196弾 特訓を開始しよう
「これがエビンロコ山か……。」
特訓所の門の前で背景となっている壮大な山をドラキャから身を乗り出して眺めて感嘆する。山の空気は一味違うなあ。
「さあ、宿泊所へ行くわよ。」
ヘルバティアがそう言ってドラキャを走らせる。
「あまり身を乗りださないでください。ニシキさん、はしゃぎすぎじゃないですか。」
とミアンが俺に注意する。
「やーい、言われてやんの。」
子供っぽいリアクションをミヤンが示す。
「全く、特訓が終わってから見ればいいのに、ガキね。」
とメムが俺への追撃で言い放つ。
しかし、特訓所って門から宿泊所まで広いなあ……。この広さも特訓所が特訓所たる所以か。
しばらくドラキャが走って、やっと宿泊所か。と思ったら、事務棟であったようで、ヘルバティアとミアンがドラキャから降りて何か手続きにかかっているようだった。
「まあ、こういう特訓所は、脱柵できないように広めに作っているともいわれるからね。」
ミヤンが楽しそうに呟く。
「へえ、ミヤンさん楽しそうですね。」
俺がそう言うと、
「そりゃ楽しみさ、思いっきりニシキさん、あんたとも思いっきり戦えるかもしれないし。」
ずいぶん、俺はこのミヤンに恨みを買っているようだが……。
「じゃあ、特訓の中でこのダンとミヤンやミアンやヘルバティア、そして私と戦うことになるのね。いい機会だわ。そのスカした顔を苦痛に歪ませてあげるわよ。」
メムがミヤンの言に悪ノリしてきたようだ。
なんだかなあ……。魔術の研究をしたいのだけどなあ……。
「というか特訓は各自で鍛錬するのじゃないのですか?。特訓所で何をするのか話は全く聞いていなかったですし。」
俺は個人個人の能力向上に意識がいっているようだ。
「まあ、これからよ。」
と少し薄笑いを浮かべているミヤン。そこにヘルバティアとミアンが戻ってきて無言でドラキャを走らせる。少し走らせると、高級ログハウスみたいなこれは。
「じゃあ、ここで降りて荷物を入れましょう。このコテージに。」
ヘルバティアが指示する。
「明日から特訓開始だから。」
ミアンがそう言って先にドラキャから降りてコテージに向かう。
荷物をドラキャから運んでコテージの各部屋に置いていく。このコテージ結構作りはよくて水道、燃水もあり、風呂とトイレがついている。玄関を開けると小さいながら居間、そして奥に台所、その奥に風呂とトイレ、それを挟むように両端に寝室がある。一方に3姉妹、もう一方の寝室を俺とメムが使うことになる。とはいえ食事は携帯食糧である。
「明日朝からまずは、個人特訓よ。装備をきっちり点検しておいてね。」
とヘルバティアが厳しい表情で言い出す。
「えっとどのような感じで特訓をするのですか……。」
俺が手を挙げて質問する。
「翌日に話をすることになるから。」
と言うことで各自交互に入浴してさっさと寝ることになる。
翌朝、
「これからの特訓は、タスキマッチよ。」
「たすきまっち?、それはなんでしょうか。」
俺が初めて聞く言葉に疑問をあげたその時、コテージのドアがノックされて、ミアンがドアを開けて男女2人を連れてくる。
「ああ、そのまま。お初にお目にかかります。エビンロコ山特訓所の職員、姓はガーワンバー、名はイジェと申します。」
「私は、姓はトレガーマ、名はヒルデ。ガーワンバーと同じく特訓所の職員です。早速タスキマッチのルールと説明をした後、2人で審判役をしますので。」
オレンジ色の髪をセンター分けにした男とポニーテイルに髪を結った女の2人が話を始める。しかし、ジャージっぽい服で隠しているなかなかマッチョに鍛えられた肉体のようである。
「タスキマッチについて初耳の方は、ああ、あなたがそうなのですね。」
トレガーマさんが言って、俺が手を挙げたことを職員の2人は認識してくれる。
