140弾 同様の花嫁の父もなんとかしよう
「ああ、ニシキさん。どうでした。情報収集は。」
ヘルバティアが笑顔で聞いてくる。楽しい会話をしていたのだろう。
「ええ、実のあるものでした。ところで、お三方にお尋ねしますが、変装術で他の人を別人に変える、変装させることは可能ですか。」
「えっと、もしかして、このグリュックさんを私たちで別人に変装させるということですか?。」
ミアンがグリュックさんの顔をチラリと見ながら確認する。
「ええ、ミアンさんは話が通じやすくて良いですね。まだ今からではないですが、可能ですか。」
「可能ですわ。女性なら、私たちにはやりやすいですから。」
ミアンが力強く言ってくる。
「そうですか、それなら、打てる手は広がります。」
俺はそう言ってニッコリして、自部屋に戻る。
「じゃあ、策は浮かんだのね。グリュックがいるからあそこでの会話は控えたけど。」
自部屋に入るなり、メムが寄りかかり俺に顔を近づけて聞いてくる。
「ま、まあ、メム様、ちょっと落ち着いてください。」
俺はそう言ってメムを引き離し椅子に座る。
「まだ、いろいろ見えない状況もあるのですが、まず宰相補佐官であるあの宰相の娘に力を貸してもらいます。」
「え、協力してもらうの。向こうはいいのかしら。」
「どちらにしても直接お願いしますよ。向こうはせっかく取り持ったカップルが破局するなんて嫌でしょうから。それに先ほど急ぎの手紙を送りましたので。」
「ああ、組合本部で話した後、御者に渡していた手紙ね。なんて書いたの?。」
「シンプルに『補佐官殿のお力添えで仲立ちしたカップルが、悲惨な結末になりかねない状況です。ご相談とお力添えをいただきたく、急ぎ参上いたしたい。ニシキ・ダン メム』と。」
そう言って手紙の下書きを見せる。
「ああ、私の名前も使ってくれたのね。」
「まあ、要はアルトファン・リーゼ補佐官に手をかしてもらう、という策です。」
メムが満足げな表情をする。
「なーにー、ちゃんと策を考えてたのねー。さすがー、さすがー。」
そう言って俺の膝の上に乗って顔をすり寄せてくるが、お、重い。
「ち、ちょっと、爪、爪が太腿に、腿に食い込むので痛いです。」
「ああごめんなさい。ちょっと喜び過ぎたわ。……そうか、宰相補佐官兼宰相の娘なら確実に華燭の典までやってくれるわね。」
「メム様、よだれを拭きましょう。とり乱しすぎです。それに喜ぶのはまだ早いです。問題の原因を片付けなければならないのですから。」
メムを下ろして一度落ち着かせる。
「問題の原因?、えーっと、あの2人をどうするか、どこで生活させるかよね。」
メムが首を傾げながら原因を言う。
「まあ、それについても原因の解決を補佐官に直接お願いしても良いかもしれません。」
「じゃあ、これからダンは何か動くのかしら。私ももちろん協力するわよ。華燭の典のために。」
メムが気合満々で言ってくるので、
「大丈夫ですよ。メム様には大いに活躍してもらうところがありますから。ただ、まだそのタイミングじゃないですから。まあ今日はゆっくりして、明日は依頼でもこなしましょう。」
そう話して、階下のリビングダイニングへ向かう。
リビングダイニングでは、華やかな女子会が続いていたようである。
「すみません。ちょっと策を考えていたところでしたので。」
3姉妹とグリュックさんにそう言って一礼する。
「じゃあ、グリュックさんとローウェルさんの華燭の典を実施させる策が浮かんだのですね。」
ヘルバティアが少し上ずった声で言ってくる。
「まあ、本格的に動くのは明後日以降になるでしょうが。」
俺がそう言うと、
「どんな策を思いついたのでしょうか。」
ミアンが聞いてくる。
「今はまだ、こういうのは勿体ぶった方がいいようですので。ただグリュックさんに変装してもらうことになるかもしれません。」
俺がそう言うと、
「本当に、本当にありがとうございます。見ず知らずの他人のためにここまでしていただくとは。」
グリュックさんが俺とメムに頭を深々と下げてきた。
「いや、お礼を言うのはまだ早いです。それは華燭の典が終わってからにしましょう。後それから、しばらく家から出ないようにお願いします。」
「ええ、ただもしかすると、父が。」
