128弾 この教育はもう嫌でしょう
「夕食の準備ができましたので、どうぞ。」
そうミアンに呼ばれて夕食を一緒にとって、変装術の教育が再び開始される。
「今回は第2回目ね。」
変わらず、ヘルバティア先生か。
「先生、俺はもう、この前みたいな格好はしたくないです。」
始まる前に右手を挙手して、先生に抗議の意思を示す。
「大丈夫です。ニシキ君。今回は発声練習ですから。」
へ、は、発声練習ですか。俺は予想外の話に唖然とする。
「これから、高音域から低音域まで、自分の発する声の把握をしてもらいます。はい、まずは普段使う音域で、あー。」
「………あ。あー。」
俺が先生のように発声する。
「もう一度。はい、あー。」
「あー。」
「今度は、あーーーーー。」
「あーーーーー。」
「次は、あーーーーーーーーーーー。」
「あーーーーーーーーーーーー。」
これ、なんか意味があるのか。
「では、喉もほぐれたところで、自分が最も高音だと思うところの音域で。あ〜。」
「あ〜。」
「今度は、あ〜〜〜〜〜。」
「あ〜〜〜〜〜。」
「次は、あ〜〜〜あ〜〜〜あ〜〜〜あ〜〜〜あ〜〜〜。」
「あ〜〜〜あ〜〜〜あ〜〜〜あ〜〜〜あ〜ーー、げっほげっほ、先生もう無理です。これ以上は喉が壊れます。」
メムがそれを面白そうに眺めながら、
「ああ、発声の仕方が悪いから音痴なのかしら。」
とのたまう。あいつ、前に音痴解消について教えてくれと言ったら、匙投げたくせに。
「これで、あなたの高音域はわかりましたか。そう、むせるくらいのところが高音域の限界点です。それを確認できたと思います。」
はあ。そうですか……。
「次に、先ほどと同様に、自分が最も低音だと思うところの声域で。あー↘︎。」
「あー↘︎。」
「今度は、あーーー↘︎。」
「あーーー↘︎。」
「次は、あーーーあーーーあーーーあーーー↘︎。」
「あーーーあーーーあーーーあーーー↘︎。」
「これで、あなたの低音域はわかりましたか。そう、かすれるくらいのところが低音域の限界点です。それを確認できたと思います。」
本当にそうか。
「では続きは、明日の朝に行います。発声練習について教えます。」
「なぜ明日朝なのですか、先生。」
「夜遅くに大声を出すと、近所迷惑になるからです。」
俺は思わずずっこけた。
こうして今夜の変装術の教育は、あっさりと終わり、自部屋に戻ってくる。
「よかったわねー。婦人用の衣類、下着をつけなくて。」
メムが俺を冷やかす。
「ええ、発声練習で済んでよかったです……。」
また、婦人用の服を着ての変装術を教育される日が来るのだろうか。ちょっと不安だ。
「でも、……やっぱり、ダンも気を使っているのね、彼女たちに。」
「まあ、あまり俺も態度は変えないように、そして、彼女たちに気を使っていることは、気づかれないようにはしていますが。バレていますか?。」
「いや、なんとも言えないわ。相棒としてそうかなと思っただけよ。」
翌朝、俺たちが黙々と朝食をとっているところへ、ノックされてヘルバティアから声がかかる。
「朝食後に発声練習だからねー、準備済んだら降りてきなさいよー。逃げちゃダメよー、ニシキさん。」
「朝から楽しいわね。熱烈な呼び出しねー、ダン。」
「ふぅ、こんなことになるのなら、メム様を猫可愛がりさせたままにしておくべきだったか。」
俺がそう返すと、メムが俺の頭を軽く猫パンチして、
「つまらないことを言ってないで、さっさと発声練習に取りかかりましょうね。」
「へーい。」
朝食と身支度を終えたあとは、
「はい、らららららららー。」
「らららららららー。」
「はい、あきすての、あきすての、あきすての。」
「あ、あきすての、あきすての、あきすての。」
高音域から低音域まできっちり発声練習をさせられる。
「はい、腹から声出す。」
グホッ、いてぇー、なんで俺が蹴られるの。ミヤンがノリノリで、指導官役なるものをやるということで、俺のケツを蹴るが、これって単に俺が殴られ損じゃないのか。
