178弾 この酔っ払いをどうしよう
また俺が深くため息をつくと同時に、部屋のドアが控えめにノックされる。
ドアを開けると、ミアンがそこに体をちょこん縮めたような感じで立って、
「あのー、…なぜ一緒の部屋を断られたのか…、教えてくれませんか。私たち3姉妹と一緒に寝るのが嫌な理由とか。」
えー、ちょっと待て。というか、廊下の奥から視線を感じるのだが……。
「理由ですか、……あなた方を嫌っている訳じゃありません。言いにくいのですが、前にスカバツの一種のレノシードでしたっけ、あれ飲んでまた絡まれるのがもう懲り懲りで……。そういうことなのですが。」
「あ、ああ。そうですね、ははは、……そうですか。……わかりました。失礼しました。」
俺がそう言うとあっさり自分たちの当てられた部屋に引き上げる。
「えー、その答えじゃあ一種の禁酒令みたいなものね……。」
メムが俺を恨めしそうに見ながらそう言い出すが、
「ええ、メム様もそういうことに十分気をつけてください。かーなーり迷惑したのですから。」
「……そう怖い顔をされて言われると、………面目ありません、申し訳ございませんでした。」
俺がそう言うと、メムもあっさりと掌を返して神妙な表情で詫びを入れてくる。
酒、この世界ではスカバツというのだが、本当に飲み方には気をつけて欲しいものだが……。ほろ酔い程度ならまだいいけど、悪酔いして絡むまで呑むとなあ……。
「まあ、俺も飲むなとは言わないのですが、アホみたいに調子に乗って飲みまくり失態をさらす悪い例を前世でいろいろ見てきましたので。」
「かなりトラウマなのね、酒に、いやスカバツに関して。」
「ええ………。」
落語の禁酒番屋やかつてのアメリカで施行されていた禁酒法じゃないが、酒が絡むと碌なことにならないことの方が多いのも事実だったから酒がこわいのである。
「まあ、スカバツの件は彼女たちも懲りていると思うけど、本音はもう一つあるでしょう。今日彼女たちが使った魔法の発動について考えるつもりだったのね。」
メムが意外に鋭いのはこういう所なのかもしれない。
「正直あんな威力の魔法を発動するなんて、しかもコンビネーションでですからね。」
メムと一緒に考えながら意見を交わし合う。
「そうね、ダンならあの魔法を模写したりできそうなの?。」
「試してみたい気はしますが、どういう漢字で書いて魔弾にするかでしょうね。ただ、以前にあのアンチージョの使っていた魔法はまあごく一部をコピーしたようなもので、研究したけど、上手くは発動しなかったのですから。やっぱり異世界人は魔法の発動とかの構造が違うのでしょうかね。まあその違いがわかるだけでもいいのですが……。」
そう言いながら、カバンからメモ書きの束を引っ張り出して、以前に魔術協会で研修を受けた際の話を確認する。
◯魔術とは『魔法』と『魔道具』の総称、それらを使って『魔素体』に働きかけて、事象を発動させることをいう。
◯魔素体に働きかけるために、ヒューマーの側で様々な図式を作っている。これを魔法式や魔法陣という。
◯魔法は、個人が、式や陣を詠唱し、杖を使い、事象を起こすもの
この部分を抜粋して別の紙に書き写す。
「ああ、私がよく寝てた時の話ね。どうしてこの部分を抜き出して書き写したの?。」
メムが不思議そうに聞く。
「まあ、これが俺の魔法に関する知識の原点かなあ、と思いまして。こういうのは基本に戻って考えてみるのもいいのかなと。」
俺がそう答えると、
「やっぱり勉強不足だと感じているのね。だから、いろいろ考えてみようということね。」
メムがうなずきながらそう言ってくる。
「前世で魔術や魔法なんて使ったこともないわけですから。ましてやこの異世界、魔術の研究は個人個人で行うようなもの。研究したものをそうそう外には出さないし、門外不出なところが多い。そういう意味では好き勝手勉強してもまあなんとかなるかもしれないですが、標となるものが見つけにくいなとは思いますよ。書物も基本的なことがほとんどで、応用的なものや高度なものはなかなかヒントのかけらも見つけにくい。」
「ふーん、で、ダンはあの3姉妹の使った魔法についてどう思っているの。」
「発動には時間がかかる、というのが一つ。あと、彼女たちのかつてやっていた潜入や隠密に情報収集することには全く向いていない、というところでしょうかね。」
「それは同感ね。でもやっぱり、この世界の者たちと同様に魔法を発動させるというのは、あなたに向いていないのじゃないかしら。ニシキ・ダンのオリジナリティが強すぎるのじゃない。だから前、初めて魔弾を発動させた時、あなたが異世界人と認識された上であの漢字記載による魔法式が『魔素体』に働きかけられて、あの各種の魔弾が魔法として発動できた。」
俺は大きくうなずく。この元女神も俺と同じ考えのようである。
「まあ、あの時はこの世界の魔術書に書かれていた魔法式や魔法陣を丸移してみたりしましたが、全く効果がない様で発動も何も起こらずでしたから、やけっぱちで漢字を記載してみたらというところもあります。怪我の功名というのかなんというのか。」
「うーん、前の地球の世界からこの世界トゥーアールに転移する際にダンはそういうふうに変換されたのかしらね。」
「メム様はこのグランドキャットの状態になった。俺は若返った。というか地球で新たに生まれ変わる予定でそうされる直前だった。転移される際にいろいろ変換された、ということだとすると一つ大きな疑問が出てきますね。」
「あの3姉妹のご両親、一時的とはいえ、私たちの世界に転移して戻れたのに、どうして何も変化なかったのか、問題とかの発生がなかったのか、よね。」
「さすがです、メム様。そうなのです。資料を読んでみても、ご両親に体や魔術に大きな変化の起きたような記載は全く見当たらなかったのですから。」
俺はメモを書きながら会話する。
「じゃあ、あの3姉妹にはキツイかもしれないけどご両親の行ったダンジョンとかを探したりして見直すしかないのかもしれないわね。」
「ええ、『ランダムダンジョン』の話も一度チラリと組合本部で出てきたのでそれについても調べておきたいですね。多分ご両親も行ったことがあるかもしれませんし。」
「イハートヨが破っていったページに未練を持たないでね。」
「ご忠告、肝に銘じておきます。メム様。」
俺がそう言うとメムが、
「妙にしおらしいわね。なんか見慣れないわ。」
クスクス笑いながら言う。
「ええ、真面目な話をしているものですから。しかし、今後どこまで補佐官に説明するかですね。異世界の者として。」
少し笑いをこらえながらもったいぶってそう言ったところで、ドア外でドサリと音がする。
急ぎさっとドアを開けると、………大師匠が酔いつぶれているようであった。
「もしもし、大師匠。どうしたのですか、このような所で横になると風邪をひきますよ。」
「おお、おおお。孫弟子よ、な、なんだ、つまらない話を部屋でするな。」
大師匠は瓶を右手側から手放してヘベレケな感じである。
というか、もしかして飲みながら俺とメムのいる部屋の前で聞き耳を立てていたのか……。
「はいはい、大師匠、部屋に戻って寝ましょうね。」
こういう酔っぱらいはさっさと部屋の寝床かベットに叩き込むのがベストである。
「あー、孫弟子だー。酔ってない、酔ってないぞー。お前に言うておきたいことがあるー。」
「メム様、別部屋の3姉妹も呼んでください。」
メムもタチの悪い酔っ払いと判断したのかさっさと部屋の前に行き、3姉妹を呼び出す。