146弾 いよいよ準備を終わらせよう
式典の準備はあと本日のみ、明日は本番になる。華燭の典で主役となる2人であるローウェルさんとグリュックさんをちらりと見かけたが、結構緊張している様子だった。
式典の設営を終わらせ、機材を揃えて最終確認をする。昼食前には設営を終わらせることができた。もちろんこの宰相邸に勤める小間使いや執事達も設営作業に参加してくれたのだが。
昼食後にリーゼさんとローウェルさんとグリュックさんで最終確認を行うことになっている。
「ふぅっ、何とか準備はほぼ終わりました。最終確認した後、補充とか修正とかしてその後、式典当日の役割分担を決めるということです。」
ゲストルームで本日渡された作業指示書を見ながら3姉妹と昼食をとり話をする。
「いよいよなのですね。少し私も緊張します。」
とミアン。
「そうね、私もよ。ミアン姉さん。」
「落ち着きなさい、私たちが緊張することはないのよ。主役はあの2人なのだから。」
緊張する双子妹をヘルバティアがそう言って落ち着かせる。
「昼食後は最終確認して、直すところは直して、その後は華燭の典の作業割の打ち合わせですから。」
そう言っている俺自身も妙に落ち着かないところはある。
「披露目の宴が楽しみだわ。ぐふふ、ぐふ。」
この元女神猫は、明日の宴の食事を勝手に想像してニヤついている。
「俺とメムは客として参加するので、ヘルバティアさん、ミアンさん、ミヤンさんの皆さんには式典の作業員をしてもらうことになるでしょう。よろしくお願いします。」
「わかりました。私たちも微力を尽くします。」
ヘルバティアが3姉妹を代表するように発言する。
最終確認も終わり、そんなに修正もなく、そのまま最初に華燭の典の準備のために入った会議室にて、式典の作業割の打ち合わせにかかる。3姉妹は全員料理担当として料理の下働きの作業員となった。とはいっても、調理器具の準備と食器等の準備が主な作業になる。
「まず、調理をすることはないと思っていましたが、この作業なら大丈夫ですね。」
俺が作業割の打ち合わせ後に3姉妹にそう言ってみる。
「まあ、華燭の典で食事をして悶絶されたら問題でしょうから……。」
ヘルバティアがものすごくしょんぼりしながらそう反応する。どこかで教育の機会を作らないとな、俺たちがそう思いながらゲストルームに戻ると、
「ニシキ様、メム様と一緒に正祭典礼服を合わせてもらいます。その後、式典の役員として会議に出席してもらいます。」
と小間使いから伝えられる。
「どうぞ、私たちは大丈夫です。ニシキさんの役を行なってください。」
ミアンがそう言って、俺とメムを小間使いと一緒に行くように促してくれる。
「では、我々は。」
そう言ってメムとともに小間使いについていく。ウォークインクローゼットみたいな所で、メムと共に正祭典礼服を試着して、サイズを合わせて試着を終え、そのまま着た状態である。
試着を終えた後、すぐに移動して作業割の打ち合わせで使った会議室に再び入ると、警備隊総隊長のメルクールさん、ギグス・ステファンさん、それに昨日顔を合わせたメモン・ルディオさんにメモン・グレイズさん、リー・リンさん、あと俺が見たことない夫人がいる。
「初めまして、話は聞いております。ギグス・ローウェルの母、ギグス・ルティナーと申します。」
その夫人はそう言って俺に一礼をする。こちらも一礼しながら、
「こちらこそ、お初にお目にかかります。姓はニシキ、名はダンと申します。」
そう挨拶をする。ああ、ローウェルさんの母君か。栗毛をアップにしていてこちらも貴婦人然とした感じがある。
そこへ、リーゼさんともう一人、頭ひとつ抜きん出た長身で耳の大きめな橙色の髪の女性が一緒に会議室に入ってくる。
「では、明日の華燭の典について会議します。」
リーゼさんがそう言って会議を始める。
会議はあっさりと終わった。
リーゼさんは、警備隊総隊長と長身で耳の大きめな橙色の髪の女性と一緒に会議室を出て行った。あの女性は一体誰なのだろう、そう思い首を傾げていると
