友人と婚約者を同時に失って颯爽とその場を立ち去ったが、本当は気が動転しちゃった日
前作をお読みくださった方へ。今回は別の国の話です。今作が初めての方へ。前作もお読みいただけると嬉しいです。
どちらの方もよろしくお願い致します。
インデスター王国は大陸の西に浮かぶ島国だ。島国といっても大きな島で、海岸沿いの道を馬車で回ると一ヶ月かかる。
王都は大陸に面した海の近くにあり、港から船で二日で向かいのブランディー王国に着くので、大陸の各国との交流も盛んだ。
海に囲まれているので海産物が豊富な上、島のあちこちに金山と銀山がある。それらがある領地は全て王家の所領となっている。
そしてこの国の王家主催の舞踏会で人生が変わることになる令嬢が、舞踏会に参加する準備をしていた。
令嬢の名はフェリシア。アーレンバリ侯爵家の長女である。
「フェリシア様。準備が整いましたよ」
そう言ったのはフェリシア専属侍女のライラだ。
「今日もお美しいです」
これは同じ専属侍女のアンネだ。
「ありがとう。2人とも」
普通の赤髪とは違い、ルビーのような色の艷やかな髪をハーフアップにし、両側を編み込み白い生のバラの花を髪飾りとしてつけている。
ドレスは淡い黄色でパールのネックレスと耳飾りをつけている。腰の部分は白い大きなリボンが結びつけられていてドレープもいっぱいだ。
「でもやっぱりちょっと可愛すぎない?このドレス。もうすぐ結婚するのに」
フェリシアが鏡の前でクルクル回って確認する。
「だからですよ。今のうちに可愛いドレスを楽しんでおかないと」
「そうです。ピンクをお薦めしたかったくらいですよ。どちらにしても似合ってらっしゃるので問題ありませんが」
そう言ってライラが白い靴を足元に置いてくれた。淡い黄色の花が付いた靴だ。
「そう?2人がそう言うなら」
フェリシアは靴を履くとパールの指輪を付けた。これは婚約者のイクセルから今年の誕生日に贈られた品でフェリシアはとても大切にしている。
イクセルはヌールマン侯爵家の嫡男で1歳年上だ。フェリシアが15歳の時に婚約した。
フェリシアの父は王城で政務長官をしている。
王家の所領は国王や王太子も管理をするが、所領が多いため全てを管理することは難しい。よって全ての所領のまとめ役を任されている部所が必要でその長官を父が任されている。
そのため王家に近いので見合いの話は小さな頃から多かった。兄クラースは隣の領地の侯爵家の娘エディットと10歳で婚約した。
政略結婚とはいえ婚約期間も結婚してからも二人は仲が良い。
フェリシアの婚約者は父が中々決めなかった。可愛い娘に早々に男を近付けさせたくないと言って。
しかしそろそろと母に言われて選ばれたのがイクセルだったのだ。
選ばれた理由は年が近いことと、ひとえにヌールマン侯爵が人徳者だったから。
王城で直接仕事はしていないが、貴族議会の議長を務める家系で、色々な人が物知りで人徳者の侯爵に相談に行くために来客が絶えないそうだ。
子どもに中々恵まれずやっと生まれたのがイクセルで、その後次男のベンゼルも生まれた。
そしてフェリシアの父はヌールマン侯爵の子息ならとお見合いを受け、婚約することになった。
月に2度のお茶会や観劇などをしながらお互いを知り、貴族の通う学園でも時折一緒にランチをしたりと少しずつ愛を育んでいた。
フェリシアは好きで好きでたまらないといった恋心はないものの、穏やかな関係がこのまま続き、いずれは子どもも生まれ幸せな家庭を築けると思っている。
何度も会ったヌールマン侯爵も侯爵夫人も良い方で、フェリシアのことを大切にしてくれている。
「イクセル様はお迎えに来てくださらないのですね」
「そうなの。忙しいみたいで。舞踏会の会場前で待ち合わせなんだけど、ちゃんと会えるか心配だわ。人が多いから」
「大丈夫ですよ。フェリシア様のこの美しいルビー色の髪はとても目立ちますからね」
「そう?よし、じゃあ行ってくるわ」
フェリシアは馬車に乗り王城へと向かった。
そう、今日は王家主催の舞踏会なのだ。数ある舞踏会の中でも当然ながら一番格式が高い。フェリシアは失敗しないよう心がけないとと気合を入れた。
