89弾 倒れてる人何とかしよう
(うーん、なかなかいい依頼がないからなあ。)
(冒険者ランク4級、商業ランク3級になってから、かえっていい依頼がなくなったのじゃない。ダン。)
(ミドルランカーになって今度は依頼の選択に苦しむとはなあ………。)
(工事現場の手伝いの依頼もないなんてね………。)
念話術でメムと会話しながらも、依頼の掲示板を眺めているが、本日の掲示板に残っているのはパーティ向けの依頼ばかり。まあ、こんな日もあるのだと自分自身に言い聞かせるが、工事現場の手伝いのような依頼は、この街の好景気のために、人が集まってきてしまい、工事現場の仕事も人気になって依頼にまで回ってこなくなった。
(仕方ないです。本日は、自主トレーニングにしましょう。メム様。)
(まあ、さっさと帰ると、………猫可愛がりされるものね………。)
組合本部の受付に話をし、場所を借りて服を着替え、荷物を預かってもらう。組合本部の裏手にはミドルランカー以上から使える鍛錬室という部屋もある。要は前世でいうところの大きな市民体育館とフィールドアスレティックがコンパクトにまとまったような部屋だ。とはいえ、この異世界にダンベルやトレーニング装置みたいな物があるわけでもなく、広い室内にコースが設定され、何箇所かに壁登り越え用の板壁と綱登り降り用の綱が天井からぶら下がっているシンプルなコース。その設置された壁登り越えと綱登り降りをしながらコースを何周もする。
まあ、室内なのでそんなものか。でも油断はできない。綱登り降りの時は用心しないと落下して大怪我なんてこともあるのだから。
ちなみに、ローランカーの冒険者が使用不可なのは、組合本部付きの時の怪我とそうでない時の怪我の治癒費用に格差が生じるためである。
(ゆっくりと5、6周くらい走りますか。)
(いいわよ、私も参加する。)
そうやって、運動をして体を鍛える。やっぱり走りながら壁を登り越えて、綱を掴んで登り降りすると結構な運動になる。
(5周、なかなかきついですね。)
(綱登り降りは、私には厳しいわね。)
運動で息切れしている状態なので、この状態での念話術は便利なものだ。俺とメムは、実際にはゼーハー、ゼーハーとなっている。
とはいえ、午前中の自主トレーニングを終えて、組合本部の食堂で昼食をとる。
(ねえ、この後はどうするの。)
(この前のランクアップ試験と指名依頼で強獣を倒して手に入れた魔石とやらをどうするか、考えましょう。そのために、魔石を使う色々な店を見学します。)
(売ってしまいましょうよ。)
(その前にどんな使い道があるか確認したほうがいいでしょう。杖につけるだけじゃないそうですから。そうすれば売る時も、高値で売れる可能性が大きくなると思いませんか。)
(なるほど、言われてみればそれもそうね。)
と、食事しながら念話術で会話して午後は魔石を使う店の見学にいそしむことにする。
しかし、相変わらずよく食べる元女神猫だ。俺たちもそれなりに名が知られてしまったのだ、メムの大食いによって。
そのためか、パーティのメンバー募集には、
『パーティメンバー募集 実力、能力、実績は問いません。ただし、大食いかつ食費のかかる益獣持ち、愛玩動物持ちは不可』
という貼り紙が貼られるようになっている。完全に俺たちを避けている。
割安の組合本部の食堂でも、メムはガツガツ大人数分を平らげるので、メムの本性を知らない者からは、『爆食益獣』やら『グランド大喰い』、なんて元女神のかけらもへったくれもない異名がつけられてしまっている。一方俺の方は、『不幸な主人』や『赤字の飼主』という、多分、周りがそう思っている通りの異名ともいえない異名がつけられているが………。このメムとの関係性を周りに説明しようがない、できない、のが悩みの種だ。メムの外見的な美しさについては、評価は高いが、それを全消しにする食い意地と食べっぷり………。
まあしかし、分かる方は俺たちの実力を分かってくれている………はずだ。
結局メムは、運動した分の失われたエネルギー補給がと言いながら、20人分を食い切った。
