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謝罪しに来た人と謝罪と言う名の言い訳に始終徹した人と会って疲れた日とそれで泣いた夜

 翌朝、応接室には家族全員が集まっていた。もうすぐヌールマン侯爵がイクセルを連れて謝罪にやって来るからだ。父が来ても話すことはないから書面のやり取りだけで良いと返事をしたが、どうしてもというのでケジメも兼ねて来てもらうことになったのだ。

 フェリシアは憂鬱な気持ちで来るのを待っていた。一体何を話すことがあるのか?今更顔も見たくないのに。そう言ったフェリシアに、父がヌールマン侯爵の体面もあるから我慢して欲しいと言われて仕方が無くこの場にいるのだ。

 来週はマレーナたちと小旅行だ。王都から一番近い王家の所領に素敵な湖があるところがあって、その側に別荘が建っている。そこで三人で気ままにおしゃべりをする予定だから、余計なことを考えたくないのに。

 時間通りにヌールマン侯爵はやってきた。イクセルを引きずって。非難されるとわかっている場所に来たくはなかっただろうことがありありと伝わってくる。

「この度は愚息が大変申し訳ございませんでした」

 まずヌールマン侯爵の謝罪から始まった。こちら側としては聞くだけ聞いて、後は書面で速やかに婚約破棄と慰謝料をもらうだけ。

 これはあくまでもヌールマン侯爵の顔を立てているだけなのだ。とにかく謝罪したという事実がなければこの先家門の信用問題になるから。

「我が家としては素敵な良い義娘ができると喜んでいたのですが、愚息がとんでもないことをしてしまいました。

 妻は臥せっております。お嬢様を大変気に入っておりましたので」

 夫人は臥せっているのか。確かに可愛がってもらっていたし優しい方だ。さぞ驚いただろう。

「婚約破棄はもちろん全てこちらの引責で受け入れさせていただきます。大変残念ですが、こうなったのは愚息が悪いので、全て書面に書かれていた通りにさせていただきます」

 イクセルが不満そうにしている。

「辛い思いをさせてしまったね。申し訳ない」

 これはフェリシアに向けて言われた言葉だ。さして辛くはないが、謝罪は受け入れようとヌールマン侯爵に話しかけようとした時だった。

「確かに浮気したオレが悪かったのかもしれないが、フェリシアはそもそも辛くなんかないだろ?あの場でも動揺もせずに言うだけ言って去って行ったんだし。

 辛いなら泣いてすがるくらいすれば可愛いものの」

「イクセル!止めないか!心の中なんて誰も読めないんだ。泣いてすがることだけが辛い思いをしたとは限らないんだ」

 さすがヌールマン侯爵はわかっている。なのに息子ときたら酷い言いようだ。フェリシアが傷つかないとでも思っているのか。

「そもそもフェリシアがもっと可愛気があればオレだって浮気なんかしないさ。いつも従順そうに振る舞っているだけ。

 オレのことなんて本当は馬鹿にしてたんだろ。食事をしていても堅苦しいったらない。オレのマナーが悪いと注意してくるし。美味しく食べられないんだよ」

 そんな風に思っていたのか。フェリシアは楽しく食事をしていると思っていたのだが。

「オレが悪かった。それは認める。だけど、フェリシアにも問題があった」

「そんなものはない!イクセル!きちんと謝罪もできないのか?!」

「オレを繋ぎ止めておけなかったフェリシアにも責任があるだろ?オレだってフェリシアが完璧な婚約者だったら浮気なんてしない」

「いい加減にしないか!おまえは、浮気した。それもフェリシアの友人とだ。何故そんなことができるのか理解できないよ。ちゃんと謝罪して反省するように言っただろう?」

 親子喧嘩が始まったようだ。

「それはエミリアが可愛かったからだ。いつもにこにこ笑いながら話してくれるし、オレを褒めてくれるから、そっちに気持ちが行くのは当たり前だろ?

