105弾 事情聴取に協力しよう
「ところで、ニシキさん、しばらく組合本部で依頼を受けたりはできなかったのですよね。」
昼食をとりながら、ヘルバティアが俺に尋ねる。
「そうですね、留守番役と、この騒動で、本日も含めて5日間、組合本部に顔を出していないですね。」
「巻き込んでしまってすみません。」
「いや、いいですが、事情聴取が落ち着いたら組合本部へ行って、依頼を探さないと。」
「資金的には大丈夫ですか?。」
「配当の収入などが大きいですからそう心配はないのですが、各ランクのランクアップもしたいですから。」
「そうですね。」
そういう会話をしていると、
「もし、よろしければ、この茶店で臨時雇いもありますが、どうですか。」
ミアンが思わぬアイデアを示してきた。
「え、メムちゃんも一緒に働かすの?。」
ヘルバティアが乗ってくるが、
「こういう飲食店に益獣とはいえ、常駐しているのは衛生的にどうかと思われませんか?。」
と、俺が確認すると
「もちろん、ニシキさんだけが働くことになりますが。」
とミアンが返す。
そうやって昼食が終わり、後片付けを手伝っていると、
(来客かしら、茶店の入り口に客ね。)
念話術でメムが俺に伝えてきた。それと同時に茶店のドアをノックする音が聞こえる。
「今日も茶店休みだから、客が文句でも言いにきたとかですかね。」
「さあ、そんなに熱心な客はいないけど。」
「もしかして事情聴取に来たのでしょうか。俺が見てきます。」
そう言って中の厨房を抜けて、茶店のドアを開けた。
ドアを開けると、見たことのある体格の女性が2人立っていた。
それは、
「え、警備隊総隊長ですか。それに………ドゥジョン・エリス…さんですか?。」
「おや、覚えていてくれてたのかい。あの時はありがとう。息子のフォローまでしてくれて。」
ドゥジョン・エリスさんがお礼を言う。
「えっと、似ていますがおふたりは、もしかして。」
「そう、姉妹だよ。私が姉だ。」
とメルクール・エリーさんが、いや警備隊総隊長というのか。でも私服だが?なぜ?
「いやだね、事情聴取だよ。昨日の件でね。」
でも総隊長がなぜ私服で、しかも妹連れとは?。
「わかりました。立ち話というのもなんですので、中にどうぞ。」
俺はとりあえず、2人を店の中に入れた。
しかし、姉妹ということか。似たようなゴツい目の体格をしているのはそういうことかと、俺は妙に納得しながら、2人に茶店の席に座ってもらう。
「ところで、これから警備隊の事情聴取の予定があるのですが……。」
「ああ、それは私がやるよ。」
「え、でも………。」
妹のドゥジョン・エリスとやってきたのはお礼のためじゃないのかな?。
「ニシキ殿に事情聴取と、この妹のお礼の挨拶を兼ねているのさ。それに、こんだけこの店で立て続けに侵入や襲撃なんてあったら、警備隊としては、何かあると思うだろう。」
「まあ、そうですが。妹まで連れてきて事情聴取なんて、公私混同になりかねないのじゃ。」
警備隊総隊長は、腕組みをして、
「お礼の挨拶は、カモフラージュのところはあるのでね。それに、ニシキ殿がいろいろ巻き込まれるのはなぜだろう、とも思ってね………。」
「うーん、そう言われても………。もしかして、警備隊の格好だと、もしかして今回の事件の黒幕が警戒してしまう、とか考えたのですか。」
総隊長はこくりとうなずく。
そこへ静かに、いつもの少年に変装したヘルバティアが、翠茶を入れたのを持ってきて2人に茶を出す。そして俺の後ろに立つ。
「ああ、ありがとう。」
と総隊長。
「気を使ってもらって、恐縮です。」
と、エリスさん。
「ええと、エリスさんはこの状態での事情聴取については大丈夫なのですか?。」
俺が尋ねると、
「それを知った上で来ているし、決して口外はしないわよ。それにもうすぐしたら、一旦席を立つわ。姉さんのこともあるのでね。」
