127弾 この師匠に相談しよう?
(あの3姉妹にどう言ってあげようかしら。これは辛いわね。)
メムがしょんぼりとしながら念話術で俺に言ってくる。
俺も彼女らをなんとかしたいが、妙案は無い。
彼女らはある意味、イハートヨの自己中心的欲望に巻き込まれた犯罪被害者であるが、この世界トゥーアールでの、この街での、犯罪被害者のフォローはどうなっているのだろうか。
(どうします。間も無く昼食の時間ですが。メム様。)
(どうもね、テンションが上がらない。食事の気分じゃない。)
結局、軽く昼食を屋台で買い、公園らしき場所のベンチに腰掛けて、あっさりと食事を終わらせる。そしてそのまま、ぼうーっとベンチに座ったままだった。
(元の世界に戻るのに、これからも、こんな思いをすることになるのでしょうかね。メム様。)
(知っている者が、あんな被害に遭うとね。ちょっと心が折れそうになるわ。)
(前にメム様、理想と現実とは言っていましたが、元の世界に戻るという理想を追って現実がこんなことばかりだと、戻りづらくないですか。俺たちも戻るために、この異世界で生き抜くために、妻子がいるかもしれないが俺たちを阻む者を打ち倒すことも必要でしょうけど。)
(うん、でも、少しね、あー、なんか矛盾した気持ちってこういうのね。)
(殺さずに元の世界に戻りたいですが、もう俺は人を殺していますからね。)
(あれは、正当防衛よ。まあ、でもダンの気持ちもわかるわ。)
………
………
………
俺たちはしばらく、じっとして無言でベンチに座ったままになる。
そこへベレー帽を被った若い兄ちゃんが近づいてくると、
「なんだ、兄ちゃん。随分しけたツラしてるなあ。」
と声をかけてきた。
「ああ、すみません。どきましょうか。」
俺がそう言って席を離れようとすると、
「いいよ、そんな気を使わなくても。」
そう言って、俺の隣に腰掛ける。
(ダン、これはディマック師匠兼組合本部長よ。)
メムが気づいて俺に念話術で教えてくれる。
「悩みなら、あたいに相談してみるか。」
変装したディマックがそう言ってきた。
「いえ、見ず知らずの方にする話でもないので。では、これで。」
「まあ、そうつれないことを言うなよ。どうせ気づいているのじゃないか。あたいが変装していることに。」
スッピン時の声音になってそう言ってくる。しかし、いやによく絡んでくるなあ。じゃあ、
「そうですね、一つ相談に乗ってもらいますか。」
「お、いいね。さあさあさあ。」
師匠は妙にノリノリである。
「実は、亡くなった人を悼むのはどうすればいいかと思ってまして。弔葬の典でのマナーとか服装とか教えていただければ。」
俺がそう言って相談をすると、師匠はずっこけて、
「まあ、あれだ。それは、組合本部で相談するか、服装なら衣料品店にでも聞いてみればいい。というか、お前そんなことでしけたツラしてたのか。随分じゃないか。もっと師匠として答えがいのある相談をしてくれよ。」
何気に逆ギレか、というか、組合本部長が、組合本部に相談しろという回答もなんだかなあ。
「というか、あなたに弟子入りした覚えはないのですが。」
「何言ってやがる。あの3姉妹に、変装術教えてもらってるのだろう。つまりお前はあたいから見て孫弟子みたいなものだ。……まあ、しけたツラしてるなら、そんなツラをやめて気持ちを前に進むしかないぞ。」
まあ、前に進むしかないか、確かに納得できるが、というか孫弟子にされてしまっているのか。なんということだ。俺は思わず頭を抱える。
「おい、どうした。このあたいのセリフに何かおかしな点があるというのか。」
「………いえ、あまりもの感動で頭を抱えてしまったところです。」
「…なんかいやな言い方だな、おい。ため息までついておいて。」
「いえ、お気になさらず。まあ、おかげで気持ちは楽になりました。」
ほんと、気持ちは楽になったが、ディマックの孫弟子はいやである。
「では、失礼いたします。」
メムを促しながらさっさと退散することにした。
「直弟子に伝えておいてくれ。あとでそっちに顔を出すってな。」
そう言ってきたのは記憶にとどめておく。しかし、組合本部長の仕事は、どうやっているのだろう。いなけりゃ決済事項とか止まったままになるのじゃ。そう思いながら下宿先に戻ることにする。
とりあえず下宿に戻ると、3姉妹が出迎えてくれる。
「話は終わりましたか。」
ヘルバティアが俺に尋ねてくる。
「ええ、明後日、警備隊総隊長が説明したいことがあるとのことですが、皆さん、よろしいでしょうか。」
俺がそう言うと、
「わかりました。明後日ですね。朝のうちに向かいましょう。」
3姉妹で顔を見合わせて、ヘルバティアが答える。
「あと、後日師匠が皆さんのところに顔を出す、と言ってましたので。」
「それもわかりました。」
3姉妹は妙に落ち着いているが、大丈夫だろうか。俺がそう思っていると、
「ニシキさん、私たちなら、大丈夫です。両親が行方不明になって、あなたが助力してくれて、ようやくケリがついたのですから。」
力強く、ミアンがそう言ってくる。
「亡くなってしまったのは事実だし、それを受け入れて、前に進まないと。あとは弔葬の典をやって、今後のことも考えなきゃな。」
ミヤンがミアンにうなずきながら、ミアンのセリフを後押しするように言い切った。
「事実がはっきりしたのです。あなたが気に病むことではないですよ。夕食はご一緒にどうぞ。そのあとは、変装術の教育ですね。」
ヘルバティアがそう言って、俺たちに微笑みかけた。
俺とメムは互いに顔を合わせて、少しホッとしながら自部屋に戻った。
「意外に元気というか、タフなのね。あの3姉妹。」
自部屋に入って、一息ついたあと、メムが感心したように言ってくる。
「うーん、いや意外と無理しているかもしれませんね。結構心理的にきますよ。もしかすると葬式、いや弔葬の典が終わってからガクリとくるかもしれません。」
俺はメムにそう言って聞かせる。
「そうかもね。でもダン、その今の発言は、もしかして、あなたの経験からなのかしら。」
「否定はしません。前世でそういうことになりましたから。思い出したくはないですが。」
「ふーん、わかったわ。それでも前を向いて進むしかないようね。ということで、じゃあ、変装術の教育ね。」
うーん、そうきたか。俺はまた頭を抱えて途方にくれる。メムはニンマリしていた。
「もう、あんな格好させられた上に、塗るのはこりごりだけど………、あれ、なんとかならないだろうか……。」