 フェリシアはキラキラした目で話しかけてくるなんてことないからな。いつもすました顔で薄ら笑いで何を考えているのか分からない。

 だからエミリアに行ったんだ。始めは婚約しているのだから申し訳ないとは思ったが、全部オレの責任ってわけじゃないと思って良いかなって」

 良い訳がない。聞いていてフェリシアは悲しくなってきた。家族は怒りに震えているようだが。

「こんなことになったのは全て愚息の責任です。お嬢様に瑕疵は一つもない。書面に書かれていた通りにさせていただきます」

「なんでだよ!フェリシアにも問題があるだろ?」

「そんなものはない!まだわからないのか!私はおまえの言っていることが全く理解てきない。

 昨日も聞いたが、こんな素晴らしい女性と婚約したのに他に行くおまえの言い訳なんて聞くに堪えない!」

「エミリアに会ってないからそんなことが言えるんだ!会えばわかるさ。誰だって言うよ。フェリシアより良いって」

「おまえはここに何をしにきたんだ!謝罪だろ?フェリシアを更に傷つけるようなことばかり言って恥ずかしくないのか?

 他に女を作った言い訳をしているだけじゃないか。ちゃんと謝罪しろ!」

 イクセルが不満そうに黙り込む。謝罪したくなければ来なければ良かったのに。

「エミリアだって悲しんでいるんだ。友人を傷つけたって。どうせフェリシアはもうエミリアと友人でいるつもりはないんだろ?

 これくらいで友人を止めるなんて、エミリアが可愛そうだ。折角マレーナ王女とも親しくなれたのに、マレーナ王女に言っておまえはマレーナ王女とエミリアを会わせないつもりだろ?

 自分は王女の友人だっていうのが自慢なんだから」

 はあ。ならこんな事をしなければ良かったのだ。フェリシアやマレーナと友人でいたいなら。自分の婚約者と関係を持った友人とこれまで通り付き合える人はどこを探してもいないだろう。

 どっちもどっち。似たもの同士で好きにしたら良い。

「ヌールマン侯爵。話はこれで終わりでしょうか?」

 父が怒りを抑えて言っている。

「いえ。続きがあります。イクセルとエミリア嬢は結婚させません。人の気持ちを分からない二人が結婚すれば不幸なことが増えるだけです」

「ちょっと待ってくれよ!そんな話は聞いてない!」

「認めるわけないだろ?フェリシアを傷つけ、多くの人に迷惑をかけたんだ。おまえはあの舞踏会でフェリシアに知られなければどうしていたんだ?

 結婚式までもう少しだったんだぞ?エミリアという女性を妾にでもするつもりだったのか?それはどちらにも不誠実だ」

「そろそろ婚約解消を言い出すつもりだったんだ。お互い話し合って別れて、それからエミリアと婚約するつもりだった」

「何とも身勝手な言い分だな。おまえの先程からの言い分だとフェリシアを悪くして解消するつもりだったのだろう?

 とてもじゃないが認められない。フェリシアに落ち度はない。エミリアとも別れなさい。それがおまえができる謝罪の一つだ」

 ヌールマン侯爵は良い方だなと思いながらもフェリシアは割って入った。

「いいえ、お二人はご結婚されたら良いのでは?愛し合っているお二人を引き離すようなことはしたくありません。

 それに、お二人が別れてしたくない結婚をすればそれこそ不幸な人が増えるだけです。愛し合っている者同士が結婚すれば不幸な人は生まれません。どうかそうさせてあげてください」

「ほら!フェリシアだってこういっている!最後に良いこと言ってくれた。見どころがなかったわけじゃないな」

「イクセル!おまえというやつは!」

「もうよろしいか?フェリシアがそういうなら二人は結婚したら良いでしょう。家としても後からご子息たちに色々言われたくありませんし」

 父がまとめに入ろうとしている。それに気付いたヌールマン侯爵が慌てて父の方を見た。

 職種的に立場が上なのはヌールマン侯爵だ。だが父は陛下の側近なのだ。父が今回のことを陛下に話したとしたらヌールマン侯爵家は悪く言われるのは確実だ。それは避けたいのだろう。