俺はそれを見ながら、小さく嘆息した。
昼食後は、メムと話した予定通り、魔石を使う店の見学を開始する。最初は武具屋へ行ってみて杖製作の工房を紹介してもらい、手に入れた魔石を見てもらう。
「ふむ、この魔石じゃとあまり高価値とはいえませんな。大きさも小ぶり、ちょっと真円から遠いしな。」
工房の職人が魔石を見ながらそう評価をしてくれる。
「ふーん、やはりこの手の魔石は需要が少ない、ということですか?。」
「まあ、それなりのものにするには、例えば、このくらいの魔石を3個以上集めて、加工して杖用にするくらいならあり得るがな。まあ、真球になるまで磨いたりして杖にはめ込んだりするのに使ったりする。ただ需要があるのは、狂獣クラス以上から出る魔石じゃな。」
「買取額もそう高くはならない?。」
「当方の立場なら、まあ、一個1万クレジットから2万クレジットでの買取かな。」
「ふうん、そうですか。ありがとうございます。」
杖製作の工程を見学させてもらった後、杖製作の工房を辞して、次に同様に紹介してもらった魔道具製作の工房へ。
「ふむふむ、この魔石なら魔力を増強はできるが、………まあ、そこそこの魔力増強になる魔道具ができるかな。」
「なるほど、一つお尋ねしたいのですが、強獣の中でも真円で大きな魔石を持っていたりはするものですか?。」
「たまーに、そういうこともあるらしいが、………こればっかりは運だな。まあそんな幸運なことがあれば、そんな石なら高値で買い取れるだろう。ただ実物を見てからだがな。」
「ふうん、そうですか。なるほど、ありがとうございます。」
そういう会話を魔道具工房の職人とした後、さっきのように魔道具の製作工程を見学させてもらう。色々な魔道具を作る分、杖製作工房より見学するところは多かった。
俺たちは2つの工房の見学を終えて、夕食を組合本部で取ろうと思いながら、組合本部への道を歩いていると、メムが、
(ちょっと、この先に誰かいるわ。)
そう念話術で俺に伝えるや否や、路地裏に入り込む。俺が、メムの後をついていくと、路地裏の角に行き倒れている者を発見する。
(ねえ、どうする。ほっとくの?。)
(メム様、いろんな者を見つけますね。メム様としては助けるお考えですか。)
(そうね、怪しい者ではなさそうだし。しかし、この男………。)
青紺の長髪をオールバックにして紐でくくっている三十代ぐらいの男。見たところ、外傷は無し。手首を取って脈を見ると脈はゆっくり打っている。
「もしもし、大丈夫ですか?、もしもーし。」
と俺がその男に声をかけると、その男は震える声で、
「しょ、食事をとってなかった。………すみません、食べ物が何かあれば……ありがたいです。」
と言ったのだった。
俺は、その男を俺の肩に寄りかからせながら歩いて、組合本部へ。
「行き倒れていて、飯を食わせたいのですが、食堂へ連れて行ってもよろしいか。」
と受付に尋ねると、どうぞどうぞ、ということだったので早速食堂で夕食にする。
「ま、たんと食べて下さい。」
俺がそう言って食事を勧めると、いそいそと食事にかぶりついた。あっという間ではないまでも、俺が自分の分の食事を平らげる間に3人前の食事を平らげた。その隣では、なぜかメムが意地になっているのか、10人前の食事を平らげていた。
「あまり早食いは健康に良くないといいますが、大丈夫ですか?。」
「いや、ありがとうございました。どうやら、魔道具の製作に夢中になりすぎていたようで、食事をとるのをすっかり忘れていたもので………。」
とその男は、恥ずかしそうに体を縮こまらせながらそう答えた。
「へえ、どこかの工房に属しての製作ですか。夢中になるのはいいですが、行き倒れになると、かえって迷惑をかけてしまいますよ。」
と俺が言うと、
「いや、まあ、流れの魔道具製作職人をしています。いろいろな工房で技術を教わったり、拙いながら私の技術を教えたりして、究極の魔道具を作ろうとしています。まあ、武者修行みたいなものですね。」
とその男は答えた。




