139弾 暴走の花婿の父なんとかしよう
「皆さん、じゃあ当分の間、このグリュックさんをかくまって下さい。ローウェルさんは一旦自宅に帰宅をお願いします。」
「えっと、何か策を思いついたとか。」
客間にてグリュックさんと話を終えたローウェルさんが、少し不安げに俺に聞いてくる。
「まず、ローウェルさんとグリュックさんは、まだこの街では会っていない風を装って下さい。そのために、ローウェルさんには一旦帰宅してもらいます。その間にこの件について情報を集めますから。」
(え、何か策を思いついたのじゃないの。)
メムが少し期待外れな表情を俺に向けながら、そう念話術で言い出す。
「全く策がないと言うわけではないです。ただ、策を仕掛ける相手はこの街とジューノシティの警備隊になるでしょう。そのため生半可な策はかえって危ないのです。」
俺が眉間にシワを寄せて答えると、皆がシンとする。
「まあ、華燭の典に関して、まず警備隊総隊長に話を聞きに行きますよ。ただ先に布石を打ちたいので俺は部屋にこもりますよ。しばらくの間ですが。」
「じゃあ警備隊が訪ねてきても、知らぬ存ぜぬでとぼければいいのね。」
「ええ、ただ無理はしないでください。警備隊と大喧嘩というわけには行きませんから。」
ヘルバティアにそう指示を出して、ローウェルさんを一旦帰宅させる。それを見届けて俺は自部屋に入る。
部屋に入ると、さっそくメムが口を開く。
「布石って、策はあるのね。」
「いいえ、策を生むための布石ですよ。ああ、手紙を書くので邪魔しないでくださいね。要らぬことも言わずに部屋でじっとしていて下さい、メム様。」
「そう言わずに、ねえ。私も協力はするわよ、なんでもは、できないけど私のできる限りね。」
「力強いお言葉、誠にありがとうございます。ではお言葉に甘えさせてもらいましょう。」
そう言いながら、便箋に一筆したためる。そうしてしばらく書いて後、封書にしてそのまま警備隊に向かう準備をする。
3姉妹に出かけることと、昼食は外で食べる話をしてから、先に組合本部の受付に行き、
「すみません、急ぎの手紙を送りたいのですが。王都の宰相邸まで。」
「急ぎですか、じゃあもうすぐ王都直行の輸送便が出ますので、それに依頼すればいいですよ。ちょっと費用はかかりますが。」
「そうですか、それは組合本部前に止まっているあのドラキャですね。」
「ええ、そうです。費用は1万クレジットかかります。」
そう言われてさっそく当該のドラキャに向かい、御者にカバンからさっき書いた封書を出し、1万クレジット分として黄金貨10枚と一緒に渡す。
「急ぎで、宰相邸に届けてくれれば。」
「わかりました。王都には本日中に着くでしょう。早ければ本日夜、明日には確実にお届けできるでしょう。」
御者はそう言って封書を受け取る。
「さて、あとは。」
そう呟いて警備隊本部の総隊長のところに急ぐ。
受付で、警備隊総隊長の予定を聞いて、昼食後に会えるとのことなので、組合本部で昼食をとる。
(俺たちの動きを見張っていたり尾行していたりしている者はないですか、メム様。)
(大丈夫よ。布石を打つために動いているのね。ダンは。)
(用心しないと、とは思うのですが。)
(わかっているわ、華燭の典を実施のためには。)
メムはすごく燃えていた。ご馳走を食らうというためだけの目的で。
「おや、何かあったのかい。」
警備隊総隊長が俺とメムを見て、怪訝な顔をする。
「いや、二つほど確認したいことがありまして。」
「一体何だい。」
「一つ目は、イハートヨの刑の執行日時が決まったというのは本当ですか。」
「ああ、明後日に決まった。非公開で処刑する。そうでもしないと死ぬ前に醜態を晒すだけでなく、あの3姉妹も巻き込みかねないからね。もはや気狂いに近いよ。あの3姉妹に立ち合わせたらもっと危険なことになる。だから非公開で明後日のうちに処刑する。」
「わかりました。ありがとうございます。」
「3姉妹には伝えるかい?。」
