第十五話 反吐の出る駆け引き
陽炎はとっさに一歩後退ったが、少年はそれを咎めることなく、半目で笑いかける。
「ねぇ、こっちも交渉しません? これで妖術レベルが見えなくてもあの人には黙ってあげる、星座さえ渡してくれればいいし。その代わりに、僕は自分のペットが欲しい。丁度前の性奴隷が壊れていたんだ。君、なってくれない? 君、割と好みの顔なんです」
「……こいつも男色野郎かよ……」
鴉座のような容姿でそんな言葉を言われても鳥肌と、昔の切ない記憶が蘇るだけで出来れば遠慮したい。かといって妖術は明らかにかけてはいない。
なので陽炎は、何とも返事を言えないで悪態をつくしか出来ないうちに、彼は真剣な顔で妖術を計り、微妙な顔をした。
妖術がばれたわけでもなく、妖術があると見えたならそれはそれで恐ろしくて。
だって、妖術があるならば、――誰がそれを仕掛けたと言うのだろうか?
少年は苦笑を浮かべて、己の耳元で背伸びをして呟く。
「妖術は見えたけど、妖しいから交渉は微妙。……知り合いに妖術師はいない?」
「さぁな」
「……暇が出来たら此処へ会いに行きますね……。妖術師の方にくれぐれも宜しくお伝えください。会いに来たとき、口説いてくださらないと、どうなるか判ってますね?」
陽炎は、ため息をつきながら、少年にビンタして、ふんぞり返る。
その顔の中には幾らか怯えが混じっているのに気づいた少年は、それは逆らえないと言ってるのだと思い、ふふっと赤くなった頬を抑えて笑った。
「君が僕に落ちたら、もしこれが本物でない場合のプラネタリウムの中の星座達はどう思うのでしょうね? 嗚呼、愛属性っぽいこの獅子座さんを護衛で引き連れて会いに来たら面白そうですね」
「何で俺の周り、だからサドばかりなんだよ……ッ! 用が済んだらさっさと行きやがれ。例え俺が男色でも、未成年は範囲外だ。出直してこい」
「妖術で姿を青年にする術があるって知りませんか? もしも今の姿が妖術で若返る術だとしたら、君は僕を抱いてくれますか?」
年相応には見えない艶やかな顔で少年は陽炎へ迫る。が、それを阻止するように獅子座が少年の前に立ちはだかる。
陽炎は人の姿でも大きな獅子座に隠れてしまった。
少年は体の大きな獅子座を半目のまま睨み、睨んだまま笑う。
「今度この人の前に来たときは、星座の方は誰一人僕と彼女に逆らえない。いいえ、それとも今一時間経つのを待って、それから彼に口説かれる姿をお見せしましょうか?」
「そういう嫌みったらしい言動まで、あいつそっくりだ……!」
「獅子座、あれと比べるな」
獅子座の後ろで陽炎が少し暗い顔をしたような気がした少年は、どうやら自分が知り合いでそれも思い入れのある誰かに似ているらしいと悟り、益々迫りやすいということを自覚した。
(――それにあいつの情報も、探りやすい。今どこにいて、接触は既にしているのかどうか――)
少年は容姿を最大限に利用することにして、今度会うときは迫ってみようと思った。
どの年齢の姿が一番彼の弱みなのだろうか? 好みの年齢に合わせられるとしても、それは今だけは無理なのだが。探し人が見つからない限り。
(何処か警戒心が高そうなところが燃えるよね――敵だから余計に高いのだし、何よりあいつと同じ血が少し流れてるし――)
少年は獅子座の前に立ったまま、眼は獅子座を半目で見上げて、声は陽炎へと投げかけた。
「それで、君の名前は? 僕は、妖術使いの名は黒欠片だけど、君には本名で呼んで欲しいです。胡蝶とお覚えください」
「誰が名乗るか」
吐き捨てるような言葉が強気に来たので、余計に煽られた胡蝶は少年らしい可愛い顔に戻して、いいんですか、と一言問うた。
その問いかけはつまり、本物と特定出来ないということをあの教祖に教えると言うことで――。
陽炎は、無言で考え込んだ後、素直に名乗る。
「――陽炎。陽炎様とお呼びしますね」
「別の呼び方にしろ、せめて――」
「嗚呼、この呼び方もその嫌みったらしい言動をした方に似てるの? それなら益々、そう呼ばせて頂こう。獅子座さん、もうプラネタリウムは僕らの手にある。君はその人よりも僕を守る義務がある。そこを退きなさい?」
にこりと微笑んで胡蝶が獅子座に告げると、獅子座は今にもかみ殺したいような表情を浮かべたまま動きたくないと言わんばかりに固まるが、背中の陽炎が服を少しつついたことにより、彼は相手の意に沿うことを願っている、否そうでなければならない事を思い出し、忌々しげに退く。
退くと胡蝶は、改めて眼鏡の青年と視線をかち合わせて、自分を睨み付けるその目にぞくぞくとして、彼へ歩み寄り、一瞬で背伸びして唇をかすめ取る。
その行為に獅子座も陽炎も驚き動けなかったが、陽炎が抵抗するよりも先に何かが胡蝶を弾いて、陽炎から離れさせた。
つまりは、誰かが殴り飛ばしたのだ。
殴り飛ばしたのは蟹座で、妖笑しながら陽炎の側に立っていた。何だか昔の邪悪な時代を思い出すくらいの恐ろしい笑みで。いや、性格ならば邪悪さは健在だが。
胡蝶が何か文句を言う前に、蟹座の隣にいる冠座がなんともない様子を作りながら、胡蝶へ教えてあげる。
「この蟹座は、愛属性になると、ドメスティックバイオレンスでね、陽炎も苦労していたの。多分今回も「あんた」に愛属性だから殴ったんじゃないの?」
「……ふぅん? 教えてくれて有難う、ええと君の星座は?」
冠座、と答えると胡蝶は眼を細めて頷き、それから蟹座へ視線を向ける。
蟹座は陽炎と胡蝶を見返りもせず、教祖の元へ向かってしまった。
さよならも言われない、助けてくれたのは有難かったが、何も言われないのは少し辛いものがあったが、まぁこの場で殴ってしまった言い訳として自分に無関心でないと意味はないのだからしょうがないか、と陽炎は思い、心の中で有難うと礼を告げた。
そして、唇を思いっきり衣服で、先ほどの感触ごと拭うかのごとく強く擦る。
そんな様子を見て、胡蝶は子供らしい笑い声を立てて、ばいばいと手をひらひらとふると、そこにいた獅子座と冠座についてきなさいと言わんばかりに視線をやってから背を向け、教祖の元へ戻る。
冠座は数秒胡蝶を胡散臭い者を見るような目で見やった後、そのままの視線の向きで陽炎に声をかける。
「じゃあね、陽炎。しっかり自分の身は自分で守るのよ。……二つの意味で」
「師匠ぉ、あいつ、おらの皇子にッ、皇子にッ!!」
「獅子座、もう皇子は陽炎であっちゃ駄目なのよ。持ってる人を陛下とか皇子とかそういう風に呼んで、陽炎のことは呼び捨て。判った?」
黄道十二宮の獅子座は、抑制となる冠座によってしっかりと抑えられていた。
獅子座はぶつぶつ言いながらも、冠座に振り返ってはいけないと言われ、そのまま胡蝶の背を追った。
窓から見張っていた星座達全員は、それぞれ偽のプラネタリウムを宿として、乗り移ることにした。
不思議なことに妖術による力もなかったはずの其処は居心地がよくて、本当に妖術が知らないうちに張られていることに気づく。
(さよなら、皆――)




