87弾 下宿の条件更新しよう
組合本部に行って、受付で依頼完了の書類を渡し、代金を受け取る。先に一報した強獣の件について事情を説明し、その強獣ヤベアースの死体から回収した魔石を見せると、受付から確認した旨の話を受ける。そして、その後、宰相の娘のアルトファン・リーナ宛に、才能あふれるドラキャの操縦士がいること、クリクルムチームの乗り手としてチームからスカウトされているが、しばらく稼ぎが少ないだろうためドラキャ関係の仕事の口を探していること、などを書いた手紙を送ってみた。
ちなみに後日の話だが、ドゥジョン・シエルソさんは宰相補佐官付きのドラキャ操縦士として雇われることになり、クリクルムチームにも操縦士の練習生として加入する事になる。
手紙を書き、組合本部の食堂で昼飯をとり、そのまま下宿に戻ることになったが、………入浴の件をどうしようかな。
(なんやかんやで結構優しいわね。ダンって。)
下宿に向かう道の途中で、メムが念話術で俺に話しかける。
(何がですか。もうこんな依頼になるのならちょっと考えないと。)
(じゃあ、ハリケーン流とやらの後継者をあなたがやれば、万事解決になるわ。)
(絶対嫌です。)
(いや、もしかしてダンも本格的に剣術をやれば、新たな流派を生み出せそうじゃない。たとえば、シン・コキュウ流とかナントカカイ流とか。)
(冗談でも本気で言っても嫌ですから、………今はまず下宿先に帰ってから、入浴問題の交渉をする事になるでしょうから。)
(ああ、それがあったわね………。)
俺もメムもゲンナリする。本当にどうしょうか。
部屋に戻ってくると、俺たちの帰ってきた様子がわかったのか、ダッシュで、少年と初老のコックに変装した3姉妹が駆け寄ってきて、部屋の前に滑り込みながら土下座をしようとするので、
「話し合いましょう、話し合い。土下座は結構です。しなくていいですから。」
俺は必死で3姉妹に呼びかけると、いそいそと俺の手をとって、前に一緒に食事した居間兼食堂へ連れて行かれる。当然メムもついてくることになる。
「じゃあ、メムちゃんとお風呂に入っていいのね。」
いきなりヘルバティア、いや、変装してるのでヘイルさんが言い出すのを
「姉さん、もとい、ヘイル、急ぎすぎです。」
とミアン、これも変装しているのでイワンさんが止める。ミヤン、変装中なのでイワノフさんも険しい顔をしている。
「そういきなり言われると………、どうですか、一緒にメムとお風呂に入るのなら、一回5000クレジットを俺に払ってくれれば、了解しますが。」
冗談半分で言ってみると、
「5000クレジット、安いわ。乗った。」
とヘイルさんがあっさり同意するのを、イワンさんが頭をはたいて、
「何考えているのですか。もう少し金銭感覚をしっかりさせましょう。茶店の経営状況も考えてください。」
と、ツッコミを入れる。
イワノフさんが、
「冗談ですよね、今の話は。」
と俺に問いかけるので、
「もちろん、軽い冗談です。……まず、メムと一緒に入浴するのなら、条件をつける必要がありますが。」
と言うと、3人の顔が険しくなる。
「もし、条件が一切受け入れられないと言うのなら、別の下宿に移る話も出てきますが。」
「それはいや。条件は呑める限り、呑むわ。」
とヘイルさん。
「どういう条件でしょうか。」
とイワンさん。
「まずお二人は、この姉がメムに入れ込み過ぎているのは、なんとかしたいところですよね。」
俺がそう言うと、二人は大きくうなずく。
「メムと、お風呂に入れる時間及び触れ合う時間は、合わせて一日1時間かつ、それ以上になればお二人が引き離せる権利を持つ。どうでしょうか。」
続けて俺がそう言うと、
「そうですね、メムちゃんとは一日1時間、のルールを厳格にすると言う事ですね。」