「本当に申し訳ありませんでした。大事なご息女と婚約させていただいたにも関わらず、このような不祥事を起こし傷つけてしまいました。

 償いきれるものではありませんが、そちらの言い分通りの慰謝料を払わせていただきます」

 そう言ってヌールマン侯爵は婚約解消の手続きの書面に、先にうちが署名してあったものの隣に署名した。イクセルにも急かして署名をさせる。

 署名をせずに持ってきたということはわずかに望みをかけていたのかもしれない。だがそれはない。

 更に慰謝料についての書面には既に署名がしてあり父に渡したヌールマン侯爵はフェリシアを見た。

「フェリシアが家族になる日を楽しみにしていたんだ。私も妻も。穏やかな声で話すフェリシアの話は聞くのが心地よかった。

 それがこんな形で無くなるなんて、本当に申し訳ない。愚息は一生許さなくて良いからね」

「ありがとうございます。お二人とお食事するのはとても楽しい時間でした。だから私もとても残念です」

「そう言ってくれてありがとう。妻にも伝えておくよ。

 それでは、本当に申し訳ありませんでした。直ぐに手続きに入りますので」

 そう言ってヌールマン侯爵たちは帰っていった。


「なんなんだ、イクセルは。謝罪なんてしてないだろ?傷口に塩を塗りに来ただけだ。ヌールマン侯爵には可哀想だがあんな息子にした責任は少しはあるだろうしな。

 フェリシア、何で結婚を許可したんだ?」

 兄が毒づきながら聞いてくる。

「言葉通りよ。あの二人を別れされてもまた不幸な人が増えるだけ。だったら結婚させてあげれば周りも迷惑しないでしょうし」

「まあ、そうだけど。あいつらの思い通りになって許せないとかないのか?」

「ないわ。私だってイクセル様に恋焦がれていたとかなら別でしょうけど、そこまでの思いはないもの。

 早くこの件から離れて別のことを考えないと」

「ラーゲルベッグ公爵のこと、本当に手伝うつもりか?おまえが傷つくことにならないかこう見えて心配してるんだ」

「大丈夫よ。お話をしてみるだけ。無闇に人を傷つけるような方ではないと思うし。少しでもお力になれたら良いんだけど」

「さあ、終わったことはもう忘れましょう。フェリシア、一緒に昼食に行きましょう。その後お買い物ね」

 義姉のエディットが言ってくるのにフェリシアは感謝し出かける準備をした。


 その日の夜。湯に浸かり温かくなった体で自室のソファーに座り、ライラにホットミルクを作って来て欲しいと頼んだ。

「フェリシア様、大丈夫ですか?だいぶお疲れのようです。僭越ながら、先程湯上がりに体を軽く揉みましたがかなり固くなっていました。明日は半日かけてほぐしましょう」

 アンネの言葉に声が詰まった。確かに固まっているだろう。今朝のヌールマン侯爵家とのやり取りでずっと体が強張り、かなり精神的にも肉体的にも削られるものがあった。

「ありがとう、アンネ。お願いするわ。本当に疲れるわね。早く完全に終わって欲しいわ」

 そこにライラが入ってくる。

「どうぞ。フェリシア様。少し熱いので気をつけてくださいね」

「ありがとう、ライラ」

 ホットミルクを飲むと心の奥の痛みがじわじわと湧いてきた。

「二人とももう下がっても良いわよ。私もこれを飲んだら寝るから」

 そう言って二人を退出させるとフェリシアは上を向いた。

 自分なりにイクセルと関係を築けていると思っていたが独りよがりだったようだ。幸せな家庭が築けると思っていたのもフェリシアだけ。

 イクセルはフェリシアとの関係に不満があったのだ。イクセルを立てていたつもりだったし、イクセルと出掛ける時はイクセルの意見を優先した。フェリシアが行きたいところを言うと行きたくないというからだ。

 観劇もいつもイクセルの趣味で選ばれた。レストランも洋品店も全てイクセルの選んだ場所だった。

 それでもフェリシアは楽しかったのだが、イクセルに似合う服を一緒に選んだり、またフェリシアに似合うアクセサリーを一緒に選んだりしていた時間は何だったのか?

