72弾 この元女神と乱取りしよう
「すみません。ちょっと依頼を休止して、修行に行こうかと。ええ、行くのは前に行ったスレアチックの森です。」
組合本部の受付で、担当のセイクさんに断りを入れて、ドラキャをレンタルしてスレアチックの森へ向かう。
森の入り口で、木札型の笛を吹く。ドラキャは一旦そこに停車させる。
ファイティングエイプの見張り役がやって来て、俺たちを見て、無言で頷くと、案内をするのでついて行く。
「オオ、久シイナ、ニシキ殿。間モ無ク、コノ場所カラ、新タナ所ヘ、移ル予定デナ。チョウド貴殿ニモ、知ラセヨウトシテオッタ。」
久しぶりにあった群れの長、チャンプがそう言いながら挨拶してくれる。
「そうですか。こちらこそ、急な訪問、失礼いたします。チャンプ殿」
思うところがあって寄ったのだが、俺も挨拶を返す。
「シカシ、何カ御用カナ。」
「いえ、前に指導させていただのですが、その後何もしない、というわけにもいかなくて。指導の結果を見ておこうかと思いまして。」
「フム、ナルホド。ソレハ何ト義理堅イ。ゼヒ我ラノ鍛錬ノ成果ヲ、見テイタダキタイ。」
早速、鍛錬するファイティングエイプたちの中に混じって、俺もトレーニングに加わる。ダッシュ、ランニング、木登り、組み手。メムも思うところがあったのか、真剣にファイティングエイプのトレーニングに加わっている。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ。さすが、しっかり鍛錬している。」
「ニシキ殿コソ、ランニング、ダッシュデ、アレホドヤルトハ、思イモシナカッタ。」
ファイティングエイプは類人猿のようなもののせいか、木登りに関して言えば、俺は全く歯がたたない。メムが猫であることを生かしてふわりふわりと、ファイティングエイプに混ざって木に登るのを感心しながら見ることに。
ダッシュとランニングは、やはり俺も、休みの日の朝にできるかぎり、ジョギングしているためか、彼らよりも走りはできるのである。ファイティングエイプの皆さんは筋肉質すぎて、スタミナに不安があるので、これは種族の特徴かもしれないが、しょうがない。
「シカシ、コノ、グランドキャット、ナカナカ、ヤリオル。」
「それはありがたい。連れてきてよかったです。」
グランドキャットの能力も、こうやって一緒にトレーニングに加わることで、得手不得手が分かりそうだし、俺も今後の体力向上に、何をどうトレーニングするかを考え整理ができる。
「ドウジャロウ。我ラニ、貴殿ト、ソノ、グランドキャットトノ、手合ワセヲ見セテハ、クレヌカノ。」
トレーニングが終わり、チャンプが思わぬ提案をしてきた。
「やります。やりましょう。」
メムが意外なことに、大乗り気のようで、その提案に食い気味に飛びついてきた。
「………何かやる気ですか。うーん。」
俺が少し迷っていると、
「いいじゃない。こういう機会に一度手合わせしてみたかったのよ。やろうよ、ダン。」
「いいのですか。じゃあ、尻尾を掴むのは無しでよろしいですか。」
俺がそう言うと、
「いいわよ、ここでないとできないことだから、ダンとの手合わせ。日頃の恨みもあるし。」
おい、いろいろツッコミどころがある発言だな。まあ、しかし、
「分かりました。やってみましょう。」
「オオッ、コレハ見モノダゾ。」
俺のやる気になった発言をきっかけに、群れがざわつき始める。
「デハ、気ヲ失ウカ、『マイッタ』ト言ウマデ、デ良イカナ。」
そう言ってチャンプがレフリーの立場になり、
「ハジメ。」
と号令をかけた。群れの皆が俺たちの周囲を取り囲む。
号令がかかったが、俺とメムは互いに睨み合い、機を伺う。
「まあ、あなたの近接戦闘は見ているからね。今回は私の実力を見せてあげるわ。」
