241弾 この狂獣をどうしよう
(ねえ、この特訓が終わってランクアップ試験の後、家庭を持とうとかそういう意識をするとかはないわけ。ダン。)
(ベンナさんたちがパーティを組んでいるうちに婚約したからって、皆々そうは思わないでしょう。俺は元の世界に戻ることを意識しているのですから。)
(うーん、でも、もしかすると、あの3姉妹がもっと意識してくるのじゃないのかしら、まあいろいろと……。)
(さあ、見張り見張り。)
夕食を終えて、交代で見張りに立つ。さっきは純朴準星の男性陣と色々話をしたが、本当にいい人過ぎたと感じている。惚気話に、可愛い不満への愚痴、本当にごちそうさまである。
「全く、この男は……。」
メムが何かを呟いたようだが、最後まではあまり聞こえなかった。
夜の戦いには用心の必要がある。
夜行性の獣はいるが、ほとんどが昼行性である。これはこの世界トゥーアールには特殊な霊体、ギャーストの存在が大きく影響している。ギャーストとは一種の幽霊、ゴーストみたいなものであるが、ヒューマー(人間)や獣たちには特に悪さをするというものでもない。ただし、ヒューマー側や獣側から切り払う等で下手に手を出すと、一気に集合して金切り声で鳴き散らす。その音がかなり異様な音量と音質で、うるさく頭に響くものであり、下手をすると精神的にダメージが大きく受け、無反応になる。ギャーストを偶然であれ故意であれ戦いに巻き込むと、戦う双方が影響を受けるので、夜の戦いは我々も獣も避けるのである。なお、街や村のような人の集積しているところには現れないし、ギャーストも避けて通っている模様である。
音についてはあえてイメージするなら、学校の黒板を爪で引っ掻くような音なのだと思うのだが実際に聞いたことはないし、聞きたいとも思わない。
とはいえ、ギャーストに下手に手を出さないようにするため見張りをして、なおかつ獣にも用心する必要があるし、賊にも用心しなくてはならない。
ギャースト対策用に忌避剤があるので、それを野営地の周りに振り掛けると寄ってはこないが、獣が寄ってくる可能性が大きくなるということになるので、ギャーストを避けるか獣を避けるかどっちをとるかの問題はある。
「組合本部で教えてもらったとはいえ、ギャーストに関わらずに済めばそれで良しだし、ですよね、メム様。」
「まあ、そうね。今は起きてるのは私とダンだけか。でも、いいの?。なんか割に合わない見張り役だけど。」
「早寝させてもらってですからね、まあ公正ですよ。それにあのパーティの方々は皆良い人ですからね。」
パーティ名の通り純朴というか素朴な実力者だなあとは思うのだが、
「でも、良い人すぎるわね。ああいうのは、ね。」
メムが思わせぶりな言い方をする。
「そこまで愚か者でもないでしょう。女性陣がしっかりしていますよ。あのパーティは。」
メムの思わせぶりな言い方に少しの反論を含んで言ってみるが、
「人が良過ぎるのも危険なことは、ダン、あなたも前世で散々理解しているのでしょう。まあダンの場合は、別のことでも理解しているでしょうけど。」
「あまり俺の過去に触れないでくださいよ。それは元の世界に戻ってから話し合いましょう。」
「でも予言するわ。ダン、あなたは前世での過去に向き合う時が来るわよ。」
「嫌な予言だなあ……。」
焚き火の火を絶やさないようにしつつ、野営地の周辺を見張りしながらそう言われてもなあ。少し釈然としないのだが……。
一度交代をして少しウトウトしながら休み、夜明け前の見張りに立つ。
「流石にヒンヤリしますね。」
「夜明け前が一番気温は低いっていうからね。」
囁きながら、見張りを続ける。
ギャーストも来なかったし、害獣も流石に来なかったか。そろそろ夜が明ける頃か……。
「ねえ、ちょ、ちょっと、これは……。」
「もしや、敵ですか、いや害獣の気配ですか。」
メムが何か感知したようだ。
「え、こんな高速接近するものなのかしら。」
メムがうろたえる。
「落ち着いて、何か敵が来ているのですね。」