両親や兄夫婦は後から来る。それまでにイクセルと合流しておかないとならない。そうしておかないとイクセルが悪く思われるからだ。
イクセルは遅刻癖がある。我が家でのお茶会でも、観劇に行く時の迎えでも度々遅刻してくるので、真面目な父はそういったことが不満のようだ。実はもちろんフェリシアも。
一度は観劇の開演に間に合わせるために馬車を降りた後、階段を駆け上がりその後も走って席に着いたことがある。座ったと同時に開演した。
間に合って良かったというイクセルに対し、もう少し早く来てくれれば余裕を持って来れたのにと、さすがに言い返した。
そんなことはあるが、他は穏やかに笑って会話をし、楽しい日々を送っている。
馬車から降りるとフェリシアは会場前の扉に向かった。既に中に入っても良い時間で人々の話す声が聞こえている。イクセルはまだかと探すが見当たらない。
そこに友人のブレンダが婚約者と一緒にやってきた。
「フェリシア。またイクセル様を待っているの?女性を待たせるなんて良くないわ」
ブレンダは母の友人の娘でホールバリ伯爵家の長女だ。生まれた時から仲良くしてるので気にせずに何でも言ってくれる貴重な友人だ。隣の婚約者ともお似合いでフェリシアと一緒でもうすぐ二人も結婚する。
「まあねえ。でもこればっかりは中々直してくれないし、あんまり執拗に言うのも嫌だから」
「こんな美人を待たせたら他に持っていかれるわよって言いたくなるわ」
「ありがとう。ブレンダ。アーベル様と今日もお似合いよ」
背の高いアーベルはバックマン侯爵家の嫡男だ。スレンダーなブレンダと並んで立つと背の高さが際立つ。
「フェリシア嬢。婚約者を甘やかしてはいけないよ。僕なんてもうブレンダの言いなりだよ」
「そんなこと言って、私が口うるさいみたいじゃない」
「はいはい。仲良く喧嘩してないで先に入っていて」
フェリシアは二人を見送るとまだかまだかとイクセルを待った。
「フェリシア」
ヒッと振り返ると父たちが到着していた。
「またイクセル君は遅刻かね?困ったもんだ。そもそも迎えに来るべきだろう」
父が怒っている。
「先が思いやられるな。そんなんで貴族議会の議長はできるのかと心配になるよ」
兄も怒っている。
「そのうち来るわよ。まだ始まってないし。先に入っていて」
そうやってフェリシアは家族を送り出してまたイクセルを待ちだした。
そして漸くやってきたのは開催時刻の五分前。もうほとんどの人が中に入っている。既に談笑が始まり王家の皆様のご来臨を待つばかりの時間だ。
「早くイクセル様!」
フェリシアが呼びかけるとイクセルが走ってきた。
「ごめん。ちょっと忙しくて。今日も綺麗だよ。フェリシア」
「ありがとう。さあ早く入りましょう」
やっとフェリシアはイクセルのエスコートで会場へと入れた。
中は大勢の人で家族が見つけられない。仕方がないので二人で角に立ち開催を待った。
鐘の音が鳴り、王家の皆様が会場の奥から入って来られた。
国王陛下、王妃殿下、王太子殿下、王太子妃殿下、王女殿下の五名である。
そして国王の挨拶が始まる。
「皆の者。よく集まってくれた。今宵は数々の良き出会いや知己の者との交流を深めて欲しい。
インデスタ―王国の発展を担う者たちよ。さあ、楽しもうではないか!」
陛下の声でグラスを高く上げ、舞踏会が始まった。
「イクセル様のご家族と合流しないと」
「良いよ、そんなの。それより楽しまないと」
「でもご家族と一緒に陛下たちにご挨拶に行かないきゃ」
「陛下なんて僕たちがいなくても気付かないさ」
「陛下が気づかなくてもマレーナ様がお気づきになるわよ」
「面倒だなあ」
王家への挨拶を面倒などとは決して言ってはならないことだ。どちらかと言えば、我先にと行く人が多い程なのに。
マレーナとは王女殿下でフェリシアのこちらも幼馴染だ。父の仕事上王家と関係が深く、王家の所領に視察に行く際に、忙しい陛下の代わりに、父と王妃殿下と王太子殿下や王女殿下が一緒に行くこともあった。その時に同い年のフェリシアがいるとマレーナが退屈しないだろうと、7歳からマレーナが同行する視察にはフェリシアも同行して仲良くなり、恐れ多くも友人として気兼ねなく接することを許されている。
「そんなに面倒なら先に挨拶を済ませてしまった方が楽でしょ?」
