119弾 この教育はどうだろう?
「じゃあ、まずは、変装術を理解するために、ニシキさん。脱ぎましょう。」
……………はあ?、脱ぐの?。
「脱ーげ、脱ーげ、脱ーげ。」
メムがタチの悪い酔ったおっさんみたいな、とんでもない合いの手を入れてくる。
「えっと、下着はいいのですよね。」
「いや、全部脱いでください。そしてまず女性用の下着を用意していますので、それを着けてもらいます。」
え、ええええ、何をさせる気、これ本当に変装術の教育なのか。
「まずは、逆の性別の服を着てもらうことから、変装術の教育は始まります。」
とヘルバティア。
本当か、そんな話聞いたことはないが。
「あの、まあ、別室で、その用意した下着をつけていただければ、次に進みますので。」
とミアンが折衷案を出してくるが、もうこうなりゃヤケだ。
別室で着てた服を脱ぎ、用意された下着を身につける。うう、なんで異世界に転移してこんなことになるのか……。
「ああ、着け終わりましたね。プププ。」
「ププププ。ああ面白い。」
ミアンとミヤンが笑いを噛み締める。
「これに何の意味があるのですか、ヘルバティア先生。」
腹立たしさもあるので、ヘルバティアをそう呼んでみる。
「うほん、それらを身につけることで、女装の難しさを理解するのが第1、その下着の感触を理解して女性らしい動きを身につけられるようにするのが第2、性別の違いを理解するのが第3になります。」
うーん、変装術ってそんなところから始まるのか?。
「恥ずかしいでしょうが、私たちも男性者の下着をつけさせられたので……。」
とミアンが俺の不安感を和らげてくれる。ただそう言われても、あまり効果はないのだが……。
「じゃあ、まずはこのドレスを着てみましょう。ミアン、ミヤン手伝ってあげなさい。」
「「はい。」」
え、いや、これ、無理くり着せるつもりなのじゃ、ちょっと何かおかしいのだが。
「はいはい、着ますから、着ますから。……はい、着ました。これでいいですか。ヘルバティア先生。」
「では、その今の状態を、鏡で見てみましょう。」
ヘルバティアがそう言って鏡を双子妹に持ってこさせる。
鏡に写った俺自身を見て思ったのは、すね毛が目立っているなあ。丈が合ってるのか、これは。膝頭から下を丸出しにした格好に、見苦しい足。ウエストはキツキツ、バストはスカスカ、ヒップはスースー。
メムがものすごく笑いを我慢しながら俺を見て、そっぽを向く。
「次に小物をつけてもらいます。」
ヘルバティアがそう言って、双子妹が、銀髪のロングヘアーのウィッグと黒いストッキングを用意する。
ストッキングを着けて、なるほど、黒色なので、すね毛が目立たなくなったか。そう思いながら次にウィッグを着用する。
「もう一度鏡を見てください。何があと足りないかわかりますか。」
「はあ、……お笑いの要素が足りません。」
「……ずいぶんな答えですね。」
ヘルバティアが落胆気味に言ってくる。その瞬間、メムが俺の腹部に頭突きをかましてくる。くぅー、痛テェー。
「ありがとう、メムちゃん。」
メムにお礼を言って、ヘルバティアが再び問いかける。
「何が足りませんか。」
「………修行が足りません。」
「……おちょくっているのですか。」
その瞬間に、今度はメムがジャンピング猫パンチを頭頂部にかましてくる。これも痛テェー。
「たびたびありがとう、メムちゃん。さて……何が足りませんか。」
「………色気、が足りません。」
「その通りです。」
最初の二つはわからないのでヤケで答えたものだったが、どうやら正解にたどり着いたようだ。でも正解しても嬉しくないのはなんでだろう。
「その足りない分を補うために、化粧をしてもらいます。化粧用品は用意しましたので、さあどうぞ、存分に化粧してください。」
「はあああぁ、おい、いい加減にしろ!。」
俺は声を荒げる。そこへメムが今度は俺の腹部に頭突きをぶち込む。うぐうぅ。
