達が少ないから嬉しくて」

「良かったじゃない。ライラは休みの日も寮にいることが多いでしょ?たまにはそうやって友人と出かけたら良いわ。ちゃんと合わせられるように言っておくから任せなさい。

 そのまま恋人も出来たら良いわね」

「もう。フェリシア様はそればっかり。私はフェリシア様のお側で仕事をするのが好きなのです。ヌールマン侯爵家に付いて行けないと聞いた時は悲しかったんですよ。このままお邸に残って他の仕事をするしかないのかあって。

 でも次のお相手は侍女を連れて行っても良いと言う方にしてくださいね。アンネと二人で付いて行きますから」

「ありがとう。そうするわ」

 フェリシアは嬉しくて涙が零れそうになった。

 イクセルには半年前に侍女を連れて行くのを禁止されたのだ。フェリシアは引き続きライラとアンネに付いてもらうつもりだったのだが、他家に忠誠を誓っている人間を邸に入れたくないと言い出し、こっちで用意するからと言われ渋々了承した。

 その話をした時、ライラとアンネは衝撃を受けたようだった。大概の家が侍女を連れて嫁ぐ。そして所属がその家に変わるのだが、後日もう一度イクセルにお願いしたがダメの一点張りで聞き入れてもらえなかったのだ。

 今思えば、あの頃にはもうエミリアと関係があったのだろう。そしてその頃は家の為にフェリシアとそのまま結婚するつもりだったのだ。だから、愛人がいたり浮気がバレた時自分の味方をする人間だけを邸に置いておきたかったのだろう。ライラたちを連れていけば必ずフェリシアの味方をしただろうから。

 そうか、こういった面でも良い方向になったのか。婚約破棄して良かった理由がまた増えた。その度にフェリシアは心が軽くなるのを感じた。


 晩餐が終わり、それぞれ準備をして談話室に集まると、お茶とお菓子が準備されていた。

 最後にやって来たマレーナはなんと夜着の上にガウンを着て来て、それを脱いでクッションを抱えてソファーに座った。

「眠くなるまでここで過ごすのだから、部屋に戻ったらそのまま眠れる方が良いでしょ?」

 そんなマレーナの言葉に、ブレンダが自分たちもそうしようと言い出し、二人で急いで着替えて集まり直したのだ。

「私の侍女がブレンダの侍女と仲良くなったと喜んでいたわ。息抜きの仕方をあまり知らないから友人になってくれて感謝していると伝えてくれる?」

「主に似た侍女ね、きっと」

「もう、私はちゃんと息抜きしているわ」

「そうかしら?フェリシアは真面目だから。ヌールマン侯爵家の領地についても既に勉強してたじゃない。私は結婚してからで良いって言われたけど、イクセルは先にしろって言ったから。

 そんなの結婚して直ぐ働かせる気満々じゃない。だからこれからは適度に力を抜いたら良いわよ。

 私の侍女も私に似て、休みには買い物やカフェによく行っているわ。あの子は明るくて良い子だから、安心して任せてちょうだい」

「ありがとう。でも、なんだろう。本当に楽になったわ。結婚ってこんなに重いものだったのかしら?」

「私は全然。だから相手と合う合わないが問題なのよ。私は親族の紹介で婚約したけど、たまたま合ったのねきっと。だからお互い気兼ねなく過ごせているわ。結婚も凄く楽しみって訳ではないし、新しい生活が始まるんだなってくらいの感覚ね」

「あら、そう言って、嬉しそうに結婚指輪を選びに行った話をしてたのは誰かしら?」

 マレーナが加わって来た。

「そうね。確かにあの時は選ぶのに迷って、内側に入れる刻印でも迷ってって楽しそうに話してたわ。口ではそう言いながら、楽しみなんでしょ?素直じゃないんだから」

「それはそうよ。一緒にいられるようになるし。でも凄く楽しみにしていて待ち遠しいって訳ではないってこと。今の状態もちょうど良いかなとも感じるのよ。まあそんなわけに行かないんだけどね」

