表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/14

気が動転し過ぎて何を思ったか、恐れ多くも初対面の公爵様に婚約を申し込んでしまった日

 はあ、本当にあちらもこちらも、どうしたら良いのかしら?

 フェリシアは俯き顔を覆い、もうここで泣いてしまいそう、と思った時だった。

 俯いたフェリシアの目に男性用の靴が映った。綺麗に磨かれたオーダーメイドの靴のようで、艶やかに灯に照らされている。誰かがフェリシアの前に立っているようだ。

「君、体調が悪いのか?」

 硬質な声だが若い男性のようだ。泣きそうな顔を見られたくなくて俯いたままフェリシアは答えた。

「いいえ、どこも体調は悪くありません」

「とてもそんな風に見えないが?」

「体調は悪くないのです。先程不幸のどん底に落とされましてこうしております」

「なるほど。とても調子が悪そうだが、差し支えなければどんな不幸に遭われたのか聞いても?」

 何故声をかけてくるのかわからない。放っておいてくれたら良いのにと思いながらも誰かに聞いて欲しくなってフェリシアは話した。

「先程婚約者の浮気現場に遭遇しました。相手は学園に通う前からの友人です。その場で婚約破棄を告げて二人に別れを告げて来ましたが、この先を思うと不安で堪らずこうしております」

 言葉として口に出せば自分が思った以上に堪えているのがわかった。イクセルがそれ程好きだったわけではないが、イクセルにもエミリアにも裏切られたという気持ちが一番大きいのかもしれない。

 楽しく笑って過ごしていたあの日々はなんだったのか?つい最近もマリーナとブレンダとエミリアと四人で王都のカフェで楽しくお茶を飲んでいたではないか。

 イクセルともつい先日ヌールマン侯爵邸の晩餐で一緒に食事をしたばかりだ。

 その時からもちろん二人の関係があったのだろうと思うとやるせない気持ちが湧いてくる。

「君はたったそれくらいで不幸のどん底と言うのかい?元気な体があって、ご家族もいるのだろう?新しい出会いはあるだろうから気に病む必要はない」

 慰めているのか貶しているのかわからない少し冷たい声にフェリシアは悲しい気持ちになった。確かにそうだろう。でも口に出したのはきっと誰でも良いから慰めの言葉を言って欲しかったのだ。

 今のフェリシアは気持ちがどん底なのだと知って欲しかった。どれだけ不安で怖いかなんて男の人にはわからないのだろう。浮気されて婚約破棄した令嬢なんて、やはり父の力があったとしてもあちこちで噂の的になり揶揄されるのは間違いない。友人に婚約者を取られた女として。

 何もかもが嫌になってきた。浮気したイクセルも、イクセルを婚約者にした父も、イクセルを奪ったエミリアも、そして何よりそれに気付けなかった自分に嫌気が差した。自分がイクセルを繋ぎ止められていたならこんなことにはならなかったの?と。婚前に関係を持ってでも。

 これからやらなければならないことや、説明して回らないといけないことがいっぱいで頭が痛い。披露宴だってもう招待状を送ってあるのだ。いったいどうやって説明したらいいのだ?浮気されたので婚約破棄しましたと書いて手紙を送るのか?

 フェリシアは俯き自分の体を抱きしめ、その腕を掻きむしった。

「おい、君。肌に傷ができるぞ。やはり体調も悪いのではないか?」

 その言葉に肌に指輪が当たっているのに気付き、フェリシアはイクセルからもらったパールの指輪を外すとどこか遠くへ投げ捨てた。

「君、ここは王宮だ。ゴミを捨てる場所ではない」

 ゴミと理解はしてくれたようだ。

 そうだ。そうすればいい。もうこの際かまっていられないではないか。恥も外聞もないのだ。親切そうな人だからきっと良い人だろう。

「あなたはご結婚されていますか?」

「いや、していない」

「では婚約者は?」

「今はいない」

「そうですか」

 そう言った途端フェリシアはベンチに座ったまま滑り落ちる様に男の前に跪いて頭を地面に付けた。

「それなら私と婚約してください。私はアーレンバリ侯爵家の長女です。よろしくお願いいたします。

 花嫁修業万全です。領地経営お任せください。ご家族とも上手く付き合います。気が強そうに見えますでしょうがこう見えて実際そうでもありません。

 どうかどうか、哀れと少しでも思っていただけましたらお願い致します」

「ちょっと、君。突然何を言い出すんだ。落ち着きなさい。しかも顔も合わせてないだろう?」

 そう言われてそう言えばずっと俯いてたままだったと思い、フェリシアは顔を上げて愕然とした。

「ラーゲルベック公爵様・・・・・・・」

「わかったようだね。君の申し入れは受けることはできない。これは君だからではないのはわかって欲しい。それと自棄になって素性も確認していない男に婚約を申し込むのは良くない」