「ちょっと、ダン。先生に無礼よ。素直に先生に従いなさい。」
「そ、そんなぁ。ううぅ。」
今や俺が完全アウェイになっていた。
というか、化粧ってどうやるのだっけ。うーん、まず下地からだっけ。ええい、分からん。
「すみません、顔洗ってきていいですか。」
「いいですよ。メムちゃん、ついてあげてください。」
「はい、わかりました。先生。」
この元女神猫、完全にノリノリだな。というか、いつの間にヘルバティアと組んだんだ。ダッシュで逃げるかとも考えたが、こんな格好では外に逃げたら逆に危険だと考えて、諦める。顔を洗いあきらめて戻って、ヤケになり、適当にあれこれ塗りまくる。
「これでいいですか。先生。」
俺がそう言って顔を上げて、みんなに見せると部屋の中で大爆笑が起こったのだった。相当にひどい出来だったようだ。
メムと3姉妹がひとしきり笑い転げたあと、ヘルバティアが
「うほん、実際やってみてどうでしたか。変装とは難しいものです。まず今回は、それを実践することで難しさを確認できたと思います。変装術の基本は、できることをやる、自分に合わない変装はバレやすくなるということです。」
えっと、そんな話を前にどこかで聞いたような気が……。
「私たちも師匠から、男装させられてそう教えられました。今回みたいな実践方式で。」
ミアンがそう言って再度フォローしてくれる。
けど、いや、男装と、女装ではかなり違うし、個人個人を見極めてからじゃないのか。というか、わざわざこんな目にあってまで教育することか。
「ニシキさんは不満だろうけど、最初の教育が大事だって師匠も言っていたからな。」
とミヤン。
「あのー、もう元に戻してもいいでしょうか、あちこちがかゆくなってきました。」
と俺がお願いすると、
「えー、もうちょっといいじゃない。」
とメムがニヤニヤしながら言ってくる。この元女神猫、最低だ。
俺も我慢の限界とばかりに、引きちぎるように服を脱ぎ、下着も脱ぎ出そうとすると、
「さ、さすがに、それは、別室で、別室で。」
ミアンが慌ててそう言って俺を別室へ送り出したので、とりあえず別室へ慌てて行って、服を着替えて、顔を洗い、塗った化粧を落としたのだった。
「今回の教育のまとめです。女装してみてわかったとも思いますが、自分に合わない変装は難しいのでバレやすい、ということです。では、今回の教育はここまでとします。」
調子に乗った感じのヘルバティアが厳かにそう言ってまとめるが、だったら先に言っておくだけでいいんじゃないのか。こんな調子で教育されたら、変装術が身につく前に、俺のメンタルが壊れそうな気がするが。
まあ、教育は終わったので、今後はできる限りこういう教育の機会はつぶしておこう。俺は心にそう誓った。
もしこれ、あの師匠の仕込みだとしたら、あの師匠あとで覚えていろよ。
教育を終えて自部屋に戻ると、
「あー。面白かったわ。」
メムが満足げな顔で俺の顔を見て、思い出し笑いをする。俺は無言でメムの尻尾を掴み、リボンと紐を尻尾にくくりつけてあげる。
「ちょ、ちょっと、何するのよ。」
「てめぇ、大概にしろ。人を散々おちょくりやがって。」
「ふん、私も弱点の解消のために修行をしているのよ。もはや尻尾が弱点だと、おもわ、ない、こ、と、ね。」
「ふぅー、メム様、まだまだ修行が足りないようですね。じゃあおやすみなさい。」
尻尾にたっぷりリボンと紐をくくりつけられたメムが、絶え絶えに、
「わ、悪、かった、わ、もう、調子、に、乗ら、ない、か、ら。お、お願、い。尻尾の、リボンとか、ほど、いて、とっ、て………。」
そのまま俺はベットに入り眠りについたが、結局夜中にほどいてあげたのだった。なぜなら、メムが苦しそうにうめいてしまったので、こっちも眠れなくなったからだ。
「今度こんな真似をしたら、これ以上のこと、しますので。」
「ご、ごめんなさい。もうしません。」
懲りてくれればいいけど……。