 婚約も結婚も、色々と大変だ。もちろん婚約破棄も。政略や家と家の結び付きを強くするのが貴族の結婚だ。だから離婚や婚約破棄はより大変なのだ。父にあの後任せっきりだが、迷惑をかけて申し訳ない。しかしフェリシアにできることは何もない。家長同士が話し合って決めたことを粛々と実行するしかないのだ。

 今回は全ての非をヌールマン侯爵が認めてくれたのでまだ楽に終わるだろう。場合によっては裁判になることもあるくらいだから。

「あのね。いつ言おうかと思ってたんだけど、先に言った方が明日楽しめるから言うんだけど」

 マレーナが急に切り出した。

「一昨日、エミリアが宮に来たわ」

「え・・・」

 フェリシアは驚いた。自分には何もないのにと。

「会って欲しいって連絡が来たから、直ぐに来られるなら会うって返事を直接持って行かせたら本当に直ぐに来たわ。

 フェリシアを傷つけるつもりじゃなかったけど、イクセルに惹かれてしまってどうしようもなかったんだって。

 もっと前に自分から言えば良かったでしょ?って言ったら、友達を止められると思って言い出せなかったとか言うから、結果友達ではもうないでしょって言ったわ。だってフェリシアに謝罪の手紙も出してないって言うから。

 フェリシアに謝りたいけど怖いんですって。罵られるって」

「罵ったりはさすがにしないわ。そんな風に思われているのね」

「だから言ったのよ。関係が始まった時に正直に言って、婚約解消の手順を踏んでからきちんと交際を始めれば良かったでしょって。そしたら、フェリシアがイクセルのことが好きそうだったから言えなかったっていうの。

 だったら友人として身を引くのはあなたでしょって言ったら、それはできなかったって」

「そう。早くに言ってくれれば良かったのに。あんな形で知るより良かったわ。もうすぐ結婚式だったのに」

「そうなの。だからあなたはどうしたかったの?って聞いたら、返って来た言葉で笑っちゃたわ。

 私たちと友達のままイクセルと結婚したかったんだって。凄いわね。婚約者を奪っておいて友人関係を続けたいって。だからそう言ったの。

 そしたらエミリアがね、だって、フェリシアには迷惑をかけたけど、他の二人には迷惑はかけてないって。たとえフェリシアと関係が修復できなくても私とは友達でいたいって言うのよ。

 お断りしたわ」

「・・・・・・・・・・」

 フェリシアも関係を修復する必要はないと決めたけれど、エミリアが言うともやもやした気持ちが湧いてくる。

 何故もっと早くに言えなかったのか?フェリシアは理解ができないと思った。いつから関係があったのかわからないが、最近ではないはずだ。

「そんなこと言わないで欲しい、悲しい、友達でしょって言うから、良識もなくフェリシアを傷つけたあなたとの関係は、私の中ではもうとっくに終わっているって言ったわ。絶句してた。

 何を期待していたのかしら?そもそも王家主催の舞踏会でいかがわしいことをして。せめてそういうのを了承している舞踏会でしなさいよって話なの。

 王家主催の舞踏会はそういったことは禁止になっているでしょ?カーテンの陰でちょっと抱き合うとかならまだしも。それだって夫婦か婚約者ならお目こぼしがあるだけ。

 浮気していかがわしいことを庭園でしようとしていたなんて王家への侮辱と変わらないわ。王家が多くの貴族が集まる機会を作って、その場で交流を深めて欲しいという舞踏会なのに、深めてはいけない交流を深めるだなんて最悪よ」

