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3/14

一人欠けた友人について何も知らなかったことを知った日に帰ったら思わぬ来客があった日

 翌朝一番でマレーナから手紙が届いた。今日の午後1時に王宮でお茶会をするから来るようにというのである。昨日約束を破って帰ったので多少色々言われるかもしれないが説明するしかない。

 もちろんマレーナも披露宴に招待していたのだから、破談になったことを直接伝えたいのもあり、フェリシアは準備をして王宮へと向かった。

 昨日のことが嘘のように晴れ渡った青空の下、マレーナの宮の庭園に案内されるとブレンダが先に来ていてこちらに手を振っている。フェリシアはマレーナは昨日のことを知らないからもしかしてエミリアも呼んでいるんじゃと思いながら近づいた。

「お招きいただきありがとうございます。晴天の空の下本日もご機嫌麗しくお過ごしでしょうか?」

「堅苦しい挨拶は良いわよ。早く座って」

 マレーナではなくブレンダが勧めてくる。

「ブレンダじゃなくてマレーナに言ったのよ。昨日用事ができちゃって約束破ったから。マレーナ、ごめんなさい。急用ができてしまって」

「あなたたち一家がせかせかと会場を後にするのが見えたわ。一家で何をやっているのかと思ってたんだけど、今日エミリアが来なかったことと関係しているの?」

 いきなりの質問に言葉が詰まる。エミリアは来ていないのか。さすがに来ていたら頬をぶったかもしれないが。

「相変わらず察しの良いようで」

「エミリアが関わっているのね?」

「何故そう思うの?二人とも」

「今日、エミリアも誘ったけど断りの連絡が来たわ。あの子が私の宮に誘われて来なかったことなんて一度もないもの。相応の来れない理由があるんだろうと思ったのと、昨日フェリシアとご家族が一斉に帰ったのが関係あるんだろうなって」

 そう言ってマレーナはブレンダを見ている。フェリシアは後悔してませんという意気込みを込めて伝えた。

「イクセル様との婚約を破棄することになったわ。二人を披露宴に招待してたから申し訳ないんだけど。まあエミリアも招待してたんだけどね」

「そうね。やっぱりかって感じかな。何もないならそれに越したことはないと思っていたんだけど、起こってしまったんだなあって」

 やれやれといった表情をしている。

「え?やっぱりってどういうこと?」

 フェリシアが何か知っているかと思い聞く。

「エミリアに取られたんでしょ?」

 ブレンダの言葉にフェリシアは息を呑みこんだ。何故知っているのか?

「まさかもう噂になってる?」

「ううん、まだよ。やっぱりフェリシアは気付いてなかったかあ。

 学園でたまにイクセル様、あ、様なんてもういらないか。まあイクセルと一緒に昼食摂ったじゃない?フェリシアは気付いてないようだったけど、エミリアとフェリシアと三人で話しているような感じだったわよ」

「え?いつも二人ともいたじゃない」

「ええ、いたわよ。来た時に挨拶だけして私とはほとんど会話してないわ。始めは王女だからかしら?って思ってたんだけど、ブレンダともほぼ会話してないし。

 エミリアがイクセルに話しかけてフェリシアもそれに加わって三人で話しているのを私たちが黙って聞いてる感じね。フェリシアは話してたから気付かなかったのかも」

「そ。その時のエミリアがキラッキラな目でイクセルの顔を見ながら話してるし、イクセルも途中からエミリアにデレっとしてるし。あんた本当に生真面目でしっかりしてるのにたまに抜けてるわね。

 だから私たちイクセルが来るの嫌だったのよ。フェリシアとの関係が悪くならないかって」

「そんなだったかしら?ピンと来ないわ」

「そういうことなの。始めはそんなじゃなかったんだけど、3回目くらいからいつも大人しくてあんまり話さないエミリアが楽しそうに話してて、目がキラッキラになったから、フェリシアに言おうかなって思ったの。

 だけど普通にイクセルと二人で観劇行ったりどちらかの自宅に行ったり、後はお茶会をしたりしてるようだったから、まあ大丈夫かなと思ってたんだけどね。

 イクセルから手を出したのか、エミリアからなのか、同時なのか、それはわからないけどね。

 マレーナと相談して、私がエミリアと二人だけの時に言ったのよ。イクセルと話し過ぎだし距離が近過ぎるって。婚約者のいる相手にする行動ではないと思うから止めるようにって。

