168弾 その説教は当然だろう
「いや、見事な操縦でした。」
「お疲れ様でした。」
マリーゼさんとディマックさんがそう言いながらドラキャから降りてくる。俺は走ったホードラに餌の塊、角餌を与えて宿に入る。まるで角砂糖を大きくしたような大人の握り拳大くらいの大きさで、これを与えることでホードラの走るエネルギーになる。ガソリンを立方体に固めたようなものか。
宿に入るとディマックさんから部屋割を言い渡される。
マリーゼさんとディマックさんが同室になり、その部屋を挟んで一方の部屋が3姉妹、もう一方の部屋が俺とメムという分け方になった。
その後は一緒に食堂で夕食をとり、明日の予定の話をする。
「お忍びで視察をするから。教え子と私で市場と港湾をしっかり見て価格の状況や庶民の生活状況をを聞いて見て観察して回るから、こっそりと見張ってね。」
「じゃあ、一方から私たち姉妹が、もう一方からティグレスさんとミューちゃんが見張るような感じでよろしいですか。師匠。」
「そうだな、進行方向の先を3姉妹で、あたいらの後方をティグレス君らで見張っておいてくれ。」
「わかりました、師匠。」
ディマックさんとヘイルさんが大まかに護衛のやり方を決めてくれる。
「あとは、教え子のあなたが短気を起こさないことね。ちょっとしたことでキレちゃダメよ。」
マリーゼさんの一言に俺とメムとディマックが体をピクリと震わせる。
まあ、『年増』と言われて激ギレしたあのシーンを思い出すが……。
「……は、はい。努力します。あ、あたいはそんな短気じゃないですから、もう今は……。」
そう言って俺に向けてウインクをしようとするが下手なのかうまくできなくて妙な表情になる。その表情を見て俺は吹き出す。
「そういえば、私たち2人の救出の際の話は聞いていなかったけど、どんな感じで進めたのかしらね。……それに何かしら、その表情は……。」
何かに気づいたのか、マリーゼさんが静かに無表情になり、ディマックさんに圧をかけてくる。
「い、いや、あれだ、急を要するために多少手荒い手段をとったのは……事実です。」
「乗り捨てたドラキャを発見してそこに不審者2名が見張っていたので、尋問したのは事実です。」
俺が少し動揺するディマックさんのフォローにかかる。どうにかして遠回しに言った方がいいかもしれない。
「まあ、明日の細かい話とかは私たちの部屋にみんなで入ってしましょうか。」
「……はい。」
マリーゼさんがそう言って夕食を終えて部屋に向かう。少し落ち着かない表情でディマックさんが後に続く。
部屋に4人と1匹で皆が入ると少し手狭な感じになるのは当然か。
そう思いながら話の続きになる。
「尋問したとティグレス君は言ってたけど、尋問というのは。」
「俺としては、穏やかにやりたかったのですが、一人が反抗的かつ挑発的な態度を取ったのでやむなく力で押さえつけました。そうしたら、もう一人があっさりと武装解除して協力的になりまして情報を得ました。」
とりあえず俺が婉曲的に答えてみる。
「そ、そうだな。ティグレス君のいう通りだな。挑発的な態度を取った奴はあたいがシメてやったら、もう一人が降参した。やっぱり痛めつけるというのは効果があるな。」
あちゃー、それじゃ俺が婉曲的に答えた意味がなくなるのじゃ。
「ふーん、挑発的な態度ってどんな態度を取られたのかしら。」
「あたいに向かって、年増の売女みたいなことを言いやがったからブチギレてフルボッコよ。あ、これマズイのか。」
「……やっぱり、……そうなのね。」
ああ、バレてしまったか。
「昔から指導、教育したわよね。達人級の変装術なのは認めるけど、そういう短気短慮で過去に変装がバレたこともあったわよね。今私は消息不明な状態で視察をしようとしているのよ。変装がバレて私たちの正体が判明したら洒落にならない事態になるかもしれないのよ。……ああ、もういいわ、皆は部屋に戻っていいから。この教え子には再教育が必要ね。」