「どう、そういう風に蹴られて、新たな快感に目覚めたりしない。」
元女神猫、ウゼェー。横でなんてこと言いやがる。
「発声方法を覚えることで、変装時、声色や声音の使い分けができるようになり、その結果、変装に気づかれにくくなります。」
ヘルバティア先生が厳かにそう説明するが、この教育、本当に変装術を身につけられるのか…。
「が、頑張ってください。」
ミアンが励ましてくれるが、どうも何かが違うような気がする。
昼前まで、みっちり発声練習をさせられて、腹筋を鍛えると言って腹部と尻を蹴られて、メムにいろいろイジられて、励まされるという、きついトレーニングだった。
「もう嫌、もう嫌、もう嫌、もう嫌、もう嫌、もう嫌、もう嫌、もう嫌、もう嫌、もう嫌、もう嫌、もう嫌、もう嫌………。」
俺はそうブツブツと呟きながらベットに横になる。
「ええー、昼食後はどうするのー。」
メムが無責任な発言をする。
「もう…疲れました。ヘルバティア達3姉妹に頼んでください。」
俺はやる気をなくして、ベットに横になりながら、メムにそう言い放つ。まあふて寝みたいなものか。
結局、そのままふて寝から昼寝に変わり、そのまま寝入ってしまい、よく寝てしまって翌朝になったのだった。
「起きて、起きてよ、ダン。寝過ぎよ。」
メムに起こされてしまう。肉球のぷに感が気持ちいい起こし方だな……。
「うーん、あと少し……。あ、ん、えっと、今は。」
「もう朝よ、今日は3姉妹達と警備隊に行くのでしょ。」
「いやー、えらいよく寝たな………。」
「まあ、疲れていたようだったから、ほっといたけど。ほんっと、よく寝ていたわね。」
メムは呆れ気味である。
昨日、ふて寝を決め込んでから、ずっと寝入っていたのか……。
「メム様、昨日は食事を?。」
「ヘルバティア達と食べたわよ、昼食も夕食もさっき朝食も。ダンがずっと眠りっぱなしだから、3姉妹と駄弁っていたのよ。」
「そうですか、俺も意外に疲れていたのか………。」
まあ、濃い日々が続いたからかな。
とはいえ、寝坊したので、大急ぎで朝食を探索等用の携帯食糧で間に合わせて、灌水浴室へ行き体を洗い身支度を済ませる。と、そこへノックの音とともに、
「ニシキさん、起きましたか。」
ミヤンの声がする。
「あ、はい。起きました。朝食を終えて、身支度を整えています。すみません、寝坊しちゃって。」
「あ、それは大丈夫ですよ。それじゃあ、食器を下げてください。あとで台所まで持ってきてください。」
「あ、はーい。」
と返事はしたものの、食器を下げてください、へ?。ふとメムの寝床に目をやると、その近くに空になった食器が転がっていた。
「えー、メム様。これはどういうことなのでしょうか?。」
「あ、あれよ。ダンが、睡眠に忙しそうだったから、そう、代わりに食事を食べてあげたのよ。」
「へー、3姉妹と一緒に朝食をとったあと、俺の分を持ってきてくれたのを盗み食いした、ということですね。女神にあるまじき所業ですね。」
「ち、ちがうのよ。なんて言えばいいのか、そう、そこに飯があるからよ。」
「そこに山があるから、みたいな開き直りやめて下さい。もう…いいです。食器は台所へ持っていきますので。」
なんだろう、俺の疲労の原因って、元女神猫のこういう行動じゃないのかなあ。
まあ、さっさと食器を台所に持っていき、警備隊に行く準備をする。
俺とメムと3姉妹は、一緒に警備隊本部へ向かい、警備隊総隊長に面会する。
「よく来てくれました。チャティーア・ヘルバティア様、チャティーア・ミアン様、チャティーア・ミヤン様。今回は、このようなことになってしまって誠に残念です。ご両親は立派な方でした。それは、あなた達が一番よくわかってらっしゃると思います。」
いつもと違い、慎重に言葉を選んで総隊長が話す。
「さて、これからこの事件について、説明をしたいと思います。なお、ここからは被害者遺族のみとなりますので、それ以外の方はご遠慮願います。」
総隊長がそのように言い、俺とメムは静かに総隊長の前から退いた。