 でも本人は楽しく話しているだけだって言うし。誤解されるようなことはしていないって言うからとりあえず信じたんだけど、ダメだったわね」

「全くそうね。エミリアってフェリシアに憧れているっていうか、もはやフェリシアになりたいって感じだったから、まあ見てようかなあと思ってたんだけど、最近は憧れを通り越して嫉妬になっている感じがしてたの。

 フェリシアってお母様が厳しくマナーを叩きこんだじゃない?挨拶の所作もだけどちょっとした所作も完璧な淑女でしょ?この王宮でのお茶会でも私たちだけなのに完璧にしているのを、なんて言うか妬ましい感じで見ている時があってまあ心配だったわ。あれって、侯爵家に嫁ぐにはこれくらいのマナーができないとならないのか?とか思って見ていたのかしらね?こんなことになってから思い出すとゾッとするわ」

 そう言って二人が見つめてくる。

「ごめんなさい。私何も気付かなくて。本当に昨日は気が動転しちゃって」

「ねえ?どこかで抱き合ったりしてたの?」

「ちょっとブレンダ、聞き方!」

「良いのよ。そうね、場所は庭園。抱き合っている以上に近いかもしれないわね。本当はエミリアと結婚したいと言ってらしたわ。エミリアは口では拒んでいるようだったけど、まあ受け入れていたからお互いがなんでしょうね。ドレスも太ももまで捲れ上がって見えていたし」

「はっ!意外と大胆だったわけね。はーあ。友達一人減ったわ」

「そうねえ。私はそんなに友達とは思っていなかったら問題はないわ。

 何て言うか、ここに来ても私たちと話すより、周りの人を見て楽しんでいるって感じてたの。侍女とかメイドとか。それこそ近衛騎士とか。自分が王女の友人だからみんなが王族と同じような対応をしてあれこれしてくるのを満喫しているっていうかね。あなたはここに何をしにきているの?って時々思ったものよ。

 だから減っても気にならないわ」

 マレーナは王女として人を見抜く力がある。それだけフェリシアが何も見えていなかったということか。

「そう。本当に私だけ何も気付いてなかったのね。昨日はもう最悪だったわ」

「そりゃあねえ。でも結婚する前にわかって良かったじゃない。結婚した後愛人がいます。しかもそれがエミリアだったなんてことになったら大変よ。

 友人一人減ったって良いじゃない。そもそもあっちも友人だと思ってたかも怪しいものよ」

 ブレンダの言葉が身に染みる。

「だってそうでしょ?友人の婚約者を奪うなんて。私ならしないわ。こんな後々面倒なことして友人を失くすくらいないら別の男を選ぶわよ。

 イクセルとエミリアだって、じゃあすぐに婚約しましょう、なんてことにならないわよ。周囲がなんて思うか。エミリアの家はどうかわからないけどイクセルのうちは大変よ。ヌールマン侯爵が簡単に許すと思えないもの。しかもフェリシアのお父様の仕事を考えれば尚更ね。

 王女と友人になれたのに自分でその栄誉を捨ててまで選ぶ道じゃないわよ。ね、マレーナ」

「ブレンダは一応栄誉と思っていたのね。ふふ。あなた全然物怖じしないから私のこと王女だと思っていないんじゃないかと思っていたわ。まあでも、仕方ないわね。

 自分の選んだ道を進んで行くしかないんだし。それが私たちと友人じゃなくなっても選びたいのがイクセルだったのなら好きにしたら良いわ。私たちがフェリシアよりエミリアを選ぶわけないんだし。それも気付いていて嫌だったのかもね。この四人でいること自体が苦痛だったのかもしれないわ。

 歪な友人関係だったのよ。きっと。私も含めてね。あなたたち二人がただの友人として接してくれているから私に友人と呼べる人ができたけど、やっぱりエミリアは違ったと思う。距離を感じたわ。それが当たり前なんだろうけど。王女の私とこんなに砕けて話すのはあなたたちくらいよ」

「で、どうするのよ。婚約破棄したら次を直ぐに探すの?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 フェリシアは昨日のことを思い出し青ざめた。

「どうしたの?何かあったの?」

 ブレンダが尚も聞いてくる。

「あったというかしたというか・・・」

「はっきり言いなさいよ。もうじれったいんだから」

「はあ。昨日二人の浮気現場に遭遇しちゃって気が動転してて、ずっと庭園で頭を抱えてどうしたらいいのか考えていたの。で、庭園をウロウロした挙句、頭を抱えてベンチに座り込んでいたら、心配してくださった男性が声をかけてくれたの」