「あ、え、そ、そんな。おい、ニシキ、いや、ティグレス君。助けてくれ、フォローしてくれ。」
ディマックさんが俺を見て何とかして欲しいという表情をするが、
「師匠、おやすみなさい。」
ヘイルさんたちがそう言って部屋を脱出する。
「……俺にも無理です。どうぞ再教育をなさって下さい。」
俺もそう言ってメムと一緒に部屋を出る。
「ありがとう。ティグレス君。」
マリーゼさんが礼を言うのを聞きながら、後の想像はしないようにしてあてがわれた部屋に向かい、ディマックさんの大きなため息を聞きながら俺はドアを閉めた。
部屋に入ったが、少し落ち着かなくて部屋を出てメムと宿の庭を散歩する。人がいない静かな庭である。
「いいの、ダン、いやティグレス、部屋にいたほうが良かったのじゃ。まあ用心のために変名で呼ぶのに慣れないところはあるわね。一応私たちの周りには人の気配は感じないけど。」
「再教育のもれる音を聞いていても落ち着かないでしょうし。それに何となく感じるこの香りは……。港湾があると打ち合わせで言ってましたしね。」
「ああ、かすかに潮の香りがするわね。やっぱりこの街は海に近いのかしら。」
メムも鼻をクンクンさせて潮の香りを確認する。
「そうなると、魔弾の方も装填するものを変えてみるか……。」
魔法の発動は地形などにも左右されるとは聞いているから考えておかないと。でもこの庭からは海は見えない、日も暮れているからかな。
そう思いながらも、
「直轄依頼も結構不便なものかもしれません。今回の依頼の護衛ともなると対象者の動きに左右されますから。ミュー様の望むようにグルメツアーができればいいのですが。」
と言うと、
「わかっているわ。大食いはしないで目立たぬようにやってみるわよ。海が近いとなると魚介類が食べられるかしらね。……まあせいぜい2、3人分くらいでおさえておくわ。」
どうやらグルメツアーは諦めてなさそうだ。
「まあいろいろと街を回ることにはなりそうですね。」
「そうね、でもどうするの。これから。」
「依頼を無事に完了させる、じゃなくてですか。」
メムがため息をつく。
「……違うわよ。そのうちあの師匠と補佐官には、私たちのことがバレるかもしれないのじゃない。どこかで異世界から来たということを話した方がいいかもしれない気がするわ。こんだけ一緒だとね。それに、もしかするとあの3姉妹が言っちゃうかもしれないわよ。」
「まあ、ディマックさんにもマリーゼさんにも本日の移動中、直感的にですが言われましたしね。」
「違和感を覚えるってのがね……。」
「あとは信じてくれるかどうかもあるのじゃないですか。バレたからこの依頼をやめるわけにもいかないでしょうし。そうでしょ、ミュー様。」
メムの懸念ももっともなことなのだが。
「そうね、それに補佐官が消息不明のままでいつまでいるのかしらね。」
しばらく互いに考えこむことになる。潮を含んだであろう夜風が少しずつ俺たちにしみていく感覚がある。
「ねえティグレス、冷えてきそうだし戻りましょうよ。隣の部屋では多分説教中だとは思うけど。」
「そうですね、戻って風呂に入って寝ますか。明日も大変そうですし。」
ということで部屋に戻ってくる。隣の部屋から予想通りマリーゼさんのディマックさんに対する説教の声がもれ聞こえてきた。
「じゃあ入浴に行きますか。」
メムと一緒にゆっくり入浴して部屋に戻ってくる。隣室ではいまだに説教の終わる気配はない。
「明日はメム様の方での警戒もお願いします。」
「わかっているわよ。任せてね。」
俺たちはそのまま静かに眠りについた。
夜遅くまで説教は続いていたようだ。