そう言って、翠茶を飲み終えると、姉の総隊長としばらく小声で話していたが、言った通りに席を立ち、
「後でまた姉さんを迎えにくるから。」
そう言って茶店を出て行った。
「さて、事情聴取といこうかな。といっても、そんな身構えてくれなくていいから。何か奥が深そうだとは思っているのさ。」
いつもの総隊長の口調で、ざっくばらんに話しかけてくる。
「捕まえた奴らは、何か話したのですか?。」
「………いや、さっぱりだ。岩に向かって取り調べをするようなもんさ。取り調べした隊員全員、そう思ってる。」
そんなに口が硬くなっているのか、まさか3姉妹の脅し、いや、あれはあのコソ泥2人だけだろうからな。
「一昨日の2人と昨日の8人、全員黙秘のままですか。」
「ああ、この店の何を狙ってなのか分からない、というか、要は動機が不明のままじゃね。だからあたし自ら事情聴取をしようかと思ってね。壁板を狙っていたのが一昨日侵入したコソ泥、その翌日に襲撃犯、何か思い当たる節はないかい。」
「……壁板に隠し扉があって、その奥に隠し部屋がありその中にあるものを狙った。」
変装したヘルバティアが、いや今はヘイルさんがそう言ってきた。
「ふーん、それって何だい。教えてくれないかい。」
「………わかった。」
そう言って奥にいったヘイルさんが、3枚の絵を持ってきてテーブルに並べる。
「芸術にそんなに詳しくはないが、これらの絵は変わったものを描いてるね。見たことがないものだねえ。新種の獣でも見た……わけではないね。それなら、獣の情報が出て広がる。」
総隊長が眉間にシワを寄せながら、絵についての感想を述べる。
「これらの絵を欲して、一昨日は盗み取ろうとした、昨日は力づくで奪い取ろうとしたと考えられないでしょうか。」
俺がそう言うと
「絵画にお金をかけて集めるような者はいるけど、そこまでするのか………。」
総隊長は再び腕組みをする。
「絵画の盗賊団がいるのでは、今までこの街にいなかっただけではないでしょうか。まあ俺の私見ですが。」
と俺が考察してみたことを一部示してみる。
「ふーん、絵画の盗賊団か……、確かにこの街で聞いたことはなかったが、黙秘の理由は?。」
「この絵を欲している人間が、相当な地位にあるものとか。だから盗賊団に依頼しても、依頼者の名を言えないようにしている。もしくは、彼ら盗賊団が喋っても、依頼者にまで類が及ばないようにしている。」
「まあ、考えられないことではないか。………でもこれらの絵の存在をどうやって知ったんだろという問題が出てくるが、……で、これらの絵は、どこから手に入れたのだい。」
総隊長が絵の入手先を聞いてきた。
「両親が描いた。今は行方不明になっている。2年前に鍛錬と探索に行くと言ってから。」
ヘイルが感情のない声で、淡々とつぶやくように話す。
「………そうかい、悪いことを聞いたね。事情聴取のためなんでね、とはいえ申し訳ない。」
そう言って、立ち上がり、ヘイルさんに頭を下げる。
「いえ、そちらも事情聴取の業務のため、あ、でも私服の格好だと業務にならないのじゃ。」
ヘイルさんが軽く総隊長にツッコミを入れる。
「まあ、この格好をして黒幕の目を誤魔化そうとしているのだから、業務でしょう。」
俺は、ツッコミをいなして話の方向を元に戻す。続けて、
「この事件の黒幕は、これらの絵を欲している奴と言ってもいいのじゃないでしょうか。だからこう立て続けに狙われた。これらの絵を持っている話は、偶然に絵を見た、とかから話が広がったとかじゃないでしょうか。」
「うーん、やっぱりあの岩になってる奴らに聞いてみるしかないけど…。この事件の捜査に回す人手が……。」
総隊長はそう言って頭を左右に振りながらウンウンと唸り出した。