147弾 皆で乱取り稽古しよう
初めの号令もないからか、いきなりミヤンが右ストレートを俺の腹部めがけて打ち込んでくるので、とっさに左腕でガードする。ミヤンはこの前のリベンジマッチとばかりに打ち込んでくる。やっぱり恨まれてるのか……。ガードのおかげで腹部にはヒットしなかったが、一旦飛び下がり、間合いをとって、左脇を閉め気味にして、左腕で腹部をガードし右拳を顎の下に持ってきて顎をガードするように構える。
「集中。」
カウンター狙いでそう呟き、タイムマネジメントの能力を使う。
誘いのために左拳をミヤンの顎を目掛けて投げつけるように振り出す。ミヤンは左に動き俺の背後を取るつもりか、体勢を低くする。そのまま鋭い出足で左斜め後ろからタックルをかけてくる。タイムマネジメントの能力の効果かミヤンの動きはスローに見える。ただ、少しカウンターを打ちにくい状態な視界と体制だ。これはかわすしかない。素早くバックステップを踏んで大きく3歩分後退する。
ミヤンはタックルが躱されることを予想していたようで、そのまま俺がいた位置で俺に対峙する。
カウンター用心か。俺も試したいことがあり、この能力の状態を維持したまま、思い切って打って出ることにする。ミヤンの顔面めがけて左拳をジャブ気味に3発放つ。ミヤンはスウェー気味にそれらを避け、そのまま前に詰めてくると右のジャブを放つ。俺はそのスローに見えるジャブを左拳で跳ね飛ばし、体勢を低くして、足元目掛けて右足の水面蹴りを浴びせると、足払いのようにミヤンの足に引っかかりミヤンは体勢を崩す。ミヤンが崩れた体勢を立て直そうとするところを捕まえて俺の腰に乗せる感じで投げ飛ばす。ミヤンは床板に叩きつけられる。
「それまで。」
鋭い声でヘルバティアが終わりを告げる。
「ま、まだだ。」
ミヤンは意地になっているようだが、
「ミヤン、負けを認めなさい。」
ミアンは冷静にミアンに告げる。
「くそっ、くそっ。」
かなり悔しがるミヤン。
「ニシキさん、どうでした、庭先での闘いと比較して。」
ヘルバティアが俺に聞いてくる。
「いきなり、ボディ狙いでパンチを打ってきたのはちょっと怖かったですね。ガードを抜かれるかと思いました。あと、タックルを仕掛ける位置も良かった。あのタックルはかわすしかなかったですね。」
と言うと、
「相変わらずの動きの速さを変化させてから、最後は組んで投げ飛ばしましたけど、打撃にしても良かったのかもしれないのでは。」
ミアンが聞いてくる。
「体勢の崩れたところを打ち込もうかとは一瞬思いましたけど、明日の式典を前に顔面に青タン作るのもどうかと思いまして……。」
そう俺が答える。まあ、タイムマネジメントの能力があるから、そこも考えるゆとりができたようなものだけど。
その答えを聞いたミヤンが
「あーあ、くっそう。どうもうまくいかないなぁ。」
そう言って床を悔しげに叩いた。
「じゃあ、次はヘルバティアさんとミアンさんですか。」
俺がそう言ったところで稽古場の引き戸式のドアがガラリと開き、2人の男が現れた。
「おお、先客か。」
そう言ってメモン・ルディオさんが俺たちをジロリとひと睨みして、稽古場に入ってくる。
「先客がいたら稽古にならないか。」
ステファンさんがそう言いながらルディオさんに続いて稽古場に入ってくる。
「貴様の腕じゃ稽古にならないのだろう。先客のいるせいにするな。」
ルディオさんがそう言い放ち、一気に空気がギスギスする。
「あのー、お二人様ともここで稽古ですか。」
「ああ、ニシキ殿たちの稽古の邪魔をしてしまったようだね。気にしないで稽古をしたまえ。」
ステファンさんがそう言ってくれる。
「そうだな、ちょうどいいタイミングかもしれない。貴殿と、そうニシキ殿、ひとつ乱取りで稽古してみたい。」
ルディオさんが俺を指名してくる。
「は、俺ですか。いやいや、そんな。」
連戦の稽古はちょっと……。
「えー、あっさり私を圧倒しておいてそれはないでしょう、ニシキさん。」
ミヤンが思わぬ裏切り発言をかましてくる。