 フェリシアの目から涙がポロリと一粒溢れた。

 確かにマナーを注意したことはあるが、そんな細かいことではない。食事中肘を付いて食べないで欲しい、といった庶民でも気を付けるようなマナーに対してしか言っていない。

 それを知った上でやるのがイクセルなのだ。わかってる、だけどこの方が楽だ、というのだ。

 そう言われるともう何も言えない。たったそれだけしか言っていないのに。

 またポロリと一粒溢れた。

 可愛気がない、かあ。確かにエミリアは可愛いし、いつもにこにこしていてフェリシアも可愛い子だと思っている。

 ブレンダはエミリアは可愛い系、ブレンダとフェリシアはキレイ系、マレーナは王族だからオーラからして違うからどこにも嵌められないとよく言っていた。

 だが、フェリシアは自分は醜くはないが、ブレンダが言うほどキレイな方に入るとは思っていない。ブレンダは背も四人の中で一番高く、スラリとしていてタイトなドレスがよく似合う美人だが。

 フェリシアは子どもの頃、表情がなく黙っていれば機嫌が悪いのか?と思われそうだと思い、敢えて普段から笑顔を少し浮かべるように気をつけている程なのだ。

 しかし、イクセルが言う可愛気がないというのは顔のことではないのだろう。

 普段の性格や仕草、話し方、どれをとってもフェリシアには可愛気がないということだ。 

 フェリシアだって笑顔で話しかけていたがそれを薄ら笑いと思っていたのには衝撃を受けた。フェリシアとしてはちゃんと笑顔で話せていると思っていたのだが。

 フェリシアは感情を大きく表現するのが苦手だ。

 確かにエミリアは美味しいケーキを食べれば凄く美味しいと満面の笑みを浮かべて言う子だ。フェリシアにはそういった表現が得意ではない。

 それでもイクセルといる時は楽しいと表現しているつもりだったが、馬鹿にしていると思っていたのかと思うと、本当に今までのことが何だったのか分からなくなってきた。

 新しい婚約者ができても同じ様に思われるかと思うと、もう結婚しなくても良いのでは?と思ってしまう。

 既にもう涙は次から次へと溢れていた。

 婚約破棄したことも友人を失ったことも仕方がない。イクセルが言うようにフェリシアにも問題があったのだろう。フェリシアたちは政略結婚をする為に結んだ婚約だ。フェリシアは深い愛情はないが、信頼し敬意をもって接していたつもりだったが、それでは満足できなかったのだろう。

 愛している相手、愛されている相手ができれば一緒にいたいと思うのは当たり前の成り行きだ。

 ただ、ただ、一緒に過ごした時間は何だったのかと思うと悲しみがどんどん溢れてきた。

 いつから二人の関係があったのかはわからないが、つい最近までそれぞれと会っていたのだ。早く言ってくれれば良かったのに。

 そうすればあんな発覚の仕方をせずに済んだのだ。もっと早い段階で言ってくれれば、お互い話し合って納得して婚約を解消し、新たにエミリアと婚約をしてくれれば、エミリアと友達でいられたかもしれない。

 フェリシアにとってイクセルよりエミリアの方が何でも言い合えると思っていたのだが、こっちも独りよがりだったようだ。エミリアの中でフェリシアは友人ですらなかったのかもしれないと思うと出会った頃のことを思い出しどんどん涙が溢れた。

 二人に裏切られていたと思うと悲しくてしょうがない。二人で会っている時、フェリシアに対して悪いと思わなかったのだろうか?

 思わなかったのだろうなあ。思っていればイクセルはあんなことを言わないだろうし、エミリアだって謝罪の手紙くらい送って来ても良さそうなのに一切連絡がない。それが切ない。

 言い訳もしないし、関係も絶ちたいと思っているのだろうか?

 次々と涙は溢れ、頬をつたい落ちて行く。

 何に対しての涙なのか?婚約者を失ったこと?友人を失ったこと?それとも両方?それとも裏切られたこと?それとも、何もかもなのか?

「疲れたわ」

 新しい婚約者もしばらくいらない。信用できるか、されてるか不安で相手に申し訳ない。怖くて次に踏み出せない。

 ラーゲルベック公爵のことはあくまでも手伝いだ。自分が等おこがましい。

 フェリシアは乱暴に涙を手で拭うとカップを机に置いた。

「寝よう」

 眠れるか心配だし、寝ても忘れられないし、現実も変わらないだろう。

 フェリシアは浅い眠りに苦しみながら朝まで耐えた。

 

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