イワンさんがまた大きくうなずいて俺の条件に同意する。イワノフさんも俺がこの家に引越ししてから初めてと言っていいぐらい、穏やかな表情をする。
「えー、一日1時間は………。」
ヘイルさんは不満げだが俺はそれを無視する。
「後、もう一つ条件はあるのですが、その前に、この家には浴場と灌水浴室があるのでしたっけ。」
「ええ、体を洗うだけなら、灌水浴室があります。」
ここで灌水浴室というのは、前世でいうところのシャワールームみたいな部屋。まあコンパクトにできた部屋である。
「俺が、その灌水浴室で体を洗っている間に、一緒にメムと入浴されればいかがでしょうか。それなら時間の使い方もなんとかなるでしょう。俺は、メムと一緒に入浴する時間だけ目を離す事になりますが、お二人で監視できるでしょうし。」
「入浴後に、ニシキさんへメムを返す形ですね。」
イワンさんもイワノフさんも納得の様子だ。
「えー、そんなー。」
ヘイルさんは未だ不満げだが。
「最後にもう一つ条件を。朝や晩、帰宅時など、のべつまくなしに部屋にやってくるのは絶対に無しにしていただければ。」
「もちろんです。抑えておきます。」
とイワノフさん。
「えー、そんなー。その条件呑めない。」
とヘイルさん。
「でしたら、入浴の件も一切無かったことにいたしますがよろしいので?。まあ、たまには入浴時以外でも、そちらの皆さんが了解するなら、別にメムと触れ合うのはありとしますが。」
俺はこう言って、ヘイルさんに条件を呑ませるためにとどめを刺しにかかる。
予想通り、
「わかりました。一緒に入浴できるのなら、今の条件を呑むわ。」
と、ヘイルさんが降伏した。
「ありがとうございます。姉がメムに夢中になり過ぎて困っていましたので、この条件はありがたいです。」
とイワンさん。冷静に表情を崩してはいない。
「家業にも支障が出るところだったので。今の条件はしっかり書面にしよう。」
とイワノフさん。満面の笑みであった。
「では、後で書面を確認しても。」
と俺が聞くと、
「もちろんです。下宿契約に追加する書面として、部屋の前に置いておきます。」
イワンさんが答えてくれた。
「じゃあ、メムと外で食事と入浴を済ませてきます。」
俺がそう言うと、
「ちょっと、今日からじゃないの。」
ヘイルさんが色をなして抗議してきた。
「書面ができてからでないと、入浴させませんよ。なし崩しはダメでしょ。それと、気になっているのですが、茶店は大丈夫で?。」
「大丈夫、もう閉めたから。」
ヘイルさん、得意げに答える。うーん、それっていいのかなあ。
この後、夕食と入浴を外で済ますと、部屋に戻って、メムと入浴についての契約について確認する。
「うん、どんな内容を書いてでくるかは何度か確認しないといけないでしょうけど。」
「ダンはいい交渉をしたわ。なんかあのヘルバティア、最近四六時中一緒にいようとするから、流石にウンザリだったわ。」
「メム様でもウンザリしますか。もしかすると、何か鬱積したものがあるから、メム様にどハマりしたのかも知れませんね。」
「ああ、なるほど。そういう見方もあり得るわね。だとすると、何かあったのかしらね。」
「でもまあ、あまりあちらに深入りはできないですから。入浴のみヘルバティアさんと一緒に過ごしてあげて下さい。あまりしつこくしそうなら、妹たちも協力して引き離してくれますので。」
「なんか、大変な事になるわね。でも、あのヘルバティア、運よく彼氏なんぞできたら、相当なストーカーになりそうな気もするわ。」
「ああ、そういう見方もできますね。」
俺は正直、この街の住宅事情の改善と、住宅需要の沈静化を心から願った。いい住まいが見つかればまた引っ越したい………。