「・・・・・・・はい」

 フェリシアは一気に正気に戻った気がした。

「無様な姿をお見せした上に不躾なことを申し上げてしまい申し訳ありませんでした」

 フェリシアは立ち上がると深々とお辞儀した。

「体が冷えているだろうから早く中に入った方が良い。それじゃ」

 フェリシアはラーゲルベック公爵に見送られて舞踏会場へと戻った。


 フェリシアは公爵のおかげで正気に戻り、平然とした顔で会場を歩き家族を探した。幸いにも今度は直ぐに見つけることができた為側に行く。

「お父様お話があるので直ぐに帰りましょう」

「急にどうした?」

「良いから帰りましょう。さあ、お母さまたちも」

 そう言って家族を促し会場を後にした。その間一度も後ろを振り向かなかった。


「わかった。明日の朝一でヌールマン侯爵に婚約破棄の書面を送ろう」

 邸に帰って来て全員を談話室に集めると、フェリシアは今日あったことを話した。もちろん公爵のことは話せないが。

「お願いします」

「だから嫌だったんだよ。イクセルはきっと何かやらかすと思ってたよ」

「クラース。フェリシアを慰めるのが先よ」

 そう言って義姉が肩を抱いてくれた。

「辛い思いをしたわね。でも結婚する前にわかって良かったって思いましょう」

「うん。お義姉様。そうね」

 フェリシアは義姉に抱きついた。

「それにしても、相手がエミリア嬢ってのがなあ。どういったつもりなんだか。もう結構長い間友人だったろ?」

「そうね。六年くらい前かしら」

 そう言ってエミリアとの出会いを思い返していた。

 エミリアと出会ったのは六年ほど前のどこかの侯爵家の夫人が開いた、子どもたちも参加できるお茶会だった。その席にはフェリシアとブレンダも呼ばれていて一緒にお菓子を食べながらいつも通り話していた。すると隣のテーブルに一人離れた場所に座る少し年下くらいの少女がいたので声をかけてみた。

 それがエミリアだ。伯爵家の娘であるエミリアは上位貴族の侯爵家のお茶会に参加するのは初めてで、どうしたらいいのか戸惑い一人で座っていたのだそうだ。

 紺色の髪に水色の目をした可愛らしい少女で、言われなければ同い年だと思わなかっただろう。大人しく野に咲く花の様に可憐に笑うエミリアとはその時に友人になった。

 フェリシアが開くお茶会やブレンダが開くお茶会に呼び、エミリアの開くお茶会にも行った。

 そして学園に入学した時に、ブレンダとエミリアをマレーナに紹介し、四人は友人として学園ではいつも一緒に過ごすようなった。

 一度は王家の所領の別荘に夏休みに招待されてみんなで行ったほど仲良く過ごしていた。

 はずだったのだが。

「まあ、仕方ない。うちが折れてまでイクセルと結婚するメリットもないしな。そう落ち込むな。新しい婚約者をすぐ父さんが探してくれるさ」

 何ともお気楽な兄である。そこでずっと難しい顔をしていた母が口を開いた。

「あなた。ただ婚約解消するわけじゃありませんよね?」

「え?」

 父が聞き返す。

「もちろん、フェリシアに瑕疵はないということと、もう既に色々と予約してあるのですから、全てキャンセル料はあちらに払ってもらってください。

 それから、嫁入り道具も買ってありますから、次の結婚に使い回すなんて以ての外ですから、処分しますのでその分も弁償してもらってください。良いですね!」

 かなりお怒りだったようだ。それはそうだ。披露宴に呼んだ親類縁者、知人たちに結婚がなくなったことを連絡するのは母の仕事だ。頭が相当痛いだろう。

「お母様、迷惑をかけてごめんなさい」

「フェリシア。あなたが悪いわけでないわ。婚前にも拘わらず身持ちが悪い二人が悪いのです。そういったことをする前に、好きあってしまってどうしようもないなら、先にこちらに断りを入れてから好きなようにお付き合いしたら良いのです。

 それをしないのはただの裏切り者です。心が離れたなら別れを告げてから次に行く。当たり前のことです。ヌールマン侯爵には悪いですけど、ご子息にはがっかりしたと書面に付け加えておいてください」

 こめかみに青筋が浮いている。

「まあ、そうだな、付け加えておこう。さあ夜も遅い。寝なさい。フェリシア」

 そう言ってその場は解散になった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