そう言ってイクセルを引っ張りながらヌールマン侯爵家一家を見つけると合流した。
「お久しぶりです」
「はは、久しぶりって程でもないだろ。フェリシアは今日も綺麗だな」
ヌールマン侯爵だ。いつもフェリシアに気を遣って声をかけてくれる優しい方だ。
「結婚式が待ち遠しいわ。素敵なドレスを今作っているから楽しみにしていてね」
侯爵夫人からも声がかかる。
「ありがとうございます。今から楽しみでしょうがないです」
「さあ、陛下たちに挨拶に行こう」
ヌールマン侯爵の声でイクセルの弟も加わり一緒に挨拶の列についた。思ったほど時間がかからずにフェリシアたちの番になった。
「この度はご招待いただき誠にありがとうございます。今宵、インデスターの栄光に月からもより輝きが降り注ぎますように」
「存分に楽しんでくれ」
「フェリシア!後から行くから一緒に今夜のオススメのデザートを食べましょう」
マレーナから声がかかる。やはり来て良かった。来なければマレーナはフェリシアはどうしたのかと思って心配しただろう。
「かしこまりました。では後ほど」
いくら仲が良くても公の場では敬語を使う。そんなフェリシアが、いつも面白くて見るのがマレーナは好きらしい。
こうして御前を下がるとイクセルが友人たちに一人で挨拶してくると言い出した。
「一人じゃなくてフェリシアも連れて行きなさい。もうすぐ結婚するんだから」
「紹介も挨拶はもとっくに終わっているから、フェリシアもマレーナ殿下と約束してたし。じゃ」
そう言ってイクセルは去って行ってた。
「ごめんなさいね。あの子今日迎えに行かなかったでしょ?どこかに用事があって出かけてたみたいで。私たちが先に出たから何時に帰って来たのかわからないけど、いつも迷惑をかけてしまって。結婚するんだから早く落ち着いて欲しいわ」
「いいえ。ちゃんと間に合いましたし大丈夫ですよ。私も友人のところに行ってきます」
そう言うとフェリシアはその場を後にした。
本来なら結婚目前の婚約者を置いて友人のところに行くなんてありえない。再度紹介し挨拶して回るものだ。イクセルはいつも舞踏会では好き勝手にしているし、友人が多いのは良いことだと思っているが、どこか納得できないものがあるのも事実だ。
ないがしろにされている。
さすがにそこまで悲観はしていないが、婚約当初より心の距離が開いている気がしてならない。フェリシアよりもイクセルの方が。
とにかく交友関係の広いイクセルは友人たちと飲みに行ったり、サロンに行ったり、時には合法のカジノに行ったりと遊び歩いている。
貴族議会の議長の息子としては交友関係を増やしたいとのことだが、それにしたって鷹狩や遠乗りなどの紳士のすることなら良いが、それよりもカジノや飲み屋に行く量が多いような気がしているので不安になる時がある。
これはこっそりイクセルの弟のベンゼルが教えてくれたことだ。
フェリシアに注意して欲しいというのだ。兄の行いを。ベンゼルも言うらしいが聞かないので、フェリシアの言うことなら聞くだろうというのだが、それは未だに叶っていない。フェリシアでも止めることが無理なのが現状だ。
「フェリシア」
声をかけて来たのはブレンダだ。隣にはちゃんと婚約者がいる。
「また一人にされたの?それともまだ来てないわけ?」
ブレンダの目が座っている。
「ちゃんと間に合ったわよ。友人たちに挨拶に行かれたわ」
「それはちゃんと婚約者を伴ってそれなりに回った後にすることよ。こんな序盤から一人にするなんて、もうすぐ始まるダンスはどするのよ?」
「一人で壁の花にでもなっているわ。誰も私に声なんてかけないだろうし」
遠くを見ると友人たちと談笑してるイクセルの姿が見える。
「ダメよ。酔っ払いや変なのに声をかけられるからご両親のところに行ってなさいよ」
ブレンダは同い年だがお姉様気質だ。そしてとても心配性なのだ。
「わかったわ。探してみる」
フェリシアは会場内を歩きながら家族を探す。ダンスの時間が始まり、最初の陛下と王妃殿下のダンスを終え、既に各自が踊りだしている。あの場所に自分も行きたいのだがなんせイクセルがあれでは行きようがない。
