83弾 昇級後初の依頼を受けよう
翌朝、
「新たに引っ越しての朝食よね。ダン、あなたは米食が恋しくはないの?。」
「まあ、この異世界にそんな贅沢は無理でしょう。」
この異世界の食も西洋風が主流という感じで、和食は見当たらなかった。三食毎食パオニスという、直径がサッカーボールくらいの大きさの円筒形のパンを切り分けたものを、組合の食事では食べていたのだ。この下宿先の茶店のすぐ近所の店で朝焼きのパオニスを買い、朝食としてメムと食べている。
「やっぱ、調理場貸してもらって料理してみないの。」
パオニスと蜂蜜のようなものと飲み物の果汁汁だけの質素な朝食である。
「それは、ここでの生活に慣れてきてからになるかと。」
まあ、台所用品はまだ無いしね。そろえるにしても置き場所をどうするか………。
「この異世界で日本食の材料なんてないのかしら。今後はそれも探索しなくてはね。」
「探索するべきなのは、この異世界から元の世界に戻る方法じゃないですか。しかしどうしたのです。急に日本食なんて言い出して?。」
メムが、なぜこのタイミングでそう言い出したのかよくわからない。
「ああ、夢で日本食を食べる夢を見たのよ。」
「はあ、それだけですか。」
「何、その薄いリアクション。」
メムが不満げに言う。
「いや、日本食について何かあったのですか。現地視察とかで味わったとか?」
「そうね、結構日本も現地視察したから。私は丼物が日本食で最高だと思ったわ。海鮮丼、マグロの漬け丼、天丼、焼き鳥丼、親子丼、牛丼など。あんなに数えきれない丼の、具材とかけ汁の組み合わせの多数のヴァージョン。奥が深いわ。」
大食いになって、かつグルメみたいになったのも日本食の食い過ぎが原因か?。
メムが続ける。
「もちろん、丼だけじゃない。懐石料理など四季を取り込んで出される数々のメニュー。家庭料理もいろいろあるし、西洋から来たメニューを日本的に解釈して再構築したもの、例えばトンカツなんて傑作よ。」
これって、神様たちの現地視察というより食べ歩きツアーをしていたのじゃない、と言いそうになるのを俺は堪えて、
「今の状況じゃ難しいです。日本食の基本、米がないですから。でも、この際日本食の代用品でも探してみますか。まあ機会あれば、ということになりますが。」
「まあ、無理はしないでね。私は気長に待っているから。」
殊勝なことを言っているが、結構わがままだよな。
とはいえ、契約上、基本的に食事は俺たちの分は俺たちで準備することになっているので、どうするかだな。
ふと、部屋の外に気配が感じられるので、メムと目配せをして、ドアを開けると、少年の格好をしたヘルバティアが立ちすくんでいた。
「どうされました、ヘイルさん。」
あえて、変装時の偽名を使って呼んでみる。
「いや、あの、その、メムちゃん………。」
そう言って奥にいるメムに小さく手を振る。ある意味メム中毒だな………。
そこへ妹たちが現れ、
「もう着替えたかと思えば、姉さん何しているのですか。」
とミアン。
「姉さん、メムは一日一時間以下です。」
と、昨夜の組み手で顔に青あざの残るミヤン。
そして二人でヘルバティアの両腕を掴む。
「いやー、メムちゃんをー、触らせてー、モフモフさせてよー、モフらせてー………。」
ヘルバティアが断末魔のように叫びながら奥に引きずられていった。
「えー、これから朝の闖入者にも悩まなければいけないとか………。まさに敵地ね。」
メムが悩ましげに言ってくる。
いや、多分それはただのグランドキャット好きの、変な方向に暴走している方が、一人いるだけだと思いますが………。
「あの双子に、妹たちにもっと厳しめに監視してくれるように頼みますか。」
俺も少し頭痛を覚えながら、対策案を呟く。
なんやかんやしながら、ようやくに朝の身支度を終えて、引っ越し後初めての組合本部へ。
組合本部に着いてみると、なるほど、なかなかの賑わいだ。朝の依頼更新を目当てに、まるで前世のラッシュアワーだ。
(どうするの、こんなに混雑しているとやりにくいのじゃない。)
メムが念話術で俺に問いかける。
(まあ、ここは待ちの一手でしょう。人混みは嫌いですから。)
しばらく様子を見よう。
半刻もすると混雑もおさまってきたようで、掲示板周りで依頼を探していた方々や、受付に並んでいた方々が、三々五々に散らばっていく。依頼を受けてだろう。
それをみて、俺たちは、掲示板へ。まず先に掲示板の右端をチェックして俺を指名するような依頼が………ある!。
『ニシキ・ダン宛 指名依頼 パーティの臨時メンバー 働きによりボーナス有り 詳細は受付まで。』
と書かれた紙が貼られている。じゃあ、これを持っていって受付に行ってみるか。
受付に行くと、並んだ先の各窓口に割り振られるような感じになる。まるで前世で銀行に行って番号札を持って待って、X番の方4番窓口へみたいになる。担当制じゃなくなる感じか。
奥の受付で若い男が手をあげたのでそちらに行き、掲示板からはがした紙を渡すと、
「はい、えっと、指名依頼ですね。ニシキ・ダン様。」
と言われるので、
「本人確認しなくても大丈夫なのか?。」
「ええ大丈夫です。全冒険者の特徴は、ほぼほぼ、組合本部で把握済みですので。ニシキ様の最大の特徴も把握していますので。」
「最大の特徴って?。」
「いつもそこの益獣のグランドキャット、黒色を連れておりますので。ではちょっと失礼。」
そう言って受付の若い男は奥の事務所へ引っ込む。
ああ、確かに。というか組合本部、存外情報量すごいな。
そう思っているうちに、その若い男は戻ってきて、
「お待たせしました。こちらがその依頼になります。詳細はこちらに。」
そう言って、皮表紙で挟まれた紙資料を俺に渡した。
紙資料を読み、依頼者と面会してみる。
「えっと、お初にお目にかかります。ニシキ・ダンです。」
「こちらこそ、初めまして。姓はドゥジョン、名はサーテインだ。」
「ドゥジョン・シエルソです。サーテインの息子です。」
ああ、依頼者は親子ですか。橙色の髪が親子そっくりではあるが、父親ががっしりしてる剣士タイプで、息子が、細身の剣士タイプか。父親のあごひげはすごい長いな。
「俺を指名しての臨時メンバー依頼ですか。どうしてまた俺を。」
「いえ、ランクアップの勢いがすごいと聞いて、一度その実力を見てみたいと。それにあなたとパーティを組んでみることで、息子の刺激にもなればと思ってな。」
「わかりました。で何か探検でも行うのですか。それとも害獣退治でも。」
以前に臨時パーティメンバーの依頼をこなした時は、ベルンニュルクの洞窟での慣らし的な探索だったことを思い出す。
「いや、まずは道場へ来てくれ。腕を見たい。」
えっと、腕試しですか。そういえば息子は最初のあいさつ以降は何も話をしていない。
そのまま連れられて、メムと一緒に道場へ。
(ねえ、変なことに巻き込まれてない?。)
(親子絡みで碌なことはなかった気もしますが………。)
あの警備隊のギグス親子を思い出してしまった。




