153弾 俺もモデルをするのかよう?
翌日、メムは張り切って絵のモデルをやっている。やり出す前にぐだぐだ言っていたのがまるで嘘のようだが、ただ問題が発生している。
(ダン、しっかりと毛並みのブラッシングよろしく。)
(日傘の用意よろしく。)
………
………
などなど俺を完全に使い走りにしていることだ。まさかこんなことになるとは思わなかった。メムがモデルとしてノってきたためか、ルノピカンクさんも色々なポーズをメムに要求し出してしまい、さらにメムがポーズをとって調子に乗るという悪循環が起こってしまったようだ。
しかも、
(食事するシーンもスケッチしたらいいのよ。)
と念話術ながら俺に言い出して、食事のシーンまでスケッチさせてしまう。ルノピカンクさんもその話に大ノリ気になってしまうのはどうかと思うのだが……。芸術家ってこういうところあるのかなあ。もちろん食事はおやつを大量に用意してもらうことになり、美味そうに平らげながらモデルをやるということになるが、後片付けをし、食事後の毛繕いをして……まるで、わがままなアイドルにこき使われ振り回されるマネージャーかプロデューサーみたいになってしまう。そして俺はあちこちに頭を下げて回ることになる。
そういう1日が終わり、夕食の時間になり、3姉妹のゲストルームで一緒に食事をする。
「どうですか、ヘルバティアさん、料理教育の方は順調ですか。」
「ニシキさん、妙に疲れ切った声だけど、そっちは順調じゃないのですか?。」
料理教育の進捗を聞いたはずが、ミアンにこっちの状況を心配されてしまう。
「俺が疲れ切っているのは……、まあメムの絵のモデルは順調なのですが、……ふう。」
「メムちゃん、あまりニシキさんを困らせないでよ。」
俺の状況を知らずにヘルバティアがメムに注意を促す。
「はぁーい、わかりました。ヘルバティアさん。」
メムは殊勝に可愛らしく注意を受け取るが多分ふりだけであろう。
「あ、ティア姉さんなら、今のところは順調に腕を上げていますから。」
ミヤンがヘルバティアの代わりに進捗について答える。
「へえ、じゃあ街に戻ったらヘルバティアも料理の腕が上がった状態を維持できるのですね。」
「そうなるように私たちも頑張ります。」
ミアンはそう答えるがちょっと不安ではある。
「それに、ずっと料理教育を受けていただけじゃないですから。」
ヘルバティアが少しドヤ顔で言ってくる。
「えっと、それは、え、他に何か教育を受けたのですか。」
俺は少し不安になる。リーゼさんから何か言われて仕込まれたのだろうか。
「小間使いとしての基礎教育みたいなものです。」
ミアンがそう答える。
「まあ、この宰相邸に小間使いでいる者の半数は、小間使い見習いとしてハウスマネジメントやら料理やら一般教養なども教育してもらいながら、後々各場所で新たに雇われたり飲食店を経営したりするのだって。もちろん、小間使いとして宰相邸の外で雇われるようにもなったりする。そういう奴らと一緒に教育を受けたのよ。ついでに言えば、あとはどこぞのお嬢様がこういう教育を受けたりするそうだそうよ。私たちはそのさわり程度のものを受けたのよ。」
ミヤンが補足してくれた。
「皆さんはその教育の一部を受けてどうでしたか。」
「うーん、少しは参考になるかもしれない。でも得手不得手はあるから満遍なくこなすのは難しいかもしれないわ。」
ヘルバティアがそう答える。ふーん、どんな教育内容だったのかな。
「あ、ダン。明日もよろしくね。私のモデル活動にしっかり協力してね。」
そこへさらりとメムが言ってくる。
こうしてこの日は終わった。
そして翌日、
「えっとでは、ニシキ殿、一つモデルをお願いします。」
「……へ、俺もですか。」
まさか俺もこんなことになるとは思いもしなかったが……。
「というか話が違うような気もしますが……。」
「お願いします。絵のインスピレーションが浮かんできまして、そのために是非あなたにモデルをやっていただきたいのです。」
ルノピカンクさんの創作意欲に火がつくのはいいのだが、俺まで巻き添えくらうのは嫌なのだけどな。けどしょうがないか……。
(ダン、あなたもついにモデル活動を開始するのね。)
メムが念話術で冷やかしてくる。うっとうしいことこの上ない。
「わかりました。でどうすればいいのです。」
諦め半分でそう言いながらルノピカンクさんの指示を仰いで様々なポーズをとることになる。
人は同じポーズでいられる時間には限界があり、俺みたいな素人だと10分が限度といったところか。専業の美術モデルでも20分が限度と聞いたことはあるが。
「もう……いいですか。」
正直きついので、メムと交代しながらモデルをしつつ、メムの身だしなみを整えることになる。うーん、けっっこうキツい。
「こちらも予想以上に筆が進みましたので、もう少し辛抱を。これで終わることになりますので。」
ルノピカンクさんはそう言いながら決死の形相で筆を走らせて俺とメムをスケッチする。
「いや、いろいろいい構図のスケッチができました。ありがとうございます。これで作品の制作に移ることができます。」
そう言って俺たちを解放してくれたのは、昼食の時間直前であった。
ゲストルームへ戻って、小間使いが運んでくれた昼食をとる。
「なになに、モデルくらいで根を上げるのかしら、ダンは。」
メムが調子に乗って俺を冷やかす。
「メム様、そんなこと言わんでください。ポージングしてじっとするのは大変なのですから。」
モデルが終わるまでの時間はかなり長く感じたのだった。
「でもモデルになったということは、ダンの絵ができるということね。どんな風に描かれるのかしら、楽しみだわ。どうしたのそんなにぐったりして。」
「もう、モデルはこりごりです。こんなに神経が休まらないとは……。」
「ふーん、やっぱり向き不向きがあるのかしら。私はここでモデルとして生きていく手もあるのかしらね。寝ていたりじっとしていたりしているだけでこんなに美味しい食事が大量にもらえるのだから。最高ね、モデルって。」
「……いや、メム様、元の世界に戻ることを忘れきっていませんか。」
この元女神猫はこの食事付きモデル業でいることに完全に味を占めたようだ。
「そ、そんなことはないもん。ただ、路銀を稼ぐ手段として、そう、一人の自活した女神として。」
「でも外形は完全にグランドキャットですよ。」
「嫌なツッコミするのね。どこで覚えてきたの、そんなツッコミ。」
「でも本当にモデル活動に主軸を置くつもりですか。需要はそんなにないと思いますが。」
「人気はあるわよね、私。」
「だから外形は完全にグランドキャットですから。そのグランドキャットとしての美しさで人気があるのは事実でしょうけど。」
「あれよ、内面が中身が女神であるから、その内側からかもし出される女神の美しさがこのグランドキャットの美しさと人気を生み出しているのだとしたら。」
そんなドヤ顔で言われても……。
「メム様、とにかく元の世界に戻ることは忘れないでくださいよ。何のために俺がこんな苦労をしたのか。」
しっかり釘を刺しておこう、モデル活動したいと2度と言わないようにするために。
「まあ、そうよね。華燭の典もできたし、美味い食事も大量に食べることができたし、もう言う事なしね。満足よ。」
そう言って昼食を平らげ、ベットで眠り始める。でもこんな食事をしていたら、この元女神が元の世界に戻った時が正直本当に心配である。俺が前世で死亡して最初に会った時の体型じゃなくなっているのかもしれないなあ。メムには何回も言ってはいるが。