「結局、ニシキ殿が華燭の典まで進めてくれたようなものか。」
そう言ってギグス・ステファンさんが俺に声をかける。
「いや、正直こっちも巻き込まれてしまったようなものでして……。ところで、さっきのあの長身の補佐官と一緒に出た女性は、一体誰でしたっけ?。」
「ああ、あの方は、姓がリガダード、名はスカレット、ジューノシティ警備隊総隊長。」
ああ、グリュックさんの勤務している警備隊の総隊長か。
「しかし、ニシキ殿。色々やってくれたな。いや、怒ってるわけじゃない。この状況をよく収めてくれて、華燭の典に持っていったな。礼を言う。」
「本当に、なんと言っていいか。こんな見事な解決策を実行していただくなんて。」
そう言ってギグス夫妻が俺に向かって礼を言っているところに、
「こちらもありがとうございます。」
そう言ってメモン・グレイズさんがお礼を言う。
「昨日は失礼した。礼を言わせてくれ。」
メモン夫妻も礼を言い出す。
「いえ、まあ何とかなってよかったです。本当に良かったです。」
俺がそう返すと、
「いやあ、本当に王都に行くのは、イチノシティに行くよりマシだろうからありがたい。」
とメモン・ルディオさん。
「ふん、何を言ってやがる。そういうことを言い出すからややこしくなったのだろうが。」
とギグス・ステファンさん。
あちゃー、空気が悪くなってきた。
「あなた、わかってるのかしら……。」
とグレイズさん。
「いい加減にしましょうかしら、あなた。」
とルティナーさん。
両夫人から怒りのオーラが湧き上がってきている。
そのオーラを感じた両雄はあっさりと引き下がった。
俺もここで異種格闘技選手権を見ないで済んでホッとした。
二組の夫妻が会議室を出たのを見てから俺たちもゲストルームに戻ってくる。
「何かこの正祭典礼服って何か動きにくいわね……。」
「俺たちはどこぞの司祭みたいになってますね。」
そう言いながら正祭典礼服を脱ぐ。これはまるで薄い外套を着せられたようなものだな。その後メムに着せられていたものを脱がしてあげる。
「明日はこれを着るのね。」
「でも、華燭の典を希望したのはメム様ですからね。」
「わかっているわ。しっかり食い尽くしてやる。」
変な方向に闘志をたぎらせているようだけど。
そこへドアがノックされ、開けると3姉妹から稽古場が空いているので、一緒に乱取りをしたいと言ってきたのだった。
「へえ、こういう場所があるのですか。さすがというか、すごいというか。」
小間使いの案内で一緒に3姉妹と稽古着に着替えて、稽古場へやってきて少し驚いている。
以前に指名依頼でドゥジョン親子の道場に行ったがその道場を半分にしたような感じか、いろいろ使っていそうだが。
「少し体を動かさないとね。」
ミヤンがそう言って上半身を左右にひねる。
「しかし、よく使わせてくれますね。どうしてまた。」
「ええ、ゲストルームで体を動かしていて、その時に小間使いさんからこの部屋の話を聞いて。」
ミアンが立ったままで両腕をストレッチしながら答える。
「普段は、この宰相邸に仕える人が武術訓練や稽古で使うのだそうよ。」
屈伸をしながらヘルバティアが教えてくれる。
「魔法の発動はできないのですよね。」
「もちろんですよ。それは別の場所があるという話です。」
俺がヘルバティアと話していると、
「じゃあ、乱取りは打撃と組投げと組極めのみでやりましょう。ニシキさん。」
ミヤンが俺を指名してきたのだった。
「今の話だと、武器なしで殴り合うみたいなことですか。」
俺は正直遠慮している。
「いいじゃない、やってみましょうよ。ダン。怖気付いたの。」
メムが俺たちしかいないからかそう言ってくる。
「よっし、この前投げられて怪我させられた恨みと庭で殴り倒された恨みをここで晴らしてやる。」
ミヤンが腕を振り回しながら俺を睨みそう宣言する。
ふぅー、やりたくないけどなあ。今は。
俺はそう思いながらも稽古場の中央に引かれた線の上に立つ。ミヤンも同様に立つ。