行方不明と聞かされた日
ブレンダの結婚式も無事終わり、相変わらずフェリシアは週一回テオドールと出かけることをしていた。そんなある日の午後、ディオーナからお茶会という名の定期報告会の誘いがあり、フェリシアはバックリーン公爵家に来ていた。もちろんマレーナもいる。今日は女三人のお茶会だ。
「男性陣抜きのお茶会の方が落ち着くわね」
ディオーナが少し目立ち始めたお腹を撫でながら言う。
「そうね。無事テオ兄様も毎週フェリシアと会っているみたいだし、いよいよ抜け出せるかもしれないわ」
「ふふ。ディッグもコンラードも喜んでいたわ。
でも、珍しいわ。ディッグは仕事が忙しくて参加できないことの方が多いけど、コンラードは必ず時間を作って経過を聞きたがっていたじゃない?それなのに珍しく一緒に王城に出かけて行ったのよ。今日は定期報告会だって言ってあったのに」
確かに珍しい。コンラードは必ず参加していた。フェリシアのざっくりとした話を聞き、勝手に色々言って楽しんでいるようだった。
「いいじゃない。三人でも。コンラードには伝えておくわ」
今回の件ではマレーナとコンラードが密に連絡を取り合っているらしい。
「そうよ。さあ、食べましょう!私は今たくさん食べないといけないからお菓子はあまり食べないけど軽食は食べるわね。はあ飲み物も白湯しか飲めないしつまらないわ」
そう言いながらもカナッペをつまんで食べている。フェリシアたちにはいつものクッキーを焼いてくれてあったり、ケーキがあったりとしていて好きなものを食べている時だった。
走る音が聞こえてきて振り向くとコンラードだった。
「どうしたのそんなに焦って。お茶会は始まったばかりよ」
コンラードが厳しい顔をしている。
「どうしたの?何かあったの?」
マレーナが促す。
「落ち着いて聞いて欲しいんだけど、脱走して行方不明らしい」
「え?誰が?」
マレーナが聞く。
「カーリンを殺した犯人がだ」
全員が息を呑んだ。ディオーナの顔は真っ青で、椅子から倒れ落ちそうだと思ったフェリシアは側に寄り肩を抱いた。
「そんな!あそこからは出られないはずよ!」
ディオーナが叫んで顔を覆った。
犯人が入れられている修道院は島の北にあり、一定の身分がある女性が重罪を犯した時に入れられるところだ。聖堂とは別に修道院という施設で、女性のみが精霊リューディアとスティーナを信仰する気持ちが深ければ入ることが可能で、その場に住み祈りを捧げ続ける場所の為、その女性たちを修道女と総じて呼んでいる。
信仰心が篤い女性ばかりで、信仰で救う為に女性を収監するのにも使われている。中には暴力を振るう夫から逃げてきた女性などもいると聞いている。男子禁制の場所だ。夫や恋人と縁を切りたい時にもそこを訪れ、縁が切れるまで保護してもらえるそうだ。
罪を犯し収監されている人は小さな一人部屋を与えられ、全ての生活をそこで行う。扉には鍵がかけられ自分で出ることはできない。もちろん窓には鉄格子がある。食事や洗濯などは修道女たちがしっかり監視した状態で行い、足枷もつけられているので逃げ出すのは不可能と言われている。
罪を悔い改め、精霊リューディアとスティーナに祈りを捧げることができるように、部屋には像も置かれているらしい。そんな場所から逃げたのだ。
まさかの出来事にコンラード以外全員が固まっている。
「今どこにいるの?」
「わからない」
「わからない?いついなくなっていることに気付いたの?警備隊は?」
「落ち着いてマレーナ」
マレーナが立ち上がって矢継ぎ早に聞くのをフェリシアは落ち着くようにと目で訴えた。
「模範囚だったらしい。時折部屋の像に祈りを捧げている姿を複数の修道女が見ている。優しく話し、修道女たちに感謝の言葉をかけ、静かに暮らしていたそうだ。修道女たちは掃除も食事の準備も楽な模範囚と思って油断したようだ」
犯人は掃除の時も食事の時も窓辺の椅子に座り、修道女たちに感謝のことばを述べ、時には扉を開けると熱心に像に向かって跪き祈りを捧げていたそうだ。
そして修道院にある図書室から修道女に頼んで持ってきてもらった本を静かに読むか、レース編みをする生活だった。そのレース編みは他の修道女が編んだ物と同じく、修道院の売り物として業者に売り収益にしていたらしい。それくらい模範囚だったそうだ。
囚人に対応する際は、万が一の脱走を防ぐ為複数人で行うことになっていて、実際他の囚人の中には暴れることもあって通常の倍の人数で対応していた為、模範囚の犯人に当てられていた人数を減らして対応していたらしい。
そしてある修道女が犯人と親しくなった。担当が減らされた為、顔を合わす回数や言葉を交わす回数がどうしても増えてしまう。
その女性は貴族の令嬢だったが、庶民の男と恋をし駆け落ちした。女性は家を出る時に持っていた全ての宝飾品を持ち、それを換金しながら王都から北へと男と一緒に住処を求めて移動した。