「タスキマッチとは、単純に言えば、相手を倒して戦闘不能にしてタスキを奪う戦いを言います。期間は1日間、本日の日暮れまでにパーティメンバー4人でタスキを取り合ってください。一番タスキを取ったものが勝者となります。最下位の者はこの特訓メニューの終了後から重石ハンデがつきます。タスキは腰にしっかり付けておいて下さい。」
ガーワンバーさんがそう説明する。
「私とガーワンバーは審判役として戦闘記録を取ります。あとこのタスキマッチは魔法、武器使用を禁止とします。武器と杖はこのロッジの寝室にしまっておいて下さい。」
(じゃあメム様は、どうされますか。)
(一応益獣だからね、ここでおとなしく自主トレに励むわよ。)
(分かりました。)
念話術で話をして、寝室に戻りカバンに拳銃とショートソードをしまっておく。
「はい、みなさん。準備はよろしいですね。では地図を渡しますので、その場所へ行って下さい。」
ガーワンバーさんがそう言って俺とヘルバティアに地図を渡す。トレガーマさんは双子妹の2人地図を渡す。
「では、のろしを上げますので、のろしが上がっている間にその地図に書かれた場所に行って下さい。そこが各自のスタート地点になります。スタート地点に発煙道具がありますのでそれを使ってのろしを上げて下さい。4人全員のろしが上がってから特訓開始です。」
トレガーマさんがそう言って、ロッジ前にいくのでそれについて行く。ガーワンバーさんも一緒である。
ロッジ前にのろし台が置かれてあり、ガーワンバーさんがそれに火をつけ煙を出す。
俺たちは一斉に地図を見てそれぞれ目的のスタート地点に向かう。
地図を見ながら目的の場所を探して早歩きで進んでいく。地図はわかりやすかったので、まもなく目的となる岩が見つかり、その岩の下のくぼみに箱があったので箱を開けて発煙道具を出してみる。
まるで乗用車についていた発炎筒みたいだな……、そう思いながら先端のキャップを外し、外したキャップの先端がザラザラしているので、それを使いキャップの中身の先端にざらついた部分があるのでそれとこすり合わせると、……モクモクと煙が上がり出すのでその場に置いておく。
空を見上げると、俺が最後だったのか細長い煙が棒のように3本上がっていたのだった。
ここからバトル開始か……。置いてきた発煙道具から一気に離れることにする。小走りで隠れられそうな茂みに向かいながら、このフィールドはどのくらいの広さなのか推測する。
遭遇戦を考えると、このフィールドは一辺400マートルくらいの四角形のフィールドか、一部獣道があるがあとは林と茂みと少しの岩場が組み合わさった感じの平原か……。
そしてふと思った、もしかすると3姉妹が結託して、俺を真っ先に倒す可能性が一番高いのじゃないかと。
必ず一対一で戦うこと、とは審判役も言っていなかったな……。
よし、こうなったらあえての手で行くか。俺はそう思って発煙道具の置いてきたところに戻ることにした。どうせやるならまとめて戦うのも一緒だ。
そう思って戻ってみて、息を整えながらその場にてシャドーボクシングの要領で体を動かす。
体が温まってきたのを感じたところで、動きをゆっくりにして、深呼吸をする。
俺がロッジから来た方向を眺めていると、ガサガサと音がして人が現れる。
「よっし、やっぱり動いてなかったか。じゃあ、思いっきりやりますか。」
ミヤンが凶暴な笑みを浮かべて俺の目の前に現れたのだった。
なるほどね、一番近いところにいたのはこのミヤンだったか……。
「ずいぶん楽しみにしていたようですね。ミヤンさん。」
「ああ、そうだな。日頃の恨みも込めて、叩きのめしたくて叩きのめしたくて。」
ミヤンは戦闘モードに入りつつあるな……。そう思っているところへ、ミヤンが一気に間合いを詰めてくる。俺は相手の様子を伺うことにする。




