185弾 宰相補佐官を納得させよう
やはりあの消息不明と、救出と、視察しながらの襲撃者との戦闘と、盛りだくさんのイベントがあった後のためか、かなりリーゼさんは多忙であった。でも、
「夕食をとりながら、ダンちゃん、メムちゃんの説明を聞きましょう。大丈夫よ、メムちゃんのことについては誰にも話さないし、この家の者にはそのことは決して喋らないように躾はしているから。」
そう言って、メムが会話のできる件について夕食をとりながらでの長い説明になる。
「では、最初に俺とメムのことで説明をしますが、補佐官、俺とこのメムはこの世界で生まれたのではなく、訳あって飛ばされてきた者なのです。」
「ふーん、異世界人たちということね。まあ手紙からあらましは分かったのだけど、じゃあこのグランドキャットのメムちゃんは一体何なのかしら。女神と書いてあったけれど。」
「女神は、私のいた世界ではこのダンのように死んで神の世界に来たものを新たに生まれ変わらせる役を担うものです。ただ、その生まれ変わらせる際に何故か事故が発生しまして、この世界に飛ばされたのです。」
とこう説明を始めて、ここまでの事情を説明する。
最初にカーメリアの森あたりで気がついて、ウロウロしてるうちにメムと出会い、拾ったものを持って近くのイチノシティの街にたどり着いたこと、冒険者として組合本部で依頼をこなしていくうちにランクが上がってこのチャティーア家で下宿を始めることになったことを食事しながら話していく。
食事が終わり片付けが済んだ後、今度はテーブルの上に5枚の絵を並べて、3姉妹と共に絵の説明をしながら俺とメムのいた世界に彼女たちの両親が一時的に転移した話をする。
そして俺とメムが異世界からきたものであることを説明し終える。
食後に入れたお茶は冷めてしまっていた。
「すごい話ね。まあ、この話をいきなり聞いても信じる人は少ないでしょうね。手紙で話はあの教え子に教えてもらったとはいえ、実際に聞くとね……。」
そう言ってリーゼさんは一旦言葉を切る。
「ダンちゃん、メムちゃんは元の世界に戻りたいのね。」
「「はい。」」
俺とメムは異口同音にそう返事する。
「分かったわ。協力しましょう。でも表立ってはできないかもしれないわ。この異世界から来た話を民が信じ切れるかどうかもあるしね。」
「もちろんです。こちらも未知の部分が多いので、何をどう協力をお願いするのかもわからないですから。」
俺はそう答える。
「でも元の世界に戻る手がかりは、ご両親の一時的に転移したことから探っていくしかないのよね……。」
「ええ、それと、……あとは世界各地を回ってみるしかないかと。」
「この世界に来た原因も不明なのよねえ、私がこんな格好になった原因も含めて……。」
メムがそうボヤいてみせる。
「うーん、ダンちゃん、メムちゃん。ところで、もしこの世界に、この国にあなたたちのいた世界の知識とか技術を導入するとしたら協力できるかしら。知恵を貸してくれたりはできるのかしら。」
リーゼさんが宰相補佐官の顔を出してそう問うてきた。
「それは、……正直難しいと思います。」
俺がそう答えると、メムと3姉妹が互いに顔を見合わせる。
「それは、どうしてかしら。」
リーゼさんは冷徹な表情に変わりながら俺が婉曲的に断る理由を尋ねてくる。
「長い回答になります。まず、一つ目として、この世界と俺とメムのいた世界には大きな違いがあること、その違いも把握しないまま、この世界に、この国へ俺たちが前いた世界の技術や知識を拙速に導入することになりかねないからです。もし導入するとしても慎重な検討は必要になるかもしれません。そうでもしないと将来に禍根を残すことになりかねないのです。」
「そう言われるとそうね。もっともだわ。一つ目と言ったからにはあといくつか理由があるのでしょうね。」
「はい、二つ目は俺とメムが元の世界に戻ることを優先したいと考えているからです。そのために前にいた世界の知識や経験は優先的に使いたいです。もちろん戻るのにどんな犠牲も払わないといけないかもしれないでしょうが、そのう、………あまりこの世界に迷惑かけたくないという意思もあるからです。どんな犠牲を払うということと、この世界に迷惑をかけたくないという、ある意味相反する想いで進んでいくために、前にいた世界の知識や経験を優先的に使いたいのです。」