しかしある日目覚めると泊まっていた小さな宿から男の姿が消えていた。宝飾品も全て消えていた。女性は男に裏切られたと思ったが憎むことをしなかった。それだけ愛していたらしい。幸いにも起こすと思ったのか、身につけていたネックレスやブレスレットは手元に残っていた。
それを換金しながら、聞いたことのあった修道院まで行き修道女として暮らし始め、愛する男と捨てた家族の幸せを祈り続けていたらしい。
そんな生活を続け、犯人に出会い、お互いの境遇を話し合い、修道女は犯人の話を親身に聞くようになった。
そしてある日1枚の新聞を手にする。
囚人を入れていることもあり、国が月に一度運営費と食品を担当商人に依頼し、王都から運ばせるのだ。その時に商人が王都での話題として1枚の新聞を持って行き修道女たちに見せた。
結婚しないと言っていたラーゲルベッグ公爵が女性連れで食事をしていた、という一番目の新聞だ。フェリシアのことや、フェリシアが友人と婚約者に裏切られ婚約破棄したことも書かれているもので、もちろんイクセルやエミリアの名前もあった。
犯人が近くにいることもあってその新聞は多くの修道女たちに回し読みされ、その修道女の手にも渡り犯人に見せたそうだ。
あなたが祈りを捧げたから公爵が幸せになろうとしていると。犯人は涙を流しながら何度も新聞を読み、この新聞を欲しいというのでそのまま渡した。
その後も変わらず犯人は祈りを捧げ、模範囚として過ごしていたが、仲良くなった修道女に言ったらしい。
直接謝罪をして祝福したい、と。それは無理だという修道女に、必ず戻ってくるからなんとかならないかと頼み続け、修道女は自分はもう愛する男に会えない上、もちろん話すこともできないが、犯人は会うことができるのだから、犯人の言う通り直接謝罪をして祝福したらもっと心が安らぐだろうと思い、模範囚なのもあってつい心を許し、足枷を外し少しのお金を渡して出口まで案内した。
その後犯人の足取りは今も掴めていないらしい。別の修道女が犯人がいないことに気付き発覚し、大騒ぎになり、警備隊に連絡し、近くから王都に向けて捜索しているそうだ。
一人の警備隊が急いで王都まで先に知らせに来たのが昨日らしい。コンラードたちは王太子殿下から昨夜呼び出しがあり、何事かと思って行ったらこの話をされたそうだ。
「囚人らしく白いワンピースを着ているだけで、渡したお金も少ない。それで王都までは来られないだろうと思うが、何が起こるかわからないと言われたよ。
修道女が言うように犯人が反省して謝罪に来るだけなら良いが、あの犯人だと、フェリシア嬢の命を狙いに来るかもしれないということだ。
だから、今日はもう解散。念の為三人とも犯人が見つかるまで外出禁止だ。念の為ブレンダ嬢にもその旨を伝えにいくらしい」
コンラードが悔しそうな顔をしている。
「もしかして、その修道女って」
フェリシアが言うとコンラードが言った。
「エミリア嬢の上の姉だ」
「やっぱり」
「何か知っているの?」
マレーナが聞いてくる。
「ええ、かなり前に聞いたのよ。友達になってしばらくした頃よ。
私には二人の姉がいるけど上の姉は駆け落ちしたから大変だったって。三人姉妹だったから、上のお姉さんがお婿さんをもらうため、婚約中で下のお姉さんは嫁ぐ為に婚約中の中起きたことらしいの。
下のお姉さんは婚約解消をして、お姉さんの婚約者だった方と改めて婚約をすることになったって。
仲の良かった姉妹だったけど、今回のことで自分は姉たちのようになりたくないって思ったって言っていたわ」
そうか、だからあんなに爵位に固執した幸せな結婚を望んでいたのか。すっかり忘れていた。
エミリアはエミリアなりに苦しんでいたのだ。エミリアに良い婚約話が来ないのは駆け落ちした姉がいるから、同じことをされたくないという防衛心が働いてのことかもしれない。
「フェリシア。どんな事情があろうと、あの子が選んだ道よ。自分で解決しなければならないわ」
「わかってるわ、マレーナ。でも、」
「でも、なんてないの。いい?あの子は自分の幸せの為に友人を裏切ったの。最悪な形でね。その責任は自分で取るしかないの。変な情をかける方が中途半端でダメよ」
「ごめんなさい。わかったわ」
「ちなみに参考までに言うんだけど、駆け落ちしした姉は祖母と同じ赤い髪だったらしいよ。赤といっても色々あるからフェリシア嬢と同じかはわからないけどね」
沈黙が続いた。エミリアはフェリシアに姉の影を見、仲良かった頃の姉を思い出すこともあれば、残された二人の妹たちにかけた苦労を思うと憎いと感じたのかもしれない。
「ということで、一歩も外に出たらダメだよ。フェリシア嬢の家にもこの事を伝えてあるから、人の出入りは厳しくなると思う。
犯人が見つかるまで我慢して欲しい。もう誰も失わないように」
最後はコンラードの願いだろう。フェリシアとマレーナはバックリーン公爵家を後にし引きこもり生活を始めることになった。