「それで、良い感じになったの?」

「まさか、何でも良い!ってなって、俯いたまま顔も見ずに婚約を申し込んでしまったの」

「あんたバカじゃない?どうするのよ、それで変な人だったら」

「わかっているわよ。でもその時はそれしかないって思って、地面に頭を付けてお願いしたら断られたわ」

「でしょうね。向こうだって急に言われて困るってのもあるだろうし。良かったじゃない。まともな判断のできる人で」

「そういうのじゃなくて、相手が、、、、、ラーゲルベック公爵様だったの」

「「はあ?」」

 しばらく沈黙が続いた。

「直ぐ謝罪したわ。公爵様も断ったのは私に問題があるからじゃないのを理解してほしいっておっしゃってくださって」

「まあ、そうなるわよね。あんた大胆な失敗したわね」

「ラーゲルベック公爵には結婚して欲しいんだけどね。王家としては。

 じゃないと妹のアリスが大変だもの。妹の子どもを跡継ぎにするなんて公言しているけど、アリスにしたら自分の嫁ぎ先の跡継ぎも産んで公爵家の跡継ぎも産まないとならないなんて重圧だわ。

 男は子種だけ提供して産まなくて良いから勝手なことが言えるのよ。そういうところ、気に入らないわ。普段は良い方なんだけど」

 そう言ってマレーナはマカロンを口に放り込んだ。

 どこでも跡継ぎ問題は大変だ。マレーナの母も王太子と王女マレーナを産んだが、もう一人男児を産んで欲しいとかなり長い間言われていたらしい。だが生まれず、陛下に側妃を持ってもらうという話をした大臣もいたらしいが、陛下がそれで生まれた子と王位継承で揉めるのが嫌だから持たないと言って断っていたらしい。

 万が一のことがあれば、王弟殿下もいるし、マレーナが継いでも良いことになっている。継承順位は低いが女王が過去にいたこともあるのだ。今の場合は王弟殿下が辞退し、王弟殿下のご子息が一人いるのが辞退したらマレーナが女王となる。

「それにしてもあれね。今度三人で王家の所領の別荘にでも行って気分転換しましょうよ」

「良いわね!いつにする?マレーナ、あの湖があるところが良いわ」

「そう?じゃあ準備をさせるから予定を合わせましょう。良いわね?フェリシア?」

「ええ。私も王都から出たい気分だわ。噂にもなるだろうし、たくさん釣書きが来るかもしれないしとか考えると頭が痛くて」

 そう言って別荘行きの話を決めると散会となったのであった。


 夕方自邸に帰ると来客が応接室で待っていると侍女のライラに告げられた。今は母と義姉が相手をしているから直ぐに向かって欲しいと言われて慌てて向かった。

「お待たせ致しました」

 室内に入ると見覚えが薄っすらある男性が座っていた。その前に母と義姉が座っていて話していたようだ。どういうことだという顔でフェリシアを見ている。

「急に来た僕が悪いから気にしなくて良いよ。フェリシア嬢。僕の邸でもないのに何だけど座って話そう」

 フェリシアは空いていた席に座ると男の方を見た。

「初めまして。コンラード・バックリーン。バックリーン公爵家の次男だよ」

 そうだ。バックリーン公爵家の子息だ。そんな方がフェリシアに何故会いに来たのだろう?

「不思議そうな顔をしているね。それもそうだろうけど、実は昨日のことで相談っていうか、お願いに近いかな?」

「お願いですか?昨日の事とは?」

「昨日、テオドールに婚約を申し込んだでしょ?」

「!!!」

 母と義姉の視線が突き刺さる。言ってなかったから仕方がないが。

「何故知っているのかって感じだね。全然気付いてなかったんだね。僕も近くにいたんだよ。あの時」

「そ、そうなんですか。大変見苦しい姿をお見せしました」

「全然見苦しいなんて思わなかったよ。面白いとは思ったけど。

 フェリシア嬢って父親の仕事柄しょうがないんだろうけど、隙が無くいつも冷静な雰囲気に見えていたんだよね。何度か舞踏会で見かけた時に。独身の男にはやっぱり父親の仕事柄人気があるというか、人目を引くというかね。あれが噂のアーレンバリ侯爵の愛娘かって。

