71弾 接待いろいろ受けてみよう
今回は営業していた。
店に入ると、少年の格好をしたヘルバティアが嬉々として、駆け寄り席に案内する。
「緋茶セット、6つ。このグランドキャット用に平皿を。」
いつもより、セットメニューを多い目に注文する。
(メム様、どうです。今回はスイーツを5人前でいかがですか。)
(食い物で釣ろうなんて。どんな魂胆があるのかしら。)
(………もちろん日頃の活躍に感謝して、ですよ。)
(ふーん………。その割には、今の間はなんなのかしら。)
念話術で会話していたら、注文のセットがやってきた。いつもより随分早いな。
「ご注文の緋茶セットです。どうぞごゆっくり。」
えっと、緋茶は7人分、スイーツが8人分あるが………。
「えっとー、注文したのはセット6つでしたが………。」
びっくりしながら確認してみる。
店員はものすごい笑顔で、
「スイーツ一つは、当店からメムちゃんへのサービスです。あとセット一つは、私が、もとい、僕がメムちゃんと一緒に食べますので。」
おい、完全に公私混同だな。ただ、メムがそれでもあっさり陥落したようである。
こりゃ俺も、客も来そうにないし、
「そうですかー、サービスですかー。じゃ食事後、メムと一緒に過ごしますか。店員さん。」
そう言うと、
「ありがとうございます。」
店員は、笑み崩れてしまった。
奥からは、2人の小太りな男に化けた双子の妹たちが、俺たちと店員を針を刺すような目で見つめている。
食事とその後夕刻近くまで、メムと店員が一緒に過ごし、メムが上手に媚びたりして、店員はデレデレになり、それを見て変装している妹たちが、殺意までこめてきた視線を送り、俺は、胃の痛くなる思いをしながら茶店にいる事になった。
「毎度ありがとうございましたー。またのお越しをお待ちしております。」
変装をしているのだが、メムと一緒に過ごして、大満足気なヘルバティアと、キレ気味な視線のミアン、ミヤンの双子妹に見送られて、俺たちは帰路についた。
(いやー、すっかりご馳走になったようなものね。)
スイーツを結構平らげたメムは、満足な様子を念話術で伝えてくる。
(じゃあ、夕食はあっさりとしますか。)
(何言ってるの、スイーツと夕食は別腹よ。)
相変わらずの胃袋だが、
(スイーツと胃袋が別腹なんて、俺は聞いたことありませんが。)
(いいの、こういうのは、ノリと勢いよ。)
(ものすごい我田引水感がありますが………。)
そんな俺たちの前に、一人の20歳前半くらいの若い長身の男が立ち塞がる。
「ニシキ・ダン殿ですな。いえ、敵ではありません。」
そう言って、両手をあげてヒラヒラさせて、
「何も杖もありませんので。お話ししたいことがあって、夕食をご一緒に願いたいのですが。」
「いきなりそう言われると、かえって怪しまれると思いますが。」
俺がそう言うと、相手はすっと俺の耳元により、
「裏ギルドの主催者です。姓名はジンギ・タイギと申します。」
と言いだした。
「随分な名乗りですね、尚更怪しいですが。どうせ、姓名も仮名じゃないですか。」
俺がそう言うと、
「お願いします。ぜひお願いします。おごらせてください。」
そう言って、俺たちの前で土下座をする。
繁華街なので、道ゆく人がけったいなものを見るように通り過ぎてゆく。困ったな。
「いえいえ、そんな。お気を使わずに。」
そう言って俺も土下座で対応する。土下座には土下座で返すのが俺のセオリー。
「え、そんな。………困りましたね。」
相手のジンギ・タイギは、俺の土下座返しに困惑気味のようだ。
道ゆく人たちは、物珍しげに、かつ、珍妙なものを見るようにざわつきながら通り過ぎていく。
「すごい、土下座が相対。」
「土下座勝負か。」
などと言いながら。
「あのー、このまま土下座を互いにしても仕方ないので、当方も土下座をやめますので、そちら様もやめてください。」
俺の予想外のリアクションに、完全に裏をかかれたジンギさんが、泣きをいれてくる。
「本当に何もしません。本当です。飯をおごったからといって、何かをやらせるわけではないです。色々説明も話もしたいのです。だから土下座をやめてください。」
「分かりました。じゃあ、いっせいのせいで。」
「はい、いっせいのせい。」
互いに土下座をやめて、立ち上がり顔を見合わせる。メムは呆れたかのような表情で俺とジンギさんたちの周りをくるくる回っていた。
しょうがないので、ジンギさんの案内で、近くの食堂へ行く。
「おごりはやめた方がいいです。」
俺が一応警告するのだが、
「いえ、ぜひに。そのグランドキャットの分も大丈夫です。」
と言い切った。
それを聞いたメムの表情が、獰猛なものに変わる。
食事が始まると、ジンギさんはややひきつった顔をしていたが、
「今回は、お礼を言いたくて。形としておごらせていただきました。」
「いきなり裏ギルドの主催者と言ってくるから、こっちは身構えるのですが。」
「すみません。確かにそう言われるとそうなるのは分かりますが、こちらの誠意も示したかったもので。」
「そもそも何か礼を言われるような事をした覚えがないのですが。」
「いえ、ファチオア商店の横暴から、当裏ギルドを守っていただいたからです。アンチージョは結局死にましたが、あなたが警備隊に引き渡してくれたおかげで助かりました。」
そう言われても………、俺は困惑したままである。
「裏ギルドの主催者からそう言われると………、そもそも裏ギルドはどう言う組織で。まあ、答えづらいでしょうから、無理に答えなくてもいいですよ。」
「いえ、大丈夫ですよ。あくまでも裏ギルドは、アンダーグランドに近い依頼をやり取りするための場の提供のみなのです。要は、依頼主と依頼受のやり取りをする手伝いのみです。」
「ふーん、しかし、それがどうして、ファチオア商店と関係があることになるのでしょうか?。」
「我々の裏ギルドを買収しようとし、断ると無理やり、ファチオア商店の下に置こうとしたのです。もちろん、ファチオア商店に有利になる依頼を優先させる。そして、ファチオア商店に対して恨みを晴らすような依頼を探し出し、そういう依頼をした者を………。あとはニシキ様のご想像の通りです。」
なるほど、アンダーグランド系をも抑えようとしたのか。
「つまり、中立な裏ギルドを、ファチオア商店向けの裏ギルドにしようとした、ということですか?」
「全くその通りです。だから主催者として、あなた様にお礼を、ということで食事を奢らせていただくことに。」
「分かりました、断れないでしょうしね。後、一つ質問が。そのジンギ・タイギという姓名は偽名というか何かのコードネームですか。」
「まあ、看板名という言い方をしています。代々、このジンギ・タイギの名を継いでいくのです。もちろん、素顔も隠していますので。」
「まあ、そうでしょうね。」
噺家の高座名みたいな感じか。三代目誰々とか七代目何何とか。
まあ、こうなったらおごってもらうしかないのか、そう思いながらメムを見ると、いい食いっぷりを見せていた。
勘定を精算する時のジンギさんの顔は、驚きの顔であった。そして、メムをしげしげと見つめていた。
「本当にいいのですか。ありがとうございます。」
俺が恐縮した程でジンギさんに話しかけると、
「なるほど、これがあのグランドキャットですか。あなたも大変ですね。」
そう言って、何回も頷き、俺たちの前を去って行った。