そう言って、挑発をしてきた。
俺は無言で、メムの様子を見る。構えは自然体で腕をダラリと下げている。
そこへ、メムが意を決したように動き始め、左右に動いてその速度を上げてきた。
なるほど、左右に激しく細かく動き、どっちから来るか読めなくするつもりか。
メムが右に左に激しく大きく動き、俺が顔を左右に動かし出す。かなり素早い。
俺の左手側から、メムが飛びかかり前足を俺の顔面にあてにくる。そこを素早くバックステップ、そう動いたところに、右手側から飛びかかる。早い。少し俺は焦る。右腕でガードすると、服が引き裂かれる。
その隙にさらに速度を上げて、メムが俺の左脇腹を狙い、頭突きをしてきた。左拳を素早く突き出すと、メムの頭に左拳が当たるが、メムは体を柔軟にくねらせて受け流す。そしてその勢いで俺の右後方に走る。
「スゴイ、何トイウ攻防ダ。」
群れの中で誰かがそう呟く。
右後方に走ったメムは、そのまま俺の方を向き、俺の顔面目掛けて牙を剥き出して、一気に飛びかかる。
俺は、右拳を、居合抜きのように振り回し、体の捻りを加えながら、メムの顔面に拳を叩きつけると、顎先に拳が入りメムが吹っ飛ぶ。それと同時に俺の顎付近に熱さを感じる。顎付近は爪で切られたか、血が出ていた。
「まいった。」
「まいった。」
俺とメムはほぼ同時に、そう発したのだった。
「イヤ、見事ナ攻防。短時間トハイエ、攻守ガ、コウモ入レ替ワルトハ。」
レフリーとして最も近くで、俺とメムの手合わせを見ていたチャンプが、感嘆符で彩られた感想を述べる。
「正直やりにくかったです。」
俺が、言葉少なく感想を言う。
「あら、それはこっちもそうよ。」
メムも手合わせしてみて、同様の感想のようだ。
ゴルドが、
「イイ勉強ニ、ナリマシタ。先ヲ読ミアッテ、動キ、柔軟ナ攻防ヲ、生ミダシテ、イタノデスナ。」
そう言って大きく頷いた。
怪我の治療をして、今回は、この群れで宿泊することなく、帰途につく。
「マタ、会イタイモノダ。タダ、ツギハ、別ノ場所ニナルカモ、シレヌガナ。」
話を聞いてみると、今度は別の国に行き、修行の旅を続けると言う。
「一度、我等ガ集落ニ戻リ、女房子供ノ顔ヲ、見テカラジャガナ。」
へー、集落を離れて修行の旅をするのか。ふとくだらない疑問が出てチャンプに聞いてみる。
「集落の場所は隠しているから、教えてくれることはないでしょうけど、やっぱり女房は強いので?」
「『ヒューマー』モ我々モ、女房ニハ、勝テヌモノジャ。」
チャンプが淡々と答えたが、少し怯えと愛情の入り混じった表情が、印象的だった。
ああ、でも、やっぱり尻に敷かれるのですね。
前世や異世界においても、どんな種族でも、やはり女房は強いのだろう。
見張り役のファイティングエイプに見送られて、ドラキャを止めた場所まで案内してもらい、街へ戻り、レンタルしたドラキャを返却し、組合本部の寮に戻ってくる。
部屋に入ると、メムが
「今日の手合わせ、自分自身で縛りをかけてなかった?。」
と聞いてきた。
「メム様も、爪での引っ掻きがあまりなかった気がするが。」
俺が逆に問いかける。
「ふー。やっぱり食えないわね、ダンは。」
メムがそう言って来たので、
「メム様こそ、この前の戦闘で何か思うところがあったから、俺と組み手をしようと思ったのですね。」
俺がそう返すと、
「ダンこそ、この前の戦闘で思うところがあって、私と手合わせしたのね。」
そう言って、大きく伸びをした。
「そうですね、俺たちは、今までの戦闘経験で、今色々考えている、ということですね。」
俺がそうまとめると、メムは、
「さあ、運動したらお腹が空いたわ。しっかり食べましょう。」
そう言って、食事に行こうとする俺の周りをくるくる回った。
来年は1/3から、月・水・金の予定で投稿予定です。