 しかもマレーナ王女の親友。婚約者がいなければ直ぐに名乗り出たいってさ。

 まあその婚約もなくなったんだけど」

 フェリシアはそれも全て聞かれていたのかと思うと恥ずかしくて顔を覆いながら申し訳ありませんと頭を下げた。

「ああ、気にしないで。状況的にフェリシア嬢が悪くないのはわかっているから。そんなことを言いに来たんじゃないんだ」

 そこでコンラードの声が真面目になった。

「テオドールに婚約を申し込んでたでしょ?それを現実にしないか?ってお願いなんだ」

「え?それはラーゲルベック公爵がお認めにならないのでは?こう言ってはなんですけど」

「うん。今のままだとね、一生独身だ。だから結婚して欲しいと思っているんだ」

「でも、それは」

「テオドールが何故結婚しないのかは知っているよね?」

「・・・・・はい」

「有名だしね。でも僕も兄もして欲しいと思っている」

 

 ラーゲルベック公爵が結婚しないのには理由がある。

 一番の理由は婚約者のことが忘れられないからだと言われている。そしてその婚約者への懺悔もあると。

 まだ公爵を継ぐ前の10代の時から婚約者がいた。相手はバックリーン公爵家の長女カーリンだ。バックリーン公爵家の次男コンラードとテオドールは同い年で幼馴染。その縁で知り合い、婚約したのがテオドールが17歳の時だった。カーリンは14歳。

 妹のように可愛がっていたカーリンと婚約し、テオドールが二十歳になる頃には本当に仲の良い恋人同士になっていたそうだ。

 しかしその二年後悲劇が起こる。もうすぐ結婚という時にカーリンが亡くなったのだ。しかもただの亡くなり方ではない。殺人という形で、しかもテオドールの目の前で。

 犯人は直ぐに取り押さえられ拘束された。その犯人はテオドールに懸想した未亡人だった。

 犯人は子爵家の娘だったが侯爵家の後妻として結婚した。年齢差は親子ほどある相手だ。しかも自分より年上の息子がいて、結婚後直ぐにその息子が爵位を継いだ。

 犯人の父はお金目当て。夫は若い妻と隠居生活を送りたい。そういった理由で結ばれた婚姻だったので、夫には大切にしてもらったようだが、その夫が嫁いで二年で病の為急逝する。義理の息子の妻は同じ邸内に夫より若い女がいるのが嫌だと言って離れに移り住むことになり、お金だけは充分に用意された。それは亡き夫の遺言にあったからだ。

 そしてそのお金を使い、有り余る時間を過ごすために、特に夜が寂しく観劇にばかり行くようになる。

 そこでテオドールに出会ったそうだ。テオドールに記憶はないらしいが落としたハンカチを拾ってもらったらしい。ありきたりな出会いだが犯人はその一瞬で恋に落ちた。

 公爵家の子息など舞踏会では遠目に見るだけだったのが目の前にいる。その横に婚約者らしき女性を連れて。

 自分も本来なら素敵な恋をしたかった。子どもを産んで母になり、幸せな家庭を築きたかった。

 半分幽閉されたような形で邸で過ごし、自由になるお金はあるものの一緒に使う相手がいない。しかも侯爵家で未亡人として暮らし、夫の弔いをし続ける。そのことを条件に渡されているお金なのだ。

 いつも一人で観劇し、邸では一人で食事をする。使用人はいても使用人だ。夫が生きていた時に付いていてくれた侍女は全部嫁に連れて行かれた。

 劇場で二人を見て自分があの場所に立ちたかった。そうすればきっと生き生きとした素晴らしい人生を送れただろうに。今の自分はまだ若いのに既に半分死んだように生きている。まだ25歳なのにと。

 そう思ったらテオドールに対する愛情が異様に変形し、毎日テオドールに手紙を書くようになった。送り主の名前はない。メイドに金を握らせ配達所に持って行かせていたのだ。

 テオドールは毎日届く恋文に頭を悩ませていた。送り主が分かれば断れるがわからないのでは断り様がない。しばらく様子を見てあまりにも続く様なら警備隊に相談しようと考えていた。

 そんな日々が続き1ヶ月経った頃に警備隊に相談した。しかし、毎回違う配達所に持ち込まれるので送り主が特定できない。便箋もありふれた品でどこの雑貨屋でも買える物ばかり。

