179弾 依頼完了で安心しよう
「なんだ、直弟子まで来たのかー。」
「はいはい、大師匠、もう寝ましょうね。」
俺はこのグタグタになった大師匠をあやしながらミアンとミヤンと一緒に大師匠を担いで運んでいく。
「部屋はこっちね。」
メムがそう言いながら大師匠の部屋へ誘導してくれるので、大師匠の寝室に運び込む。
ヘルバティアが水差しとコップを持ってくる。
ミアンとミヤンがベットに大師匠を座らせる。
「師匠、水を飲んでください。」
「おう、おう、孫弟子よ、ニシキ君よ、てめえは何をしてるんだってーの。グビグビ。」
支離滅裂感のある発言をしながらヘルバティアによりコップに入れられた水を一息に呑む。
「師匠、大丈夫ですか。」
「大ジョーブだよ。でなきゃここに座っていない。」
「大師匠、大人しく寝ましょうね。」
「おい、この、孫弟子よ。なぜ部屋に来ちゃったこのミアンを帰したんだよー。部屋に連れ込んでやっちまえばいいじゃんかよー。」
これはヤバい。俺たちの不安に関わらず、この大師匠はベロベロになりながら、さらに、
「こっそり廊下を覗いたらあんだ、あの帰し方は、おかしーだろうー。」
「はいはい、わかりました。後日復習しておきますので。」
「よーし、しっかり予習復習しとけよー。」
こういう場合は適当に何か上手く言えればいいし、それでうまく絡んでくれたらまあマシである。どうせ酔って支離滅裂な発言になっているから。しかしこの大師匠、とんでもなく出歯亀に近いことやってるしなあ……ミアンが部屋の前に来た時に感じた視線はこの方だったか。
「しかしよーう、お前は真面目か、ドアに聞き耳立ててたけど、本ー当ーにつまらない会話しやがって。よーし、……寝るか。」
聞き耳まで立ててたことを自分で言っちゃってる。
「ね、だから部屋を分けて欲しいと言ったのです。」
俺はメムにそう言ってため息をつく。すると、
「ごもっともです。」
「その通りです。」
「何も言えません。」
「悪酔いには気をつけます。」
メム、ヘルバティア、ミアン、ミヤンが次々に同意を示したのだった。
ということで、そのまま大師匠はベットに寝かせて、3姉妹と一緒に自分の割り当てられた部屋に戻る。
「本当に大変ですからね、酔客の対応って……。」
俺がそう呟くのを聞いてか皆は妙におとなしかった。
「まあ、その……お疲れ様。ダン。もしかして私が前にレノシードを飲んだ時がこんな酔い方だったということかしらね。」
多少誤解と勘違いをしているようだが、今後のためにもこれを否定はしない。
「まあ人のふり見て我がふり直せ、ということわざもありますので。これからは、飲むときはほどほどに、適量で、ですからそれを守ればいいと思います。」
「まあ、あんな醜態を示さないようにしないといけないわね。」
「じゃあ、ひとつ落ち着いた所で一寝入りしますか。明日は組合本部に行って依頼完了の手続きとか支払いとかがありますから。」
「そうね、じゃあおやすみなさい。」
翌朝、大師匠はいわゆる二日酔いの状態になっていた。
朝飯のパオニスとスープに手をつけずに、
「ああ、ちょっと飲みすぎた。うう、頭がガンガンする。……気持ち悪りぃ。」
とぐったりした状態になっている。
「ああ、でも行かなきゃな……。おお、お前たちは後から来ればいい。あたいは……先に行ってるからな。そうそう、1時間後にドラキャが来るようにしてるから、それに乗れ。」
そう言って、そのままフラフラとこの別宅を出ていきドラキャに乗って組合本部に先に向かったようであった。ドラキャの操縦は二日酔いでやってもいいのか、と俺は心の中でツッコミを入れる。
朝食をとり終えて、身支度をして準備していると、大師匠の言った通りにドラキャが組合本部からやって来て俺たちはそれに乗る。そのまま組合本部に向かい、組合本部長の部屋に入ると、そこには冒険者ギルド長と商業ギルド長の2人がいた。
「あの、組合本部長はどうかなさったのですか。」
