180弾 大師匠を納得させよう
昼食まで庭の草むしりをした後は、昼食をとり茶店の方で最低限のテーブルと椅子を出すことになる。
「ニシキさん、玄関の方を掃いておいてください。」
ミアンにそう言われてほうきを持って玄関へ行き玄関周りをサッサと掃いておく。
(ああ、組合本部長兼大師匠のお出ましね。)
メムに念話術でそう言われて顔を上げると、若い黒髪の男が俺を見ていきなり右足で蹴りを入れてくる。とっさに、ほうきを掲げて蹴りをガードする。
(もしかして、この蹴りをかましてきたのが大師匠?。)
(そうね、がんばって。)
「いや、そんな、何シレッと観戦モードになってるのですか、メム様。」
思わず声を出してメムをとがめるが、その隙に今度はまた何か攻撃しようと体勢をとり出す大師匠、それを見て俺はほうきを手放し、相手に投げつけて
「集中。」
と呟き戦闘モードに。
まさか大師匠とストリートファイトするとは……。まあ手加減なしで思いっきりやってやるか。
そこへ大師匠は奇妙なステップを踏んでいたが、急に前方に飛び込み倒立をして両足を俺に浴びせるように蹴り込んでくる。
こうなったら、前に詰める。動きがスローに見えるとはいえ、奇襲を喰らったのだからそれしかできなさそうである。
前に詰めるとさらに予想外にも大師匠は両足を俺の首に絡めてくる。
しまった、締め技か。こうなったら……、右足を両腕で掴むと足を一本背負い投げのように投げ飛ばすが、敢えて投げ飛ばされようとしたのか、そのまま俺の投げを利用して前に飛んで前周り受け身をとって起き上がり俺に相対する。しばしにらみあうが、
「ちょ、ちょっと失礼。」
そう言い出して道端に駆け寄り、オロロロロロ……。
「いやー最後に吐いてスッキリだな。これでやっと二日酔いから抜け出したようなものだな。」
「もう勘弁してください。」
このストリートファイトは、大師匠の方からの中断で終わることになる。まさか、いきなりゲロを吐くなんてなあ。大師匠から攻撃を仕掛けておいて、自分から勝手に中断なんて一体なんだったのだろうか。
玄関のドアを開けてとりあえず洗面所に大師匠を連れて行く。
「ああ、ありがとう。」
そう言って大師匠は口をゆすぎ、顔を洗う。
「本当にこれが組合本部長と知ったらヘルバティアたちはどんな顔をするやら。」
俺がそう言ってみると、
「あたいは立派な師匠だからな。そうなった所で痛くも痒くもない。」
そう言って胸をはる。
「じゃあ、今度から両ギルド長にお話しておきます。」
「それはやめてくれ。」
態度を急変させて両手を合わせて懇願する。おい、本当に大師匠と呼びたくないなあ。
「ところで、あのグランドキャットは、メムちゃんはどうしたのかな。」
「茶店の方にあなたが来たことを知らせに行きました。」
「ああ、そうか。ふー、よし行こうか。」
「はい、ではこちらに。」
そう言って俺と一緒に茶店の方に入る。
「師匠、お疲れ様です。」
ヘルバティアがそう言って一礼する。
「ああ、いいってことよ。で、昨日話していたのはこの絵のことかい。」
そう言いながらテーブルに並んだ5枚の絵を見つめる。
「……ふーむ、これがお前たちの両親が描いたという5枚の絵か。……なるほど、………さっぱり訳がわからん絵だな。この5枚の絵に描かれたものがそこの孫弟子のいた異世界のものだというのか。」
「ええ、多分初見では何が描いてあるかはわからないでしょうが。」
「ふーん、じゃあ孫弟子よ。この5枚の絵についてそれぞれ説明してくれるかね。」
大師匠にそう言われて、俺は待ってましたとばかりに絵についての説明を開始する。
「なるほどね。これらの絵について描かれたものが何なのか、本当によくわかった。確かに異世界からの者だといえよう。それに説明もお疲れ様だった。」
必死の説明に、大師匠兼組合本部長も納得はしてくれたようだった。