「まあ、いいのじゃないですか。稽古ですし。」
「が、頑張ってください。」
ヘルバティアとミアンも非情の発言を追加してくる。
「この子達は?。」
「あ、紹介がまだでしたね、当方のパーティメンバーたちです。」
ルディオさんとステファンさんに紹介して、
「では、これで。」
俺はそう言ってこの場を去ろうとしたが、
「いやいや。」
「待ってください。」
「何してんですか。」
3姉妹たちにガシリと両肩をつかまれる。
「まあいいじゃないか、一つ頼むよ。イチノシティで出会ったけど戦えなかったし。」
ルディオさんが物騒なことを言いながら、俺の腕を捕まえて稽古場の中央に引かれた線まで半ば強引に俺を引きずっていく。
ルディオさんは俺に恨みがまだあるようだが……。娘とられた恨みか。
もうしょうがないので、俺はひとつ深呼吸をして、ルディオさんと対峙する。身長体重は俺よりやや上か、バランスよく筋肉がついているようだ。でも、あんまりやりたくないが、柔道の試合のように構える。
「じゃあ、俺が号令しよう。」
ステファンさんがそう言って、
「……初め!。」
開始の号令をかけてくれた。
それと同時に俺は
「集中。」
と呟き、低姿勢になって両膝目掛けて奇襲策としてタックルをかける。綺麗に両足を刈って相手は後方に倒れる、いや、これは……、とっさに両手を離し、素早くバックステップする。
素早く転がって起き上がったルディオさんがお返しとばかりに一気に左足で踏み込み前に低く跳躍しながら右ストレートを放つ。スローに見えてるが、こちらも左腕でパンチをガードしつつ右肘を相手の腹部に突き刺す要領で踏み込むと、ズシリとした手応えがあった。
「うぐっ、……ふうう。」
ルディオさんはダメージを受けたみたいだが、意地か根性か立ったままである。
「それまで!。」
ステファンさんの声が響く。ルディオさんが悔しそうな顔をするが、すぐに腹部をさすり稽古場の隅に歩む。
「いや、お見事でした。」
感心したようで、ステファンさんの声も弾むように聞こえる。傍で悔しそうな顔をするルディオさん。
「じゃあ、ティア姉さん。今度は私と乱取りを。」
「いいわよ、ミアン。ニシキさん、号令役を。」
ヘルバティアとミアンの一対一か。ミヤンとやり合ってばかりだったので、襲われた時以来初めて姉妹の戦いが見れるのか。少しドキドキする。でも体格差はあるが、ヘルバティアが不利か。
ヘルバティアとミアンが稽古場の中央に引かれた線まで行き対峙するのを確認して、俺は
「それでは、……初め!。」
と号令をかける。
しばらく二人は動かない。いや動けないのか。ただ睨み合いながらゆっくりと円を描くように動いていく。ジリジリと睨み合いながら2人が半周ほど動いて一呼吸置いた。
とその瞬間、ミヤンがするりと間合いを詰めて右ハイキックを飛ばす。そしてそれを皮切りにすかさずもう1発左ミドルキック、そのパターンを読んでいたのかヘルバティアがかわす。素早くヘルバティアはミアンの背後に回る。そしてタックルを仕掛ける。ミアンは振り返らずに、踵を猫が後足で砂をかけるように振り上げると、一瞬ヘルバティアの動きが止まる。その止まった気配を感じてか体を半回転させながら間合いをとり、ヘルバティアと相対する。
両者が拳を上げて構える。互いに間合いをつめて、左ジャブの差し合いが始まる。おいおい、こんな異世界で高度な女子ボクシングか。俺は見惚れてしまいそうになる。互いにかわしては打ち返す、その繰り返しとはいえ、足を使いながらこんな左の差し合いはそうそう見れないのだろう。メムもステファンさんもルディオさんも目を真ん丸くしてこの乱取りを見つめている。ミヤンは何かブツブツ言いながら、技術を盗んでいるのか、立ち上がり体を動かしている。
左の差し合いから終焉は一気に訪れる。お互いに右のフックを放つと相打ちになってしまう。フィジカルで劣るヘルバティアがややダメージが大きいか。
「そ、それまでです。」
俺が終了を告げる。顔面をど突き合うのは明日のこともあるので早めに切り上げさせよう。