「いえ、もう前を向いて踏み出そうとしていますので、そういう話はしないつもりです。」
「そうか、そうだね。マックトッシュも気にかけていたからな。」
「マックトッシュって総隊長のお知り合いですか?。」
俺がそう聞くと警備隊総隊長の表情が一瞬こわばる。
「あ、ああ。ニシキ殿も会ったことあるだろう。組合本部長室でな。しわがれ声の老魔法使いだったろう。組合本部長の姓だ。」
あの大師匠、やはり偽名を使っていたのか。じゃあ、組合本部長が変装していたりするのはこの警備隊総隊長は知っているのかな。
「そんな姓で言うのは、相当仲が良いのか悪いのかのどちらかですね。」
「ふふ、まあ昔からの仲だからな。あの職についてからもよくフラフラとしている……。」
ああ、やっぱりそうか。まあだからといって、今は聞くのはそこじゃないからな。
「あと一つ、ギグス・ローウェルとメモン・グリュックの華燭の典を行えないと言う噂も聞きましたが。」
「ふー、噂が街に広がりつつあるようだね。そうなんだよ。両方の父親が警備隊に勤務していてね。どちらに住ませるかで大揉めになってしまってね。警備隊員が不足気味なのは、向こうもそうなので街から離したくないのはわかるのだがね。」
「もしかしてギグス家、メモン家の両方の父親が原因ということですか。」
「ああ、せっかくニシキ殿にも骨折りしてもらったのにねえ。このままだと当の2人が可哀想だよ。駆け落ちなんてことにならなきゃ良いけど……。」
いや、もう駆け落ちしそうです。とは言えないので
「わかりました。お話ありがとうございました。」
そう言って一礼して警備隊総隊長室から退がった。
警備隊本部から下宿先に戻る途中で、思わぬ人物から声をかけられる。
「いや、これはニシキ殿。久しぶりだな。」
「これはこれは、第十警備分隊副長殿。お元気そうで何よりです。ご子息の婚約、華燭の典の予定とか。おめでとうございます。」
そうローウェルの父親に挨拶すると、父親は渋面を作る。
「いや、それがな……、ニシキ殿に骨折りしてもらっているのに……言うのは心苦しいが、あの婚約は破棄する方向だ。」
ああ、やっぱり。
「何かあったのですか?。」
良いタイミングなので、父親に探りを入れる。
「いや、あちらのメモン家に挨拶に出向いたのだが、今後息子と義娘がどこで生活するか、という話になったところで、向こうが、『我が娘は、ジューノシティ警備隊総隊長近侍役、かなりの役職なので義息子殿がこちらの警備隊に勤めながら、一緒に生活をすべきだ。』と言ってきやがってな。こっちも『ふざけんな、役職の差で生活場所を勝手にそっちが上だからって理由で決めるんじゃねえ。』て言い返してな。まあ、その後はちょっとな………。」
言葉を濁しているが、多分、両家の父親同士で異種格闘技選手権が行われたのだろう。
「はあ、そうですか。それはそれは……。」
「あのジューノシティの警備隊の奴、許せねえから義娘をかっさらってでもここで生活してもらおうと考えて部下をジューノシティに送ったが、向こうのガードが固くてな。止むを得ず帰ってきたがな。」
「それ、警備隊総隊長はご存じなんでしょうね……。」
「当然知らないはずだ。俺の独断だよ。」
おいー。暴走したなー。ということは、
「あなたが考えてることは、逆に向こうも考えているのじゃないですか。」
「……はっ、そうか。それはあり得る。よし、第十警備分隊員に伝えておこう。ジューノシティの警備隊のやつがやってきているかもしれない。」
そう言ってギグス・ステファンさんは慌ててこの場を離れていった。
(父親が暴走するのね。ダンは、どちらの父親もそうなると思ってたのかしら。)
(うーん、まあ後で話したいことがあるので、メム様。急ぎ我々も帰宅しましょう。)
念話術でメムに告げて、さっさと下宿先に帰宅する。
下宿先に戻ると、帰ってきたことを知らせて、リビングダイニングへ。3姉妹とグリュックさんはおしゃべりに興じていた。