「力づくであなたを取り戻しにくるかもしれない、と言いたいのですね。」
俺がそう言うと、3姉妹もグリュックさんも怪訝な顔をする。
「なぜ、そう言うとわかったのですか?。」
ミヤンが疑問を軽く俺にぶつける。
「拗れた原因が原因で、両家の父親、意外と似た者同士だとわかりましたから。あ、あとドラキャを使うかもしれません。」
俺がそう言うとグリュックさんはクスリと笑った。
「まあ、警備隊の捜査がこないように明日までじっとすることになるでしょう。で明日は、俺とメムで依頼を探しに組合本部へ行ってきます。」
続けて俺はそう言うと、
「じゃあ、一応用心はしておくわ。」
ヘルバティアがそう言ってくれた。
その後自部屋で魔術研究をして今後の魔弾の開発と実験、仮説の検証をどうするか考えて部屋にこもったのだった。
夕食は来客と3姉妹と共にとったが、研究をするとやっぱり深入りしちゃうな。
翌日は組合本部に向かい簡易な配送達の依頼を数件受けて無事に完了させる。
任務完了の手続きをしているともう夕刻になっていた。
「ニシキ・ダン殿ですね。」
「ええ、そうですが。何かご用ですか。」
「ああ、ちょうどいいタイミングで組合本部にいたのですね。王都の宰相発で高速便ですね。ニシキ殿宛てです。」
「ああ、ありがとうございます。」
そう言いながら、封書を受け取る。予想以上に早い返事だな。
封書を開き中の手紙を読む。
『手紙拝読しました。ぜひ相談に来てください。』
シンプルだが力強い回答だった。
手紙をカバンに入れて、組合本部で久しぶりに夕食をとり帰ろうとするところへ
「き、貴様がニシキ・ダンだな。なるほど、黒いグランドキャットを連れた冒険者か。我が娘をたぶらかす手助けをした奴め。」
ああ、これ、もしかしなくてもグリュックさんの父親か。初老で無精髭が伸びているが眼光は険しく、中肉中背で濃紺の髪をセンター分けにやや浅黒い肌、機能的なツナギのような服を着ている。しかし大声で叫ぶと人々の注目も浴びてしまうのだが。
「どうした、何も言わぬところを見ると、おい、無視するな、我が口上を聞け。おい、おーい。」
俺もまあ分かっていたし、絡む気も何する気もない。無視して回れ右してこのまま別の道から帰路に着こうとする。
「くぅー、こ、こ、この無礼者めが、覚悟。」
そう言って無視し続ける俺に殴りかかろうとする。
(私が相手してやるわ。)
メムが念話術で俺に告げて、殴りかかろうとするグリュックさんの父親へ、颯爽とその顎に頭突きを決めると、グリュックさんの父親はあっさりと崩れ落ちた。
「いきなり殴りかかるのはどうかと思うのですが……。」
そう俺は呟きながら、見事にメムにノックアウトされたこのグリュックさんの父親を介抱してると、警備隊員2人がやってくる。
「どうしました。何かありました。」
野次馬少々を押しのけて、俺に声をかける。
「いや、帰宅するところを俺に絡んできて、無視したら殴りかかってきたので、このグランドキャットが、飛びかかってしまいその際に接触したようで、こちらの方が伸びてしまいまして。」
俺がそう説明すると、
「そうですか。わかりました。えっと、グランドキャットを連れたあなたは、もしや。」
「はい、ニシキ・ダンと申します。」
もう一人の警備隊員が、周りの野次馬に状況を聞いているようであったが、
「この人の言う通り、この伸びている者が先に殴りかかったそうです。大声で絡んできた後殴りかかって来たとの証言もあります。」
「分かった。この伸びている者はこっちで引き取ろう。しばらく牢に入れて様子を見ておくか。」
「あのう、俺はどうなるのでしょうか。」
俺がそう聞くと、
「うーん、もう帰ってもいいですよ。街中で殴りかかられたのをかわしただけだからね。」
そう言われて、俺たちは解放されようやく帰宅の途についた。
下宿先に戻ると、心配そうに玄関に迎えに来たミアンとミヤンが、
「「ちょっと遅かったようですが、何かあったのですか。」」
とシンクロして質問するという双子のコンビネーションが発動した。
「ええ、まあ、そうですね。後で説明をさせてもらっても。」
そう言って一旦自部屋に戻り、カバンを置くと、すぐにリビングダイニングへ向かう。