61弾 この商談は決裂でしょう
なるほど、疑惑の商店ということか。
ふとメムを見ると、いつもは寝たふりか、実際に爆睡をしているのに、俺が見たところ初めて、金銀のオッドアイを光らせて、大人しく話を聞いていたのだった。
「最後に申し訳ないのですが、ニシキ様。今の話は決して他言無用でお願いします。この話が外に出ると、下手したら、商業ギルドが一介の商店を風説で貶めている、とファチオア商店が喰らいついて来る可能性があるので。」
と、イサドさんが釘を刺した。
「わかりました。もし、ファチオア商店から俺たちに話があれば、そちらにも一報します。メムのグランドキャットの買取で、もうひと動きあるかもしれません。」
「すまない、よろしく頼む。ニシキ殿。」
商業ギルド長がそう言って、話は終わった。
セイクさんにも商業ギルドから、内々に話があったようだったからか、受付に戻ると、
「しばらくは、依頼も抑えますので、そちらの方を対処しましょう。」
と言ってきた。
セイクさん的には、ファチオア商店がメムを買い取ろうとしたことについて、不満のようだった。
それから、2日後、
「今夜、ぜひニシキ様と話し合いたいです。夕刻『ラグジュボクス キテート』にて。」
との連絡が、朝に受付を通じて俺の元に来たのだった。
商業ギルドのイサドさんにも伝えられているようで、あらかじめ用意していたのか、紙を渡される。多分、前のお宝探しで使っていた、あぶりだしだ。
受付で、セイクさんと共に手灯で炙り、書かれている内容を確認し、そのまま燃やして灰にする。
「ラグジュボクス キテート、って何の店ですかね。」
と俺が聞くと、
「超高級店で、個室から各種部屋が用意され、その部屋で飲食できる店です。このキテートは、この街一番の超高級、最高ランクの個室飲食店です。あらゆるサービスが堪能できると言われています。」
とセイクさんが教えてくれる。
なるほど、要は、前世日本での料亭みたいなものか。
話し合いの前に、店の情報を確認して、場所を確認する。
「はじめて、歓楽街に入るのね。よかったじゃない。」
メムは淡々と俺に言い放つ。
「メム様、残念ですが、何も手をつけずに帰りますから。店で、食事は一切取らないでください。何か仕込んでいるかもしれません。」
「実に残念ね。でも、下手に食らえば。」
「ええ、それを口実に、強引に仕掛けて来るかもしれません。」
「何を仕掛けてくるか、読めない相手ってことね。」
「ご用心ください、メム様。」
夕刻になる少し前に、時間に間に合うようにか、迎えのドラキャが組合本部前にやって来た。
俺たちは素早く乗り込む。そして、そのイチノシティ歓楽街の中にある店、キテートへ向かっていった。
ドラキャは歓楽街前の出入り口で一旦止まり、本人登録証の確認があり、その後はそのまま店まで向かって行った。
店に着くと、ドラキャから降ろされて、地味だが天井の高い玄関を抜けて、部屋の前へ案内される。扉を開けると、そこにはあのアンチージョさんが、満面の笑みで俺たちを迎えた。
「いやあ、ようこそお越しくださいました。ささ、どうぞ。これから一緒に食事をいたしましょう。美味なる食事をしながら、美酒を飲みながら語り合いましょう。」
不気味に媚びている。
「はっきり言わせていただきます。俺の相棒はどうやっても、そちらに譲る気も売る気もありません。今後の交渉は一切致しませんし、あなた方とお会いすることもありません。あなたの主人にもお伝えください。金をぶちまけりゃ、何でもできるとは思わないことです。」
「ふん、バカな小僧だ。5億クレジットの大金を蹴るとは。一生遊んで暮らせる金だぞ。冒険者稼業なぞよりマシな生活ができるのに。機会を捨ておって。」
「………はっきり断ったのですが、ずいぶんな本性ですね。金があるから偉ぶれると勘違いしたものは、後は悲惨なものになるのだと言いますが。」
「………せいぜい己の身に気をつけることだ。後悔しても知らんぞ。」