「ちょ、ちょっと、マレーナ、真面目な顔して冗談言わないでよ」

 ブレンダが口とお腹を手で押さえている。

「だってそうでしょ?冗談で言っているわけではないの」

「いや、でもちょっと、真剣に聞いていたのに変なこと言うからおかしくて」

 ブレンダが笑いを堪えている。

「ご、ごめん。フェリシア。笑っちゃって」

「良いのよ。もう笑い話だわ。エミリアもマレーナとの関係が悪くなるのは避けたかったんでしょうけど、それならそれで言い方があるわね」

「そうなの。でもどんな言い方をされても修復不可能よ。私、浮気する男も女も大嫌い。新しい人のところに行きたければ体の関係を持つ前に、きちんと話し合って関係を清算してから行けばいいの。だらだら両方との関係を続けて隠して黙っているなんて、イクセルには二度と話しかけて欲しくないわ。

 イクセルにとったら婚約者の友人だし、エミリアにしたら友人の婚約者よ。きちんとした順序ってのがあるの。それをしないでいる人と関わりなんて持ちたくないわ」

 マレーナがクッションを膝の上に置き腕を組んで怒っている。

 マレーナの母は陛下に側妃を持たせようとする重鎮たちに色々言われたそうだ。しかも中には王妃殿下はもう子どもを産むのは難しい年齢だから、側妃を持つように陛下に言って欲しいとまで言ってきた人もいるらしい。

 横でそれを聞いていた幼いマレーナでも、王族として側妃を父親が持つのは仕方がないかもしれないが、それなら父親が判断し、母親に了承を取ればいいことで、重鎮が母親に言う話ではないと思って聞いていたらしい。だから順序を考えて行動しない二人に腹が立つのだろう。

「じゃあ、私も良い?」

 ブレンダが手を挙げた。

「実は私のところにも一昨日エミリアが来たのよ。しかもマレーナと違って先触れさえなくね。だからゆっくり準備したわよ。先触れなく来た方が悪いんだから待たせておけばいいと思って。マレーナのところに行った後よ。

 マレーナが怒っているっていうから、そもそもフェリシアを傷つけたからこうなったんでしょって言ったら、そんなつもりはなかったっていうから、じゃあどんなつもりだったの?って聞いたのよ。

 ちゃんとフェリシアには結婚する前に話すつもりだったって。中々きっかけが掴めなくて遅くなってしまったって言うから、深い関係になる前に婚約解消してもらうべきだったでしょ?って言ったら、イクセルが本気かどうかわからなかったからとかいうから、そんな中途半端な関係で体の関係を持ったのか?って思い切って聞いたら、繋ぎ止められるならって思ったんだって。ゾッとしたわよ。

 友人の婚約者に横恋慕した挙句奪っておいて、更に相手を繋ぎ止める為に体の関係を持つのよ?貴族の令嬢として有り得ないわ。マレーナの言う通り筋が通ってない!順序がおかしい!

 私も言ったのよ。もっと早くに自分たちから言うべきだったんじゃないの?って。でもフェリシアが怖くて言えなかったって。何を見ていたらフェリシアが怖いと思うのよ。

 フェリシアに早い段階で言えば、フェリシアなら二人の気持ちを尊重するに決まっているじゃない。それがわかっていないっていうことは、ちゃんとフェリシアを見ていなかったのよ。自分がされたら怒るからフェリシアも怒るって考えちゃうんだわ。

 フェリシアはイクセルと別れても相手が見つかるだろうし、フェリシア側に政略的なものはヌールマン侯爵家にはないしね。それにフェリシアがイクセルが好きだって言うならまだしもそうじゃないから婚約解消したはずよ。円満にね。

 そりゃあ、早い段階で聞かされたとしても衝撃は受けるでしょうけど、体の関係まで持って、結婚直前であんな形で知るより余程マシよ。ヌールマン侯爵家側は政略的なものがあるから関係を切りたくなかったでしょうけどね。

