188弾 この対策の妙手が浮かぶだろう
「そうだ、こちらも一つ聞いてみたいことがあるのですが。」
思案しながらの雑談でふと思いついたことがあるから、ここは補佐官のリーゼさんの知見を聞いてみよう。
「何かしら。」
「養護院の子どもたちは学校とかは行けているのでしょうか。」
「もちろんよ、この世界の養護院では引き取り手のない子たちを16歳の誕生日まで置いて、教育と食事をしっかり与えるようにしているの。10代前半からは、外でお手伝いをしてもらいながら本人の能力の適性を見たりしつつお金を稼ぐことも勉強してもらってるわ。まあ無茶な働かせ方はしないようにチェックもしているのよ。」
「へえ、そうですか……この世界のそういうところは俺のいた世界より進んでいるような気がしますね。」
「冒険者稼業は危険も大きいからね。子供のために探索だ何だやっている時に不明になったりするからそういう意味でもね。」
リーゼさんのいう通り、この世界は別の意味でやはり油断のできない世界だ。俺もメムも明日は我が身となるかもしれない。
「養護院の子供たちはそのお手伝い先は子供自身で探すのですか。」
「子供たちで探したりする以外だと、雇い主でスカウト、募集に応募する子を選ぶ、ということもあるわね。」
ふむふむ、なるほどなあ。これなら……。
「え、ダンは養護院経営に関心でも出てきたとか、それとも別の理由かしら。」
メムが聞いてくるのを無視する。
「まあ、養護院の経営を手助けしてくれるのは問題ないから、人身売買は大犯罪だけど。」
「リーゼさんも、メムも俺が人身売買するような怪しい者に見えるのですか?。」
「ダンは意外と食えないからねえ。」
とメム。
「まあ、17歳でも大犯罪者にはなれるからねえ。」
とリーゼさん。
「ひでぇ、そんな風に見ているとは……。」
俺は頭をかかえる。
そこへ私室のドアをノックする音がして、
「補佐官殿、間も無く会議が始まります。準備の方をよろしくお願いします。」
と声がかかる。
「あら、もうそんな時間なのね。」
ということで雑談を終えて、俺とメムはゲストルームに戻っていく。
「まさか、人身売買を始める気。」
「そんなわけないでしょう、本気でそう思っているとしたら大概ですよ。メム様。」
ゲストルームに戻ってきたら開口一番、メムが恐ろしいことを言い出すので被せ気味に全面否定しておく。
「そもそも、需要と供給がどうなのかもわからないですし、販売ルートを作らないまま売買なんてできないですよ。こんなアングラな商売はいろいろあり過ぎて大変なはずなのですから。」
俺がそう続けると、
「へえ、そんなことが言えるとは、まさか、ダン、前世でそんなことを。」
「やってません!。今話したのはあくまで商売に参入する際の基本的な話をしたまでですから。何だかメム様、俺を大犯罪者にしようとしてませんか。」
メムのコメントに振り回される。
「いやいや、ダンが養護院に関心を持つなんて何かあるのなあとは思ったのよ。子どもをだまくらかして人身売買を始めるわけじゃ。」
「いい加減そこから離れてください。これから図書館で書き写したことを整理しておきましょう。メム様、ご協力を。」
俺はそう言って、今日図書館でランダムダンジョンについて書き写した紙を出して、整理を始める。これもきっちり整理しておかないとな。
「まあいいけど、養護院を使って何か企んでいるのじゃないの?。」
メムがしつこく聞いてくる。
「結構しつこく聞いてきますね。ふー、いや、前に組合本部長がよく抜け出して職員の残業も増加気味でという話と抜け出しを抑える案を相談されたじゃないですか。」
「ああ、もしかしてそれに養護院を使おうとかいうことなの。」
「まあ街に戻ってから進めてみることになるかもしれませんが、詳細は後で話しますよ。」
俺がそう言うと、メムがもう少し教えて欲しいのか首を少し傾げながらも、養護院に関する話を止めたのだった。
そして俺とメムは図書館で得た情報の整理にかかることに専念する。
「ねえ、これだけの情報だと不足なのじゃないの。ダン。」
「うーん、いや、この部分はもう一度ご両親の資料を確認しましょう。」
などと会話しながら情報の整理を進めているうちに、ウインドウショッピングを終えた3姉妹も戻ってきたようだ。
ドアがノックされて、開けると3姉妹が揃い踏み。そのまま3姉妹も加わり情報の整理を続けることになる。
夕食前までその作業をしながら、
「やっぱりこのパーティの今後の課題を見るためにも一度依頼を受けてみますか。」
とヘルバティア。
「そうですね。実際にいろいろ戦闘とかしてみないとわからないことも多いでしょうし。」
と俺。
結論は、依頼を受けないと、ということになる。まあランダムダンジョンの情報もいいが、このパーティでまだ害獣討伐の依頼をこなしていないというのが一つ。
補佐官の捜索、救出、護衛の依頼はある意味大師匠のディマックさんが助っ人として、組合本部長の素顔を隠しながら加わったため、このパーティのみで完了した依頼じゃないからな。
今後の課題は、依頼を受けながら個人個人の今の実力を分析して、コンビネーションを高めることと、魔術の研究と課題の発見になるか……。
情報の整理と結論が出たところで、夕食となり、リーゼさんと一緒にとることになる。
夕食時の話題は意外なことにファッションの話が中心となるが、俺にはよくわからなかった。女性陣は皆ファッションのことになると夢中になるものなのだろうか。よくわからない用語が出てきて戸惑うばかりな状態で夕食を終えることになった。
夕食が終わり、
「お世話になりました。明日朝には出立します。」
ヘルバティアがパーティを代表してリーゼさんにそう挨拶する。翌朝からリーゼさんも多忙な予定に追い立てられるそうだ。
「いいえ、早急に説明に来てくれてありがとうね。あとダンちゃんの言っていた組合本部の件については、こちらからでも書簡を送っておくわ。」
そう言ってくれた。
ゲストルームに戻り入浴を済ませると、メムが
「ねえ、これから私が会話できることは全員に知らせられるのかしら。」
と聞いてくる。
「うーん、説明することが多過ぎますからねえ、今回も結局こんな大作業で説明することになりましたから……。」
「じゃあ、従前どおり、会話するのは3姉妹と、大師匠、補佐官の5人ね。普段、他人の目につくところではダンと念話術でやり取りするのね。」
「ええ、それでお願いします。間違っても食い物で釣られて発言してしまうことのないように。」
「……わかっているわ。私の決意は揺るがないから。」
本当にそうなるだろうか。ものすごく不安である。
翌朝には、宰相用の連絡用のドラキャに乗ってイチノシティの街に戻ることになる。これもかなりの速度でイチノシティの街に向かい、夕刻前には組合本部前に到着する。
移動中のドラキャの中で、ヘルバティアが依頼完了の追加料金150万クレジットをパーティの活動資金にすることを了解してくれたので、俺とメムは貨幣商へ行ってヘルバティアの口座にその150万クレジットを預ける手続きをして、組合本部で用事を済ませることにする。
幸いというか不幸というかわからないが、組合本部長は不在であった。まあ休暇中とかである。しかし、なるほど職員には疲労感が出てきている。そんな状態の組合本部の受付に商業ギルド長との面会を申し出てみると、あっさり面会できたのだった。