ウロウロとさ迷いながら飲み物を手に、時折果物を食べたりしながら家族を探すが見当たらない。疲れて来たなと思って顔を上げたら、先程までイクセルが一緒にいた友人たちの中にイクセルがいなくなっていた。
「私を探しているかもしれないわ」
フェリシアはその友人たちに近づくと声をかけた。
「お久しぶりです。イクセル様はどちらに行かれましたか?」
「ああ。フェリシア嬢。相変わらず美しいですね。イクセルならもう酔ったとか言ってバルコニーに出ましたよ」
「ありがとうございます。探してみますね」
そういうフェリシアの顔をニヤニヤ見てくる男が数名いる。
「探しに行かれない方が良いですよ。ここに残ってご家族のところに行かれたらどうですか?」
「いえ、酔ったなら心配ですし」
「いやいや、探さない方があなたの為ですよ。なあ?」
一人の男が別の友人たちに同意を求めている。
何故探しに行ってはいけないのか?そう言っている男たちの顔が笑いたいのを堪えているようで不快に感じたフェリシアは踵を返すとバルコニーに向かった。
外は肌寒い、と思いながらもバルコニーにイクセルがいなかったので、繋がっている階段から下り、庭園へと向かった。庭園にはあちこちにランタンが灯され明るい場所も多い。少ないながらも庭園で過ごしている人たちもいるようだ。
フェリシアはイクセルを探しながら庭園の花を楽しんでいた。するとかなり会場から離れたなというところで聞きなれた声が聞こえた。しかも二人。フェリシアはそっとそちらの方に近づいた。
「可愛いよ。エミリア。僕があげた髪飾りも似合ってる」
「ん、イクセル様がくださったのですもの。大切ですわ」
「愛しいエミリア」
「あ、ダメです。ここは外ですよ。それ以上は」
「そんなこと言わないでくれ。本当はエミリアと結婚したいよ」
「ああん、それはいけませんわ。私、友人を裏切りたくないのです」
「優しいエミリア。君こそが僕に相応しい」
「あ、ダメです、イクセル様。それ以上はまたにしてくださいませ」
「君が愛らしいからいけないんだよ」
「あっ、嬉しい」
フェリシアは一瞬頭が真っ白になった。何なんだこれは?
だが直ぐに気持ちを立て直し、だったらその通りにしてあげようと二人の側に行った。
「こんなところにいらしたんですね、イクセル様。それからエミリアも」
エミリアのドレスはめくれ上がり太ももの上の方まで見えている。そしてその太ももにはイクセルの手がかかっていた。今から何をしようとしていたのか。
「いや、これはその」
「きゃ!フェリシア」
きゃ!も何もない。こんなところで男女でむつみあうことがあるとは知っていたが、まさか自分の婚約者と友人がとはさすがに思わないだろう。
「盗み見なんてはしたないことをするな、フェリシア」
「はしたないですか?それならご自身の今の服装をご覧になってくださいませ。どちらがはしたないのか誰が見ても明らかですよ。ついでにエミリアも」
二人が慌てて身繕いする。
「これはな、色々あるんだ」
「別に色々あろうがなかろうが、知ったことではありません。エミリア。イクセル様のことが好きなの?」
フェリシアが聞くと目が泳いでいる。
「好き、かしら?」
「そう。曖昧ね。まあいいわ。イクセル様は先程エミリアと結婚したいとおっしゃってるのを聞きました。
良いでしょう。愛し合っている者同士が結婚する方が上手く行くに決まっているので、私とイクセル様の婚約は解消して、エミリアとそのご家族と話し合って、新たにお二人の婚約の時期をお決めになられてください」
「待ってくれ、誰もフェリシアと婚約解消したいとは」
「あらだって、結婚したいのはエミリアなのでしょう?私は必要ないじゃないですか」
フェリシアは淡々とイクセルたちに告げていく。
「いや、必要ないわけでは」
なんなんだ?さっきから。結婚したいのはエミリアと言っていたのを聞いているのだ。そんな相手にフェリシアは未練などない。アーレンバリ侯爵家と縁戚になれないことにイクセルは家に帰れば叱られるだろうが、そちらが浮気したのが悪いのだからこちらの好きにさせてもらう。
フェリシアは婚約者として十分やってきたと思っている。常にイクセルを立てて行動してきた。イクセルがそう望むから。