「ええ、こんな禍々しい気配は初めてよ。これが狂獣ってやつかしら。」
そう言っている間に、それは樹木の上から飛びだして、ズサリと飛び降りてきた。
「これって、ライオンの大型版か?。」
俺は拳銃を構えながらそう呟く。
それは、まさに前世の動物園で見たことのあるライオンとよく似ていたが、デカかった。前世でのライオンだと頭の先から尻尾を除いた長さが大きいもので2.5メートルといわれるが、この獣は優にそんな大きさを超えている。3.5メートルくらいか、この世界の単位だと3.5マータルくらいというのか。地面から頭のてっぺんまでの高さも1.7メートルくらい。タテガミの色が黒いのが違いなのと、尻尾がくるくると、どぐろを巻いたようになっている。
「こりゃ、皆を呼べれば良いけど……。もしかしてこれがオラオライオンという狂獣か……。」
「……ねえ、これはとりあえず戦う必要があるわね。」
「ええ、戦闘の物音で皆が気付いて援護に来てくれれば良いのですが……。」
とにかく状況が不利すぎる。俺とメムが野営場所に今から行って皆を起こして戦闘態勢を取ろうとしても、いいようにこのオラオライオンに蹂躙されるだろう。
「こりゃド派手に戦闘して、皆に気付いてもらうようにしつつ、ここで食い止めて戦うということになりますね。メム様、無理に戦わなくてもいいですよ。引き際も大事ですし。」
「何言ってるの、コイツ、私に思いっきりガン飛ばしてくれちゃって、引けるわけないでしょ。」
「じゃあこうなったら、ド派手に戦うしかないですね。」
「言われなくたって!。」
そう会話しながら、その狂獣の脚部の毛色を見ると、
「おいおいおい。」
赤、青、黄、緑の4色の脚部であった。
「よし、行くわよ!!。ラッシュコンボ・テンペスト!!。ニャシャー!!!。」
メムが気合声と共に機先を制していきなりの必殺技を発動させる。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
頭突きに爪斬撃に噛みつきを組み合わせて無限に撃ち続けるかの如く、オラオライオンの頭を攻撃し続ける。
速く、激しく、息の続く限りの猛攻撃は、
グワオーーーーーーーーーッ
オラオライオンの咆哮と共にメムの攻撃が止まって、素早くメムが退がって間合いをとる。
オラオライオンはメムをギッとにらみつけている。
この隙に、今装填している魔弾【火炎弾】を一気にぶっ放す。
ドシュドシュドシュドシュドシュドシュ
ドゴッドゴッドゴッドゴッドゴッドゴッ
よし全弾命中、オラオライオンの顔面に火が上がる。しかし、それなりのダメージか。効いているのか、効いていないのか、わからない。オラオライオンは顔を振って火を抑える。
メムの必殺技と俺の魔弾【火炎弾】全発ぶっ放しは効いているのだろうか。
(ダン、少し息を整えさせて。)
メムは、必殺技を全力で放ったからか、流石に体力的には厳しいようだ。
こうなったら、
「集中。」
もはや、撃てる魔弾をとにかくぶっ放していくしかない。
装填を素早く行う。次の装填した魔弾は【剛岩弾】、あれ、尻尾が立っている。何かヤバい気配を直感的に感じる。立った尻尾を狙い、一気に六発ぶっ放す。
ドシュドシュドシュドシュドシュドシュ
ドゴッドゴッドゴッドゴッドゴッドゴッ
シュゴッ
ジュドーン
俺がぶっ放した魔弾【剛岩弾】は尻尾の付け根に全弾命中するが、オラオライオンは尻尾から何かをぶっ放したようだ。俺の3マータル右側で氷の塊が爆裂し、着弾点は白く凍り付く。
「これが、『フルバースト』とか言われたやつか……。」
内心冷や汗をかく。ただ、向こうもダメージを受けたようであるのか、動きが一気に落ちたようである。この隙に再度魔弾【剛岩弾】を装填する。
「大丈夫ですかー。」
後ろからヘルバティアの声が響き、矢がヒュウッと飛んできてオラオライオンのタテガミに刺さる。皆、この状況に気付いて戦闘態勢になってここにきてくれたようだ。




