159弾 臨時で警備隊員業務をしよう
メムの新特訓メニューに付き合いながら、翌朝になり、食事と身支度を済ませて警備隊本部へ向かう。
受付で臨時勤務の件の話をすると、この場にてしばらく待つように言われる。
(いよいよダンが臨時とはいえ警備隊員をやるなんて、まあ面白そうね。)
(メム様も、もしかするとマスコット役が当てがわれたりするんじゃないですか。)
そう念話術で落ち着きなく会話しながら待つこと数分、警備隊総隊長と面談になった。
「うん、逃げずによく来てくれたね。ハハッ。まあ本日からよろしく頼むよ。」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。」
「勤務条件は一昨日話した通り。配属先は第三警備分隊だ。そこへは分隊のものがニシキ殿を連れて行くから、その後、臨時警備隊員用の制服を受け取って、と言っても大したものじゃないけどね、そして巡回に出てもらうことになるだろう。詳細については分隊で説明してくれる。まあ何か困ったことや質問があれば、第三警備分隊長か私に言ってくれればいいからね。」
総隊長がそう言ったところで、総隊長室のドアがノックされ
「失礼します。臨時警備隊員で勤務のニシキ・ダンを連れに参りました。」
そう言って赤茶色の髪をしたニキビ面の優男が入ってきた。
「当分彼と組んで勤務してもらうよ。」
「はい、総隊長の前で失礼します。自分は、第三警備分隊隊員、姓はルシェー、名をリッツフと申します。売り出し中の冒険者のニシキ・ダン殿とグランドキャットのメム殿とともに勤務させていただきます。」
「と言うことだ。じゃあ、行ってらっしゃい。」
と総隊長に言われて、面談を終えてルシェー隊員と一緒に第三警備分隊へ向かう。
警備詰所本部の第三警備分隊長の席まで連れてこられると、
「臨時勤務で警備隊員となります。姓はニシキ、名はダンと申します。傍に控えているのは益獣のメムになります。よろしくお願いいたします。」
そう言って一礼して分隊長に早速挨拶をする。
「うん、君だね。よろしく頼むよ。第三警備分隊長のピッコ・トスファウだよ。」
穏やかそうなホッコリとした黄髪を角刈りにした小太りの中年男だった。
「当官は副分隊長のベッボ・ルイーゾンです。よろしくお願いしますよ。」
こちらも穏やかそうな緑髪をセンター分けにした痩身な若い男だった。
「では、早速で申し訳ないのですが、ルシェー隊員と一緒に巡回活動をお願いします。で、ルシェー君、彼に制服を渡して下さい。」
「はい、わかりました。」
ルシェー隊員が俺に制服を渡すが、……これは、
「臨時隊員用の制服になります。上着として羽織って下さい。」
前に警護の依頼を受けて警備隊員と依頼を片付けた時は腕章をつけていたけど、今回のこれはまさしく陣羽織だった。時代劇で見たことあったな。その陣羽織の背中に剣と盾のマークが入っていた。これを羽織って前をひもで結ぶ。
「では、巡回業務をしながら説明をしますので、自分と一緒に来て下さい。まずは徒歩での巡回を説明します。」
「あ、一つだけ確認しても。」
「なんでしょうか、ニシキ殿。」
「メムは、このグランドキャットは一緒に連れて大丈夫ですか。」
「ええ、それについては総隊長からニシキ殿のものなので全く構わないと指示が出ていますので。」
「わかりました。ではお願いします。」
俺はそう言って、分隊長と副分隊長に一礼してルシェー隊員の後をついていく。
「では、いざという時はこの呼び子を吹いて事件発生を知らせてくれれば、その後近くの警備詰所に応援を呼んでくれれば大丈夫です。我々で対処できそうなら、呼び子を吹いて自分と一緒に対応してくれれば。」
実際に街を歩きながらルシェー隊員の説明を受ける。
「ああ、あとは魔法の発動は自分の指示があってからお願いします。臨時警備隊員と正隊員との違いはそこにありますので。」
「わかりました。」
俺は短くそう答える。まあ臨時警備隊員としての勤務だからそんなに権限や責任が与えられているわけではないからな。それにここは携帯電話やらSNSが発達している世界じゃないので110番通報なんて難しいのもある。
「まあ、巡回してみましょう。」
ルシェー隊員の話に耳を傾けながら、業務として巡回をしてみることになる。
「ふぅ、すみません。さすがに疲れました。」
「お疲れ様でした。」
警備詰所を中心に街内を巡回して業務をこなす。