それらの絵に描かれていた乗用車とバイク、電車、貨物船、航空機、とあるビルの絵について説明をしたからなあ。
大師匠への説明を聞いていたヘルバティアとミアンとミヤンは各々怪訝な顔をしていたが、
「私たちも説明を聞いていて納得はできるのですが、父と母がニシキさんのいた異世界で生き延びることができたのは何故なのでしょうかね。冒険日誌を読んだ限りは危害にあった記載はなくこの場にいた人に助けられていたみたいなことは書かれていますが。」
とヘルバティアが質問する。
「このビルについても何かもう少し知っておられるのでは。」
とミアンも質問する。
「この際、ニシキさんと両親がいたこの異世界についても教えてくれれば。」
ミヤンさんの言うことは相当に時間と俺たちの知識を総動員する話になりそうだ。
「よし、この際だ。夕食はあたいがおごってやるから、時間をかけて孫弟子の話を聞こうじゃないか。」
この人は組合本部長の仕事サボる気じゃないのか……。
「まあ俺のいた前の世界の概要といいますか、ざっとここの世界との違いを説明しますと、まず魔術の概念がない。というか文学作品とかに書かれた、いわば空想の産物となっています。それに大体の一般的な人々は困った人を助けるようないい人が多くて。」
「それはニシキさんを見ればわかります。」
とミアンが少し照れながら言う。
「まあ、俺のことはさておき、もう一つは丁度ご両親が転移しているタイミングと場所が良かったのじゃないかと。」
「タイミングと場所というと。」
ミヤンが絵と俺を交互に見ながら言う。
「まず、この絵に描かれたビルには名称がありまして、『東京ビッグサイト』と呼ばれています。描かれた部分は会議棟の部分なのでしょう。そしてそこで行われたイベントが確か『コミケ』といわれるイベント、最大級のお祭りみたいなものです。」
「……今の話を聞いて、さらに疑問があるのだが、その、とーきょーびっぐさいと、というのは何をする、びるなのだ。あともう一つ、その、こみけ、という、お祭りはどんな祭りなのだ。」
大師匠が聞きなれない言葉に苦戦しながら、俺が質問してくるだろうと想定していたことを聞いてくる。
「まず、東京ビッグサイト、というのは、この世界トゥーアールの感覚に合わせて説明すると、とっても大きい市場になりますかね。ほぼ毎日いろんなものを展示して販売したりする市場になりますね。」
うーん、説明が難しい。俺の知識だと、見本市の概念とかを説明し出すと収拾がつかなくなりそうだしなあ。
「ふーん、どのくらいの人数が入れるのだい。」
大師匠が組合本部長の顔を出して聞いてくる。
「そのコミケがこの東京ビッグサイトで行われた時は、2日間でヒューマーが30万以上が来場したとも聞いていますが。」
「3、30万が来てただと……。この街のヒューマー数より桁が違う数だな。一体どんな祭りなんだ。」
大師匠は怯えを見せる。
「うーん、なんというか……多くの画集や文集が売られたり……も、彫像が売られたり、自主的に作った芸術作品を持ち寄って売り出すお祭りです。」
残念ながら俺は行ったことがないから、こういう説明でいいのかどうかかなり迷いながらの説明である。
「ニシキさんはこのお祭りには。」
ミアンが問う。
「参加したことはなかったです。話は聞いていたのですが。」
「じゃあ、そこに転移した父と母はどうしてこの祭に参加できたのでしょうか。」
「これは推測なのですが、このお祭りに参加するものの中には、コスプレ、いや仮装して参加する者たちもいてそういう方々に紛れてしまった可能性もあります。もしかすると、そういうことでご両親に協力してくれたり助けてくれた人がいたのかも知れません。」
これについては俺が3姉妹の両親の転移の場にいなかったためそう言わざるを得ない。