 配達所も毎日たくさん配達箱に入れられるのをいちいち宛名を確認することはできない。特定できないまま3か月が過ぎて行った。

 テオドールは心配をかけないようにその話をカーリンにしなかった。

 そしてある日の夜、テオドールとカーリンは観劇に出かけた。王都で一番大きな劇場で、終幕の後劇場を出るのに表門の大階段を降りようとしていた。その一番上でテオドールが知り合いに声をかけられ、一瞬エスコートしていたカーリンの手が離れた。その隙にカーリンは突き落とされ一番下まで転げ落ちその場で絶命した。

 それを目撃した人が犯人を取り押さえ、テオドールがカーリンの側へ行き声をかけたが反応が返ってくることはなかった。その手をカーリンの血で染めながら抱きしめ名前を呼び続けているテオドールをその場にいた全員が見守るしかできなかった。

 毎日この事件が新聞に載り、人の噂になったが、犯人は極刑ではなく、一生出られない修道院に入れられることになった。裁判で精神面に問題があったと弁護士が訴えたからだ。生活状況から見ても情状酌量があっても良いのではないかと。それが通った形になったのだ。

 そのことで更に新聞に載り、警備隊が怠慢だったとか、犯人の家の侯爵家の扱いが悪かったからだとかで連日騒がれ、その侯爵家は王都どころか国に住めなくなった。公爵家の令嬢を殺害した家ということで。

 領地は国に買い取ってもらい、タウンハウスも手放し、残ったお金でどこかの国に消えた。所在は誰も知らないらしい。

 テオドールは愛する婚約者を失ったことに悲しみにくれ、自分がしっかりエスコートしなかったことで助けることができなかったことを悔やみ、もっと危機感をもって対応すれば良かったと後悔し、事件全ての事で懺悔し、出した結論が結婚しない、なのだ。

 事件が落ち着いたころ釣書きがたくさん届いたらしいがどれも全て断り、ある日各新聞に掲載させたのだ。

 自分は二度と結婚することはないから全ての申し込みを断ると。

 だから貴族も庶民も知っているのだ。それだけ世間で騒がれた事件だった。フェリシアでも当時のことを覚えている。悲劇の令嬢カーリンは舞台にもなったほどだから。


「ラーゲルベック公爵はそのおつもりはないと思うのですが?」

「これまでも僕と兄も両親も説得したんだ。妹だってそんなこと望んでないって。テオに幸せになって欲しいと思っているはずだって。でも本人が全く言うことを聞かない。女性と接点も持とうとしなくなった。ハンカチを拾っただけで起こったことだからね。ちょっとしたことで何があるかわからないから、次は家族が狙われることもあるとさえ思っている。

 テオは妹のアリスのことも心配してるんだよ。テオの妹のアリスと僕の妹のカーリンは友達だったから。次はアリスが狙われるかもしれないとか言ってさ。だから結婚はしないって。

 本当に頑なな奴だよ。それだけ妹のことを思ってくれているのは嬉しいさ。だけどそれ以上にそれが苦痛になる時もあるんだ。妹を殺した犯人は許せないがテオが悪いわけではないから。

 テオに幸せになってもらわないと僕たちも落ち着かない。正直言って。忘れろとは言わないよ。覚えていて命日に墓に花を供えるくらいはして欲しいとは思っている。

 でもやっぱり結婚して、ちゃんと公爵家を守り続けて欲しいんだよ」

「そう思われるお気持ちを理解できるとは私は言えません。当事者ではありませんし、軽々しくお気持ちはわかりますなどと言うのはおこがましいです。

 それにラーゲルベック公爵がご判断されることですから。マリーナ王女は結婚して欲しいとおっしゃってはいましたが」

「だろ?そうなんだよ。アリスが可哀想なのもあるんだよ。嫁ぎ先でも跡継ぎを産んで実家の跡継ぎも産まないとならないなんて、そんなの重圧になるに決まってるさ。そのせいかまだ子どもがいない。

 アリスもあの劇場にいたんだ。カーリンが落とされた瞬間も見ている。それでしばらく声が出せなかったんだよ。それを根気よく話しかけて見守ったのが今の夫なんだ。だから幸せになって欲しい。

 テオの我儘に付き合わせてはいけないんだ」

「我儘とは違うのではありませんか?それだけカーリン様を愛されていらしたのでしょう」

「優しいね。でも、僕は我儘だと思っている。カーリンを守れなかったことに対して負い目があるんだ。だから自分が幸せにはなってはいけないと考えている。それは僕から見たら我儘だ。

