141弾 こうなりゃこっちがなんとかしよう
「早速ですが、グリュックさんの父親にと思われる方に遭遇しました。」
俺は席に着くなり、グリュックさんにそう言って、遭遇したその男の特徴を説明する。
「ええ、その話を聞く限り、……父だと思います。やはり追って来ましたか……。」
「大丈夫です。当分は警備隊の牢の中でしょうから。いきなり俺に殴りかかろうとするのをメムが倒しましたので。」
「はあ、えっと、すごいですね……。」
この経緯について説明はしたが、やはりグリュックさんに実感はないようで
「このグランドキャットが、父を倒したなんて……。」
3姉妹はまあそれもあり得るという表情で俺の話を黙って聞いている。メムはこっそりドヤ顔をしているが、皆に完全にスルーされている。
「とはいえ、追っ手が来た以上、一緒に来てもらいます。駆け落ちではないですが、相談に乗ってもらいに行きましょう。」
「えっと、どこに相談をしに行くのでしょうか。」
「移動しながら話します。ということで、ヘルバティアさん、ドラキャの用意と、彼女を変装してくれませんか。」
「いいわよ、朝イチでやってみます。」
こうなったら、2人を連れて突っ走るか。色んな意味で。
そう判断して俺は、急ぎメモ紙に一筆書いて、
「メム様、ちょっとご一緒に。」
そう言ってメムと一緒に外へ出ると、手紙を神社でおみくじを木にくくるように首輪にくくりつけて、
「メム様の本気を見せてもらえますか。ギグス家に行って、ローウェルにこのメモ紙を渡してください。ただし、父親のステファンには見つからぬように。」
「じゃあ、ダンの期待に応えて、やっと思いっきり私の力を出す……。」
「今は口上はもういいですので、速攻でお願いします。メム様。」
メムの気合いもいいがそのための口上は今はいらないので、メムの口上を思いっきりぶったぎる。
ちょっとメムがムッとするが、さっと夜の中に消えていった。
そうしてリビングダイニングに戻る。
「今、何をして来たのですか。メムちゃんはどこに。」
ヘルバティアが聞いてくる。
「メムには重要な仕事を依頼しました。これから予定より早いですが、俺の策を実行します。」
そう言うと、3姉妹とグリュックさんが身を乗り出してきた。
じゃあやってみるか。
「まず、明日の朝にここをドラキャででます。行く先は王都。」
「王都に行くのですね。行く先は王都のいずこに。」
とミアンが聞く。
「ローウェルを連れて来て全員乗ってからにします。」
「となると、6人が乗るのね。ちょっと狭いかも。」
とミヤンが少し険しい表情をする。
「まあ、3人の変装術の実力を拝ませてもらいます。よろしくお願いします。」
俺がそう言って3姉妹に一礼する。
「でも、ニシキさんはローウェルを連れてくると言ったけど、この家に連れてくるの?。」
ヘルバティアが少し首を傾げる。
「いや、変装後、ドラキャを出して街の歓楽街の正門前に来てください。そこで落ち合います。」
「でも変装していて私たちがわからないと、落ち合う前に何かあったら、いざという時大変よ。」
「合言葉を用意しましょう。」
「合言葉ですか……、どんなふうにしますか。」
「メッセ、と、ビッグサイト、を使います。そうですね、……では、俺とローウェルさんから声をかけるときに『ビッグサイトさんですね。』と言いますので、『そうです、メッセさんですね。』と返してください。そちらから声をかける際には、『メッセさんですね。』と言えば、『そうです、ビッグサイトさんですね。』と返しますので。」
俺がそう言うと
「すごいです。ニシキさんは賊とかの世界を熟知していますね。もしや……。」
グリュックさんも警備隊員なのか思わぬことを言い出すので、
「いいえ、いいえ、全くそんなことはありませんので。まずここから脱出することを優先させます。お二人の婚約を潰さないためです。」
俺は必死に否定した。
(ねえ、戻って来たわよ。首尾よくいったわ。)
そこへメムの念話術が頭に響く。
「どうやらメムが戻ったようです。ちょっと失礼。」
玄関の扉を開けると、得意満面のメムがいた。
「バッチリよ、届けたわ。」
「そうですか、どうやって渡したのですか。」
「うまく屋根に乗って、ローウェルの部屋を見つけたからそこのベランダに飛び移り窓をコツコツ叩いたところで、顔を出したから首輪を擦り付けて手紙を見つけてもらったの。」
予想以上にやるなあ、この女神。ポンコツかと思っていたが。本気を出したのかな。
「お見事です。メム様。これで策が完成できそうだ。じゃあ中に入りましょう。」
リビングダイニングに戻り、明日の朝が早いこともあり準備にかかることになった。
「お疲れ様です。メム様。」
準備を終えて、自部屋に戻り俺はメム様に最敬礼する。
「まだまだよ。これからでしょう。華燭の典のためには私は全てを投げ打つわ。美味なる物のために。そう、思いっきり食い尽くすために。」
なんというか、ブレないなー。美味い食事を食い漁りたいためだけに全力を出している……。
もっと普段から別のことで全力発揮して欲しいのだが。
「まあ、明日からが勝負、それにあの2人を連れて行くのでより用心が必要になるでしょう。ましてや警備隊も相手になるかもしれないのですから。」
「……もしかして、2人を連れて行くのは、……まさか。」
「すみません。正直両家の父親の動きが予想外なところはありまして、その用心のために2人を宰相補佐官のところに連れて行くことにしました。」
「なるほどね、それはそうした方がいいかもしれないわ。ただ、グリュックの父親が来たということは、グリュックを連れ戻しに来たか、ローウェルをかっさらいに来たか。それとも……。」
「それとも、何ですか。メム様、ためますね。」
「ギグス・ステファンと殴り合いに来たか。」
俺は思わず吹き出した。
「まあでも、この街で両家の父親同士で異種格闘技選手権の試合の可能性も、ですか。見応えのある試合になりそうですが。メム様はそんな試合を観戦したいと。」
「ただ最悪なのは、そういう2人がタッグを組んで婚約を潰しにくること、ちょっと怖いわよね。」
「それもそうですね。これについても用心しておきましょう。」
では、明日からの行動に備えてしっかり休もうか。