200弾 なんとかかんとか逃げてみよう
「さて、まず考えるのは、俺とメム様でいかに逃げ切るかです。向こうは魔術、魔法の発動が可能なのですから。おまけに武器も使える。」
「何か状況を見ると、ダンと私でサバイバル訓練しているようなものね。遭難は嫌だけど。」
「まあ、状況は最悪であるとしましょう。想定外も起こり得るだろうと思ってますし。向こうはもしかするとこの特訓エリアの地図を持っていると考えた方がいいでしょう。」
審判役のガーワンバーさんに連れてこられて、林の中でポツンと一人と一匹。
追いかけっこの特訓みたいになっているが、いかに逃げ切るかが勝負のキモである。
「メム様の力を持ってすれば3姉妹を感知することで、逃げ続けてしまうことは可能ですが。」
「ヘルバティアたちもそれはわかっているのじゃないかしら。」
「まあ、そうでしょうし。それに3姉妹のコンビネーション魔法を発動されるときついです。」
「ああ、あの魔法ね。一気にあの人数を焼き冷やすなんてね……。」
「光属性魔法で誘導する手段もえげつないですからね。」
「じゃあどうするの。ダン。」
「理想は1人ずつ各個撃破ですけどね。」
「うまくいくのかしら。向こうもそれに気づいているかもね。」
「だから、理想は、と言ってるのですよ、メム様。」
「ふーん、じゃあ、逃げの一手のみかしら。」
「状況からはそうなるでしょう。ただ変化に応じて対処できるようにしましょう。」
「要は行き当たりばったり、ってところかしら。」
「そういう解釈もありでしょうけどね。」
俺の妙な落ち着きっぷりにメムが首を傾げる。
「まさか、故意に捕まるとか……。」
「さっきの言いぶりだと、『所定の時間までに拘束し続けられなかったり』っていうところが意外とミソなのじゃないかと。」
ちょっとはぐらかす。
「何か意地悪なことを考えているのね。」
「そうかもしれません。さて。」
俺は立ち上がり軽く背伸びをする。
「そろそろここは離れますか。まあ、あの3姉妹は、まずは俺たちがのろしを上げた場所に一気に向かって行ってから、この付近へやってくるでしょうから。」
メムにそう言って、メムと一緒に静かに歩き出す。
「コテージならこっちの方向よ。」
「じゃあ逆方向に向かいましょう。」
「わかったわ。」
しばらくコテージと逆の方向に歩き続ける。
「ダン、もしかして私に気を遣ってくれてゆっくり目な移動をしてくれているの。」
「ええ、昨日無茶しすぎたように見えますので。」
「気遣いありがとう、でもここは気合と根性で。」
「それは今じゃなくていいですので。」
そう会話しながらしばらく歩いていくと、
「近くに洞穴の匂いがするわ。どうするの。」
「寄ってみましょう。」
小さな洞穴がある。
「何もなさそうね。」
「じゃあ休憩しますか。」
しばらく休憩を取る。
「どうですか、メム様、少しは痛みも和らいできましたか。ゆっくり筋肉をほぐしながら行きましょう。朝のうちはゆっくりして、昼前からペースを上げていくことにしますので。」
「あの3姉妹は追いついてくることは、どうなの?。」
「メム様こそ、気配や3姉妹の匂いはまだ感知していないのでしょう?、でしたら今はまあ大丈夫でしょう。」
「でも、追いつかれた場合はどうするの。万全の装備をした3姉妹に素手で挑むのは無謀の極みじゃないの?。」
「まあ2日間も逃げ続けるのはしんどいですけどね。うまくやり過ごしたいです。」
「可能性として地図を持っている可能性を言ってたけど、もしそうなら。」
「だから、あちこち細かく移動する手が一番でしょう。俺が今考えているのは、まず最初の地点を起点にして捜索エリアを埋めて行って俺とメムを追い詰めていく、とういうことになるのではないかと。3姉妹のコンビネーションなら結構ハイペースで追い詰めることになるかもしれません。」
「じゃあ、そうなったらお手上げかしら。」
「いや、俺たちで個人を一人狙い撃ちにします。ミヤンを。」
「ああ、なるほど。ハンデも背負っているしね。」
「動きは良くないでしょうからね。」
「ミヤンを襲って倒す、そして突破して隠れる。」