 そのせいで悲しみ苦しむ人間がいることをあいつは理解しないと。死んだ人間より生きている人間を大切にしないとならないんだよ。現実を見ないとならない。あいつのやっていることは現実から逃げているのと一緒なんだ」

 フェリシアはその言葉にどれだけカーリンが愛され、そしてラーゲルベック公爵に立ち直って欲しいという願いがあるのが痛い程伝わって来る。

 妹を亡くした悲しみと友人がそのことで苦しんでいる姿を見続けるのは苦痛だろう。コーランドもまた苦しむ一人なのだ。だからコーランドも結婚していない。思い人がいるにも関わらず。

「私にどうして欲しいのでしょうか?」

「さっき言った通り。テオの婚約者になって結婚して欲しい」

「それは無理です。昨晩もああでしたし。ラーゲルベック公爵は受け入れないでしょう」

「いや、可能性があると思ったから今日来たんだ」

「可能性?」

「そう。さっきも言っただろ?女性との関わりを一切しなかったあいつが、君に声をかけた」

「それは体調が悪そうに見えたから。お優しい方なのでしょう」

「いや、違う。これまではそういった女性がいても声をかけることはなかった。いつもなら一緒にいた僕に声をかけてくるように言ったはずなんだ。僕と兄も一緒にいてそろそろ行ってこいって言われるかなと思ってたんだ。

 そうしたら、まさかの自分から声をかけに行ったんだ。驚いたよ。今まででは考えられないことなんだ。フェリシア嬢に何か思うことがあったんじゃないかと思っている。テオを動かす何かが」

 フェリシアは困ってしまった。そんな大それたこと自分にはない。

「それはどうなんでしょうか?たまたまでは?きっと私が変だからお声をかけてくださったのです」

「いやいや、違う。体調を確認した後、何故そうなっているのかも聞いただろ?そしてその話をしばらくしていた。これは本当に今までのテオではありえないことなんだ。女性と長く会話をするなんて。

 そりゃね、確かに最後地面に頭を付けて婚約してくれってフェリシア嬢が言っているのは驚いたけど。それ以上に驚いたのがテオの行動なんだよ。

 何とかして場を設けるから少しずつで良いからテオに近づいてみて欲しい」

「む、無理です。私は婚約破棄したばかりです。お恥ずかしいことに」

「恥ずかしいもんか!相手が悪いんだ。フェリシア嬢は被害者だ。それに婚約者がいないならテオと一緒にいてもおかしくはない。家柄も問題ない。世間の評判も良い。何もかも打ってつけなんだよ。

 この通り、頼むから一緒にテオの頑なな心を打ち砕いて欲しい」

 そう言ってコンラードが頭を下げてくる。昼間マリーナの話にもあったように、確かにアリスが重圧を抱えているのは事実なのだろう。その為に子どもができない。

 コンラードもずっとテオドールに寄り添い、支え、そして助言し促してきたのだろう。それでもテオドールの凍った心は溶けることはない。それだけカーリンを愛していて、助けられなかったことを後悔し縛られているのだろう。

 このままでは誰も幸せになれない。それでは全員可哀想な結末を迎えてしまう。

「わかりました。何ができるかわかりませんがやってみます。ただ、私が婚約者に選ばれるかどうかは別にしてください。ラーゲルベック公爵と話をしたりはしてみますが、愛する人を失った悲しみは私にはわかりません。

 婚約破棄した元婚約者も今思えば愛しているわけではなかったので、私の悲しみ程度では窺い知れません。私はこの先どうするかという心配ばかりでしたから、ラーゲルベック公爵とは真逆なんです。

 だからこそ余計難しいものがあるかもしれません。それでもかまいませんか?」

 下げていた頭を上げたコーランドは笑みを浮かべていた。

「それで構わない。一緒に戦ってくれる人間が一人でも増えてくれたら嬉しい。まずはお茶会を開催するから出席してほしい。詳しい話は後程段取りが出来次第連絡するから」

「かしこまりました。どれだけお力になれるかわかりませんがやってみます」

「ありがとう。思っていた通り、優しくて生真面目な令嬢だった。助かるよ」

 そういってコーランドは帰って行った。


「で、どういうことなの?驚いたのよ。急に来られたから。何なの?昨日何があったのか説明しなさい!」

 母に叱られ一部始終話すことになったフェリシアだった。

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