ヘルバティアが怪訝そうに聞く。
「ちょっと体調が悪くなってね、別室で伏せっているのだ。」
冒険者ギルド長のロジャー・ヤングさんが申し訳なさそうに言ってくる。
ははぁん、さては二日酔いがひどくて仕事サボっているな。
「伝言も受けているから後で伝えるよ。すまないね。」
商業ギルド長のブーファロ・ドーラゴさんも申し訳なさそうに言ってくる。
「で、今回の特別直轄依頼の方は依頼完了の手続きは終わってこちらでも確認している。何しろ宰相府からの公文書だから、何も文句はつけようがないしな。」
と冒険者ギルド長。
「依頼は完了したので代金を計200万クレジット支払うことになる。ただ持ち歩くには大金すぎるので、この貨幣商の預かり証を受け取ってくれたまえ。それとボーナスについては宰相府から金額を出すという話なのだが、いきなり大きい支払い額を言ってきたのでちょっと調整中だ。」
と商業ギルド長。
そういえば貨幣商の話が出たが、俺はまだ使ったことがなかったな。何せカバンに収められるがままに入れていたからな……。やはり目立たないようにするためにも貨幣商、前世の日本での銀行みたいなものであるが、口座を作るか。
「ところで、組合本部長からの伝言とは。」
ヘルバティアが尋ねると、商業ギルド長が
「このように伝言を頼まれました。『体調不良につき華束舞踏の初依頼完了を祝えなくて申し訳ない。また後日、ランクアップのこととかも含めて話をしたい。』ということです。」
しおらしいことは言ってるが、要は二日酔いでサボったのじゃないのかとツッコミを入れたかったが、両ギルドのトップがどうやら組合本部長に振り回されてるようにも感じられたので、それは控えることにした。
「体調が良くなることを祈念いたします。そうお伝えください。」
丁寧なヘルバティアの伝言に対しての返事がまた素晴らしいのだが、組合本部長が師匠のディマックであることを知ったらどんなリアクションをするのやら……。
メムも隣で呆れ気味のため息をつく。
「ご丁寧な返答ありがとうございます。申し訳ありません。組合本部長がここに出て来れなくて。」
「本当にすまない。この埋め合わせは何かで考えておくから。」
商業ギルド長と冒険者ギルド長がそう言って俺たちに頭を下げる。
「いえ、お気遣い恐縮です。」
とヘルバティアが頭を下げながら言う。
「両ギルドの長もなかなか大変な仕事量かと推察いたします。また組合本部長とのお仕事も苦労など多そうにも見受けられます。2人とも体調にも気をつけていただいてこの街のためによろしくお願いします。」
俺がヘルバティアの後に続いてそう言って頭を下げると、
「「こちらこそ、お気遣い恐縮です。」」
2人ハモって言いながら両ギルドの長がより深々と勢いよく頭を下げた。
「とりあえず依頼は完了ね。」
組合本部を出てから、ヘルバティアがそう言って両手を打ち合わせる。
「では久方ぶりの我が家へ帰りますか。」
「後で師匠も来る話だしね。」
ミアンとミヤンがそう言って帰宅にかかる。
「俺たちも自部屋に戻りますか、メム様。」
そう言って久方ぶりに下宿先の3姉妹の家に戻ったのだった。
「まあ、ざっとでいいわよ。ニシキさん。」
「そんな細かくはしなくていいでしょうから。」
家に戻り荷物を置いて、帰宅後まずは庭のお掃除をすることになる。
「しばらく放っておくと、雑草も生えてきて大変ですね。」
俺は草むしりをしながらミヤンと雑談する。
「じゃあ、これはあっちに集積させるのね。」
メムもソリを引きながら抜いた雑草の運搬を手伝ってくれる。
「この後昼食後に師匠も来られるので、無理して一気に草むしりしなくても大丈夫ですからね。」
ヘルバティアが俺とメムにそう声をかける。
「帰ってすぐに草むしりなんてね。」
「いいじゃないですか、メム様。下宿人の立場ではあまりそう非協力的にはできないでしょうから。」
殺伐とした直轄依頼を終えての平和なひとときである。