「まあそんなところでしょうけど。」
「でも地図は持っていないから。」
「それは、奪っちゃえばいいのですから。さて、行きますか。」
多分審判役の人は俺がグランドキャットに何か呟いていると思っているのかな。俺はふと、そう思いながら4、5回屈伸運動をしてから歩き出す。
さっきより少し歩く速さを上げてペースアップする。
「メム様、少しペース上げましたが大丈夫ですか。」
「ええ、ダンが配慮してくれたおかげで、少し体が楽になってくるわ。」
「それはよかったです。まだ気配は感じないですよね。」
「まあ、付かず離れずで私たちのかなり後ろにいる審判役の気配しか感じないわ。」
「そうですか、でももうすぐでしょうね。」
「もしかして追いつかれることを考えているのかしら?。」
「まあそうです。」
そう言いながら歩みを進めると、しばらくして
「ふーん、ダンの予想通りなのかしら。結構な速さで1人近づいてきてるわ。」
「誰かはまだ分からないのですね。」
「距離はまだ離れているからね。でも……多分ミアンかもしれないわね。」
やっぱりメムがいるとこういう風に感知できるところはすごくいい。
もうしばらく歩むと、
「獣の気配ね。これは………、ヒルダイル種ね。まあアレじゃないといいけど。」
メムが鼻をひくつかせながら感知する。
「獣ですか。避けて行きますか。」
「歩きにくい、道なき道になるわよ。この獣道をこのまま進みましょ。この先で遭遇することになるでしょうから。」
「じゃあ出てきたら倒していくしかないのですね。」
「舐められないようにしてね……。」
やはりメムは最初の戦闘で、まとわり付かれペロペロされた思い出がかなりトラウマになっているようだ。
やむを得ないからそのまま進むが、ヒルダイル種の一種でグリーンヒルダイルが先の獣道で通せんぼするように立ちふさがっている。
「一匹なのですが。」
「かなり大きいわね。」
「素手でやるのですが……。」
「頑張って。」
「いやメム様もでしょ。」
そう会話しながら、俺たちが立ち止まると、グリーンヒルダイルがメムに目を注いでいる。
「メム様、めちゃめちゃ見られていますよ。」
「ううううぅ。」
俺がメムに注意喚起すると、メムは用心のためか、毛を逆立てて低い唸り声をあげてグリーンヒルダイルを威嚇する。にらみ合いがしばらく続く。
俺がグリーンヒルダイルに隙を見せるように少し構えを解いたその瞬間、メム目がけてグリーンヒルダイルが二足歩行で突進を開始する。
「集中。」
俺はそう呟き、二足歩行で突進するグリーンヒルダイルの足元を狙う。
スローモーションのように見えているグリーンヒルダイルに、俺はかがみ込み右足を地面ギリギリの高さでグリーンヒルダイルの足を払うように蹴り入れる。見事にすっ転びメムのすぐ前でヘッドスライディングするように滑り込む。
この隙にグリーンヒルダイルの後足を一気に両脇で抱え込み、そのまま足を反り返らせて締め上げ敵の背中にダメージを与えるようにすると、プロレス技の逆エビ固めみたいな感じになる。
「くっ、しかし硬い体だな……。」
そう呟きながら逆エビ固めをかけ続けているところにメムがグリーンヒルダイルの鼻先を思いっきり噛み付く。敵の目を爪で引っ掻き目潰しをする。伸ばしてきた舌を爪で切り裂く。
グリーンヒルダイルはメムと俺の攻撃に断末魔の悲鳴を上げ、頭部をのけ反らせる。弱そうな白色の表皮側が露呈したところで、メムが喉笛のあたりに噛みつき牙を突き立て、喉部分らしきところを食いちぎる。
グリーンヒルダイルは、
「グジュァー……。」
と悲鳴を空気の抜けるような音を出してピクリとも動かなくなった。
「ふぅ、まあ、なんとかしたが……。メム様、大丈夫ですか。」
メムは息を荒くしている。メムの口の周りがグリーンヒルダイルの血か体液にまみれている。
(ごめん、戦闘に気を取られて、……感知が遅れたようね。ミヤンよ。)
念話術で俺に告げる。その直後、
「やーっと見つけたわよ、ニシキさん、メムちゃん。」
そう言ってミヤンが俺たちに追いついてきたのだった。