「基本的に警備詰所を起点にして街を巡回して見回りをするのが主な業務になります。見回って街の変化や異常の有無を見極めて未然に事件や事故を防ぐのが第一ですから。」
「ええ全くその通りです。」
俺は大きくうなずく。そして
「やはりこうやって巡回活動とかしていると、人の数は増えたと実感できます。それで警備隊員も業務が増えて、臨時警備隊員を勤務させなくちゃならないと言うことですね。」
そう言ってみると、
「この街に流入する民が急増して……、あの白粉石の鉱山が操業し出してからですね。」
とルシェー隊員が答える。
「そうですか……、街の人たちの安心できる生活を維持するために臨時警備隊員として俺も頑張りますか。」
(ダン、私もできる限りのことはするわよ。)
メムが念話術でそう言ってくる。
俺としては、白粉石の鉱脈を発見したことで悪いことになってるような気がして少々心苦しいのだった。
「ああ、今日の勤務時間は終了ですね。ニシキ殿、お疲れ様でした。」
こうして、臨時警備隊員としての生活が始まっていった。
臨時警備隊員として初日を終えて、組合本部に今日の仕事の終了を報告してから組合本部の食堂で夕食をとり下宿先へ帰宅する。
リビングダイニングに顔を出すと、3姉妹が台所で何やらあーだこーだと騒いでいる。
「ただいま戻りましたが、一体どうしたのですか?。」
「なになに、新作料理でも作ったのかしら?。」
俺とメムがそう言って3姉妹に尋ねる。
「あ、お帰りなさい、ニシキさん。メムちゃん。」
ヘルバティアがご機嫌で俺たちを迎えてくれる。その傍らでミアンとミヤンが眉間にシワを寄せて何か考え込んでいる。
「私も特訓の成果を見せようと思って、味見してくれないかしら。」
ヘルバティアが唐揚げみたいなものを作ったようだ。
メムは躊躇なくその揚げ物を口に入れる。
「モグモグモグ、ふーん、まあいけるのじゃないかしら。」
とアバウトな感想を述べる。
俺は、かなり躊躇したものの、思い切って口に入れてみる。
う、こ、これは……、なんというか。
「ニシキさん、遠慮しなくていいです。感想を言ってください。」
ミアンがそう言ってくれる。それに勇気づけられて、
「うん、味にバラツキがありますね。」
と正直に思ったことを言う。
「え、じゃあ、あの宰相邸での特訓の成果が出ていない、と言うことなのかしら。」
ヘルバティアが落ち込む。
「俺はヘルバティアさんの努力するところは覗かしてもらいましたので、あまりあれこれ言いづらいのですが、宰相邸で料理教育した時とこの家で料理する時に、例えば料理器具とかに何か違いはありませんでしたか?。」
俺がそう尋ねてみる。
3姉妹はハッとして、
「じゃあ、ティア姉さんが味音痴とかじゃなく……。」
「ティア姉さんの動きがそう言われてみれば、ミアン姉さんはどう思うかしら。」
「うーん、しっかり身につけたのに……。」
「ねえ、ダン。それってどう言うことなの?。」
メムは少し不思議そうに俺に尋ねてくる。
「俺はヘルバティアさんの料理をするところは見ていませんが、宰相邸でほぼ完璧に料理の技術等を身にはつけたのでしょう。ただ、宰相邸で覚えたものをそのままこの家で使うとずれが生じてしまうのでは。ヘルバティアさん、料理している時結構まごつきませんでしたか?。宰相邸で使っていたものがこの家には無かったりしませんでしたか?。それで宰相邸とこの家の違いがないか聞いてみたのです。」
「……言われてみると、全くその通りね。」
ヘルバティアがうんうんとうなずく。原因がわかったのか双子妹は少しほっとした表情を見せる。
「宰相邸で覚えたことをそのままこの家にて実践するのではなく、その前にこの家向けに変換しておかないといけないのじゃないですか。」
俺がそう言うと双子妹が拍手する。それにつられてか、ヘルバティアまでも拍手する。
「でも、前にヘルバティアさんの作った朝食を食べて体調不良になったことを思えば、大きな進歩でしょう。」
俺が両手で拍手を抑えるように手振りをしながらそう言うと、
「わかったわ。ありがとう、ニシキさん。」
ヘルバティアが納得の表情でそう言った。
とりあえずはヘルバティアの料理特訓の成果は出ているようなので一安心と言ったところか。習ったことを応用するのがやや下手なのかもしれない。
習ったことをそのまま現在の己の状況にはめ込むのではなく、多少は変換をして状況に合わせることも必要なのだけど、それは口で言うほど簡単なことでない。