70弾 この後の諸問題を考えよう
「もしかして、暗殺かしら。」
部屋に入ってすぐ、メムが恐ろしげに言ってくる。
「うーん、なんとも言えないでしょう。細かい情報が俺たちには無いのですから。」
「じゃあ、本当に心臓麻痺、ということも。」
「ええ、太ってはいましたから。肥満の場合、心臓麻痺の確率も上がる、前世でもそう言われていましたし。」
「そうね。でも、やっぱり暗殺じゃないかと思ってしまうわ。このタイミングで心臓麻痺なんて、偶然にしては出来過ぎだわ。」
メムは、やはり気になるようだ。
「しかし、少しは落ち着きますよ。しばらくは俺たちにファチオア商店が絡むことまないでしょう。国内での活動を抑えるのですから。元の世界に戻ることを考えないと、そうでしょ、メム様。」
メムにそうは言っているが、俺もファチオア商店の一部とやり合って、多分先鋒部隊を潰しただけのような気がしている。あのファチオア商店と再びやり合う可能性も、ゼロではないのだ。
「まあ、考えすぎてもしょうがないか。」
俺はそう呟き、大きく伸びをした。
「そろそろ、下宿先とかを紹介したいのですが、なかなか見つからなくて………申し訳ありません。」
組合本部の受付でセイクさんが俺にお詫びをする。
ここのところ、順調に依頼を完了させていくので、冒険者ランクも上がり3級への昇格試験も間近いそうだ。しかし、同時に、組合本部の寮から出て、家を買うか借りるかして、下宿先に移ることになる。特例措置の適用もあるそうだが、現状では難しいかもしれないとのこと。
「何せ、白粉石鉱山の埋蔵量もかなりのものだと判明しましたし、そのためにフル操業で掘り出してはいるのですが、人手が足りない。人手を募集したら、この街に働き手が集まってきて、今度は住むところが足りなくなる。いい意味でも悪い意味でも好況なことが、この街に影響を及ぼしていまして。」
セイクさんも説明はしてくれているが、まあ、住居の需要に供給が全く追いついていない状態。このイチノシティはちょっとした建設ラッシュに沸いている。
「まあ、町の空き区画を整理して、そこに住宅地を造成したりはする予定なのですが。」
「ただ造成するだけでは、ということですね。まあ、とりあえず、建築現場の手伝い仕事が増えるのはいいことなのでしょうけど。」
俺は、そう言いながら依頼状況をセイクさんに確認する。
「ああ、そうですね。依頼につきましては、こちらをお願いしたいのですが。」
「えっと、バフロッグの退治ですか。へえ、この近辺で立て続けに3箇所、これらを退治ですね。わかりました。3箇所のバフロッグ退治ということで。」
「では、明日を含めて8日以内に依頼完了でお願いします。人が増えてきて、結構鳴き声で困っている人も増えてきまして。」
「やってみます。」
そう言って、依頼を受け、さっさと完了を目指す。
(ねえ、久しぶりにダンが歌って、動きを止めて退治するやり方で完了を目指さない?)
(断固お断り致します。)
念話術でメムが俺をそそのかすが、あまり思い出したくないし、音痴をまた、いやこれ以上いじられたくないので、きっぱり断る。
メムを見るとニヤニヤしているが、それを見て、本当にさっさと終わらせようと固く決意する。
そして………この退治依頼を、翌日から開始し、3日で完了させたのだった。
「もうちょっと、遊びたかったなあ。」
「メム様がそう言う時は、ロクなことを考えていませんね。」
さっさと退治の依頼を完了させて、組合本部の受付で代金を受け取り、寮の部屋に戻ってくる。
白粉石の鉱山からの配当金は順調に入っているが、
「ねえ、何かいいものを食べに行こうよう。」
「メム様、贅沢は控えてください。この前、屋台飯でガッツリ使ったのですから。」
まったく、この元女神猫は………、大食いの能力に加え、贅沢を覚えだしている。
そこに、
「警備隊の使いです。ニシキ殿、警備隊総隊長がお呼びです。」
と、使いの者から呼び出しが来る。
「一体何があったのですか?」
「直接お会いして話をしたいと言うのみです。」
これじゃ埒が開かないので、使いの者についていく事にする。
「いやあ、呼び出してしまって申し訳ないね。ニシキ殿。」
「いえいえ、一体何があったのですか、総隊長殿。」
俺たちが使いの者について行き、到着したのは警備詰所総本部。説教か、注意か、何を言われるのか気にはなるのだが。
「この者を知っているかい。モーブ・イッパンノという者なのだが。」
「うーん、聞いたことのあるようなないような………確か、あ、配送達依頼の受取人名がそれで、受取の直後、俺に襲いかかった奴じゃ。」
「覚えてはいたようだね。じゃ似顔絵を見てくれるかい。」
そう言って総隊長は、俺に2枚の似顔絵を見せる。
「えっと、俺が直接会って、その後襲ったのは、このロン毛の男ですね。」
「そうかい。ありがとう。実は、この男はモーブ・イッパンノじゃないのさ。」
「偽名、ということですか。じゃあ実名は?。」
「…わからないのさ。全く。あんたを襲った最初の奴なんだろうけど、本名がわかるものが全くない。」
なんかエラい話になってきたか。
「すみません、総隊長。俺が質問するのはダメなのかもしれませんが、このもう一方の似顔絵の男は?。」
「そいつも、モーブ・イッパンノなのさ。」
「へ………、同じ姓名ですね………」
俺がものすごく怪訝な顔をしたようだ。
「そうだ、もしこの似顔絵に似たやつを見かけたら即、警備隊に知らせておくれ。協力してくれれば、飯ぐらいは奢るよ。」
「それは、分かりました。」
「あと、あのアンチージョ・リージーを引き渡してくれてありがとう。色々この街にもこの国にもいろいろ触手を伸ばしていたからね。事件を未然に防ぐことができたよ。」
「そうですか、それはよかったです。………後、一つお尋ねしても。」
俺は、思い切って聞いてみる事にする。
「アンチージョの心臓麻痺での死亡は、事件性はないのですね。」
「ないね。もし暗殺するとしても、時間的に難しい。コシチューク国にあるファチオア商店の本部に、アンチージョの捕縛の情報が届くには、どんなに早くても3日はかかるだろうね。それから折り返し、暗殺の指示を出す形になるだろうから、どうやったって、6日後に実行する事になる。あれが心臓麻痺を起こしたのはうちで受けてから2日後、よっぽどの魔術でもない限り難しいよ。」
「分かりました。ありがとうございます。」
「いいさね。まあ、似顔絵の男についての情報あればよろしく頼むよ。」
「はい、それでは失礼します。」
そう言って、俺たちは総隊長の前を退く。
(ねえ、昼飯は、あの茶店にするの?)
(いやですか?)
(いやっていうより、まあ、なんていうか。多分すりすりされたりするのかなあ、って………。)
あのヘルバティアに猫可愛がりされそうなことを考えていたのか、少しげんなりしている。