たまには苦言を呈したこともあったが、それも全てイクセルの為だと思ってしていたこどなのだが、イクセルにしたら愛らしいエミリアの方が良いと思ったのだろう。なんせエミリアは誰が見ても可愛いから。
それに自分は婚前に体の関係を持つようなことはしたくないと断ったが、エミリアは許しているのだからそちらの方に心が傾くのは必然である。
これまでのこともあって冷静に見えるようだが、フェリシアの頭には血が沸き上がっていた。
「では、お二人ともお幸せになってくださいませ。あ、エミリア、結婚式には呼ばなくて良いわよ。この状態で友人として顔を出すのもおかしな話だし。周りに気を遣わせるわ。
では、サヨウナラ」
フェリシアはそう言うと颯爽とその場を後にした。白い腰のリボンを揺らしながら。
いつからあの二人があんな関係だったのか。慣れている様子だったから一度や二度ではないだろう。でも結婚する前にわかって良かった。結婚した後、友人が夫の愛人だったなんて知ったら卒倒しそうだ。
だがこれをどうやって家族に報告しようか。きっと全員怒るだろう。ただでさえイクセルの評判は我が家ではあまり良くないのだ。父親のヌールマン侯爵が人徳者故、より反面して悪く見えるらしい。
それに婚約破棄するのは良いが、もう結婚式場も予約してある状態だ。キャンセルはもちろん、準備した嫁入り道具全てを破棄しなければならない。もう届いてしまっているのだ。かなりの金額を使ってくれたのを知っている。
イクセルの浮気が原因なのだから、慰謝料をその分に充てよう。そんなことを考えながらも心が寒くて熱くて忙しい。
更に次の婚約者を決めなければならない。フェリシアなら父のおかげでたくさん見合いの話はくるかもしれないが、年の近い良い人は残っているだろうか?まだ19歳、されどもう19歳だ。貴族の婚約を考えると、年齢が近い人たちは婚約者がいる人がほとんだ。
結婚していない人となると、離縁したか死別したかでかなり年上か、問題ありの人しか残っていないのではないか?そんな不安に駆られて頭を抱えたくなった。
いったいいつからあの二人はあんな関係だったのか?もっと早くに言ってくれていればさっさと婚約解消したのに。
これではフェリシアが頭を抱えるだけである。二人にはお幸せになんて言ったが、自分は幸せになれるだろうか?
フェリシアは怒りと困惑と不安で頭がおかしくなりそうだった。
イクセルの友人たちは知っていたのだ。イクセルが今何をしているのか。イクセルに婚約者以外の恋人がいることも。あの笑いを堪える男たちの顔が浮かんで更に怒りが増してきた。
確かに探しに行かなければ知らずにそのまま結婚していただろう。イクセル側から何も言われない限り。だが、それでフェリシアは幸せになれたのかと言えば確実に幸せにはなれなかっただろう。
だから探しに行って正解だったのだ。そう思おうと必死になった。
フェリシアに悪いところはあっただろうか?穏やかな関係を築けていると思っていたのは自分だけだったのか?
何もかも悪い方向に考えてしまいそれが怖くてたまらない。
これからフェリシアはどうしたら良いのかと、会場付近の庭園を行ったり来たりして思考にふけった。
それを庭園にいた僅かな人が見ていてるのにも気付かず、更に行ったり来たりを繰り返し、足が痛くなって近くのベンチに座り俯き頭を抱えた。
フェリシアは泣きそうになった。二人の関係にちっとも気付けなかった。学園時代、フェリシアが友人たちとランチをしていると、イクセルが来て一緒に食事をしたことは数回ある。その場にエミリアもいた。
だがその時はそんな気配はなかった。でも、イクセルが卒業した頃から、何となくイクセルと心の距離があるように感じ始めた。
それはイクセルが交流を広めるために忙しいと、夜の観劇に一緒に行ってくれなくなったのが要因だが、お茶会や昼間のデートはいつも通りだったのでその度にフェリシアは安心した。
でも違ったのかもしれない。その頃からもうエミリアと関係があったのかもしれない。イクセルの友人たちが知っていたのだ。カジノや飲み屋に連れて行っていたのかもしれない。
そう考え出すとまた心が凍り付きそうで、それでいて怒りで燃えるようでもあり、フェリシアはただただ、ベンチで頭を抱え続けた。