「ふむふむ、それはそうね。世界を破壊しながらだと困るしね。」
冷徹だったリーゼさんの表情が少し和らぐ。
「まあ、破壊神とか言われるのはこっちもお断りですし、なるべく平和裡に元の世界に戻りたいのですが、……最後になります。強力な独裁者を産みかねない知識もあるからです。」
「私がそういう独裁者になるかもしれないと……、あなたたちの知識や技術でそうなると?。」
俺は一呼吸して答える。
「地位が人を作ると言います。地位が人を変えるとも言います。そして俺は、知識や技術を使って人民を支配して理由をつけて世界征服のための戦争を起こしたり、権力維持のために無実の民を牢に入れて殺したりしたことを前いた世界で学んでいます。あなたが今、宰相補佐官として民のために私心なく内政に勤しんでおられるのは俺も十分感じています。しかし、この世界の権力と俺たちの知る知識や技術が融合して圧倒的な力を持つようになれば、世界が激変して補佐官が一気に独裁者になりうるかもしれない、という可能性もゼロではないのです。」
「私が変わってしまうかもしれないというのかしら。」
冷徹に強張った表情でリーゼさんが尋ねる。
「はい、先のことは誰にも分かりませんから。死後にこの世界に来た俺の例もありますので。このようなことは俺も全く予想すらしてませんでした。」
俺がそう言うと、冷徹に強張っていた表情のリーゼさんが
「プッ、クスクスクス、はっきり言ってくれるわね。じゃあもし、私がそうなってしまえばあなたたちはどうするつもり。」
「民のための政治をするように説得します。それでも独裁者の道を歩み、民を害するようになるのなら、俺たちだけになってもあなたを叩きのめすでしょう。」
淡々と言ってみる。
「当然、それは私も同様ね。でもダンは無鉄砲がすぎるわ。そこまで為政者に言うものでもないような気もするけど。」
メムが俺の話に同意はするが、たしなめてくる。
「この補佐官もそこまで何もかも私とダンのいた世界の知識、技術を求めるとも思えないから。あくまでアドバイスが欲しいのじゃなくて。」
「……ダンちゃん、メムちゃん、やっぱり私を手伝って欲しいわ。……でもまあ、元の世界に戻ることもあるからねえ……。」
メムがそう言ってくるとリーゼさんがそう呟いてガックリとする。
「できる限りで、かつ気が向いたらでいいですか。」
俺がそう尋ねる。
「いいわよ。それなら問題ないわ。じゃあ、この話はここまでにしましょう。私もこの2人が異世界人だということに確信が持てたからね。それとこの話は世間には広められないからそのつもりでいてね。」
ガックリしていたリーゼさんがパアッと火がついたように表情を明るくして顔を上げる。
3姉妹が少しホッとした表情で互いに顔を見合わせる。
「では、我々はこれで。」
「そうね、遅くまで引き留めてしまったわね、明日はゆっくり王都を見学でもして頂戴。」
リーゼさんがそう言って夕食と説明はお開きになる。
前回来た時のゲストルームに泊めてもらうことになり、そのゲストルームで入浴を済ますと、3姉妹のいる部屋に向かいドアをノックする。
「はい、あら、どうしたのですか。ニシキさん。」
ドアを開けたヘルバティアが聞いてくる。
「二件言い忘れたことがありまして……。」
「何かしら。」
「一件目は、追加料金の支払いがありまして。イハートヨの件での直轄依頼で……。それで、その追加料金をパーティの活動資金にしたいのですがよろしいでしょうか。」
「いくらなのかしら。」
「150万クレジットです。」
「ああ、そう。………ええ、150万クレジット!!。」
遅れ気味に驚きの反応を示した。
「よろしいでしょうか、リーダー。」
「ち、ちょっと、考えさせて……。返事は後日ね。でもう一件は。」
「明日、俺とメムで王都の中央図書館に言って調べものをします。」
「分かったわ。私たちもついていくわ。」
「……そうですか。いいのですか?。」
「いいも何も、調べるには人手があったほうがいいでしょう。私たちの両親の転移に関係してのことでしょう、あなたが調べようとしているのは。」
「その通りです。わかりました。では明日ついてきてください。」
俺はそう言ってリーダーに頭を下げて一礼して自分のゲストルームに戻る。