 婚約解消して損をするのはイクセル側よ。

 だからお互いに関係を続けたいならさっさと言うべきだったわね。って言っておいたわ」

「ちょっと、ブレンダ。私より怒ってて怖いじゃない」

「だって開口一番マレーナが怒っている、だったのよ?普通はフェリシアを傷つけてしまった、でしょ?何勘違いしているの?って思ったらムカムカして。

 話を聞く前はちゃんとエミリアの言い分も聞こうと思ってはいたのよ。でも、直ぐそんな考え消えたわ。イクセルもそんな感じだろうから似た者同士でくっついてもらったら誰も不幸にならないわ」

 ブレンダが食べていたフルーツの皿を机に置く。

「二人ともありがとう。怒ってくれて。私はこの二人から離れないとって思って、あの時は驚き過ぎてちゃんと怒れなかったのよ。それに冷静に話したつもりなんだけど、その後不安が勝っちゃってあんなことになってしまったし。

 エミリアからの連絡を待たずに、呼び出してちゃんと怒って文句を言えば良かったわ。その方がお互いスッキリてきたかもしれない」

 マレーナがそう言ったフェリシアに指を突きつけてきた。

「フェリシアが反省する必要はないの。繋ぎ止めるために体を使うなんて恥ずべき事よ。

 前に言っていたじゃない。イクセルが体の関係を求めて来たのを断ったって。その時それが正解だって私言ったでしょ?

 貴族の結婚なんて初婚は純潔が重視されるから当たり前よ。それを求めてくる男がおかしいわ。その時からイクセルにフェリシアを任せて良いか不安だったのよ。案の定不安が的中したわ。

 でも発覚して無事婚約破棄できたから良かったって思いましょう」

「そうそう。充電したら新しい人を探さないとね。今頃知れ渡って邸に釣書きが山積みになっているかもしれないわよ」

 そう言ってブレンダが笑っている。

「そうね。私は二人に怒った。そして別れた。次を探す。これだけのことよね。難しく考えるのは止めるわ」

「そう言うこと。フェリシアの花嫁姿を見るのが先に延びたけど、そのうち見られるから急がないで良いわよ。私もフェリシアの結婚式用とブレンダの結婚式用にドレスを作ってあったんだけど、フェリシアのは処分したわ。とっくにね」

「あら、奇遇ね。私もとっくに処分したわよ。いい出来だったけど、着たくなかったものね」

 二人がねーと言って笑っている。

 強くて優しい友人がいてくれて良かった。フェリシアだけではこんな数日で立ち直れなかっただろう。

 イクセルに対して愛情はなかったと今は確信できている。ただ婚約中は穏やかな家庭を築けるだろうと思っていた。イクセルに合わせて出掛けるのも多少不満はあったがそれなりに楽しんでいたつもりだ。行きたい場所は他の人と行けばいいから。

 けれど、二人と話していて気付いた。フェリシアは本当はイクセルとの関係に疲れていたのだと。常にイクセルを立てねばならないことも、二人きりだとイクセルが話すことだけを聞き、フェリシアに話させてくれないことも。

 それから、ヌールマン侯爵家に呼ばれての晩餐の時に、夫妻がフェリシアと楽しそうに話しているのにイクセルは加わらないことも。

 本当は不満だらけだったのだ。良い方へ考えようとしていたがそれが更に疲弊させていたのだろう。

 同じ侯爵家でもヌールマン侯爵家の方が職務は上だが、陛下の最側近の我が家の方を周りは気にかけている。それも気に入らなかったのかもしれない。妻の実家でちやほやされるのではなく、自分の家で両親がフェリシアを可愛がっているのだ。逆だと思っていたのかもしれない。でもきっと今頃、エミリアの家では大切にしてもらっているだろう。

 目の前でマレーナとブレンダがどの店のどんなデザインのドレスを処分したのか話している。今後そのデザインのドレスをお互い買わないようにする為らしい。

 フェリシアは例え愛情がなくともエミリアにイクセルを渡した。その代わりこの二人は渡さないと心に誓った。

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