うわー、三流悪役のテンプレセリフだ。
「では、この話は、完全に無かったことになりますので。もう一度言います。俺の相棒は決して売りません。ではこれにて失礼します。」
一礼して、さっさと部屋から出て行く。向こうも引き留める気はないようだ。
部屋を出て、広い廊下に。
(メム様、出口は分かりますか。)
念話術で聞いてみる。
(多分こっちよ、先導するわ。)
裏口に辿り着き、そのまま店を出ていく。
(ここから、一気に抜け出します。敵が潜んでいるかもしれません。警戒お願いします。)
用心しながら、この歓楽街区画を出入り口へ向けて突っ走る。
幸い、無事に区画を出ることができた。
夕刻に相手と話して、すぐに席を立ったので、夜には少し時間があったが、このまま組合本部へ向かう。寮に帰る前に、商業ギルドに交渉は完了、一切売らない、会わないと向こうに啖呵切ったことを伝えて、寮の部屋に戻った。
俺たちは、早めの夕食、風呂を終えて、人心地つく。
「お疲れ様、ダン。しかし鮮やかな啖呵ね。私はちょっと感動したわ。」
メムが褒めてくれた。
「しかし、商業ギルドの話からすると、次は何か仕掛けてくるだろうと思います。俺とメム様に。」
「まず考えられるのは………ダン、あなたを亡き者にする、ってところかしら。」
「そうですね、そして、野良になったメム様をゲットする。」
「しかし、組合本部が、あなたをバックアップするとはね。」
あぶりだしには、『組合本部は表立って動かない。情報収集のみになる。』と書いてあった。つまり、交渉する店にも情報収集の手は打っている、ということ。とはいえ、
「当面は、用心しなくちゃなりません。メム様。」
「しょうがないわ。あなたがはっきり断ったのが正解よ。あんな成金ヤローと付き合いたくないわよ。」
メムはすっきりした表情を出しながら、俺をフォローしてくれた。
「そういえばダン、ここ最近、何を読んでいるの?」
「まあ、魔術研究ですよ。と言っても、書物からの情報による研究ですが。」
「ふーん、そういえば、私の買取話と、商業ギルド長たちによるファチオア商店の話を聞いてから、研究を始めたような気がするのだけど。」
「ええ、相手の使う若しくは得意な属性の予想・分析ができるなら、それに越したことはないでしょう。それに、各属性を極めた魔法等がどんな威力や効果があるのか、知っておけば、魔弾についても何か、アップデートができるかもしれないですからね。」
書物からの情報になるが、知らないより知っていた方が有利だろうからな。そう思いながら、メムに説明する。
「もしかして、ファチオア商店と戦うかもしれない、って思っているのじゃ。」
意外にメムは鋭いところがある。そう思っていると、メムがさらに、
「あんな話を聞かされりゃ、そうなるのかなあとは思っていたからね。ダン、あなた意外と単純なところがあるから。」
もしかして、完全に見抜かれたのか。
「謎のファチオア親子ですから。情報が無いというのは、確かに不気味ですので。」
内心の不安を押し殺しながら、メムに言う。
「でも、ここのところは静かなものね。私たちに何か仕掛けて来るのかと思ったけど。」
「相手も、俺たちの情報収集をしているのでしょう。多分俺たちの周辺から、情報収集しているのじゃないでしょうか。」
「嵐の前の静けさ、ってところかしら。でも、いつまでも、ここに閉じこもっていても、埒が開かないのじゃ。」
「ええ、それもわかっています。と、言うことで明日から、街を動きまわってみます。」
「ふーん、私たち囮になるのね。ところで、もしあのお宝発見がなかったら、資金面が心配だったわけでしょ。そんな金欠状態だったら、ダンは私を売り飛ばしたの?」
「そんな訳ないでしょ。お互い元の世界に戻れなくなるじゃないですか。そこまで俺は、金で転ぶような男じゃないです。多分。」
最後、軽くボケてみる。
「………そこは、多分って言葉いらないわよね。」
「いいツッコミです。メム様。」




