第四話 妖術師 黒化粧
柘榴は口にはしなかったが、目だけで男に訴える。男は、少しも表情を変えず、そのままの口調で優しく言葉を続ける。
「妖術の痛み虫は浴びたことないだろ、多分。あったとしても、精々火傷くらい。妖術は早々使える奴は居ないからね、この国では。陽炎君は今日まで、人生の後半をこの国で過ごしたと聞く。だから、オレはオレが必要だと思ったときにいくよ。屋敷に居続けるのは流石に目立つからね。いつも見守ってる、今日だってその証がいったはず」
男は頬をぽりぽりとかいてから、腕元にまで垂れ下がった長衣を肩に掛け直す。
男の視線が自分なのか劉桜なのか、それとも此処には居ない陽炎へ向けられているかは濃いサングラスで判らない。
(――証? こんな妖術師が、屋敷に見せつける証、なんて判らない)
柘榴が熱でどんどん体力を消耗しているのを感じ取ると男は、用件を更に手短に唇に乗せる前に、柘榴の手に一つ、妖術で作られた錠剤がたっぷり入った瓶を一瞬で己の手の内から移動させて渡した。
驚く柘榴を見ても男は一日一回だけね、とそのままの態度で口にした。
柘榴は手にした妖術の塊に、思わずそれを地面にぶん投げそうになったが、次の男の言葉でそれは思いとどまる。
「奴らはまずあの子のボディーガードを奪う。それから、君たちの命。最後にあの子。いいね、この順番を忘れてはいけない、君たちが死んだらお終い。君たちが生きている限りはあの子には順番はいかない。そのどの期間に鴉座を呼ぶか、よく考えて対策を練っておきなさい。オレが考えておくのもいいけれどね、それじゃ君は不満でしょ。ナイトや悪友としてありたい君では――それに、君は妖術が、憎いだろう」
最後の言葉の節で、男が少し嘲笑うでもなく、何処か心からの哀れみから漏れた笑みを柘榴に向けた。
(ばれてる。ガンジラニーニだって。――……この肌を見抜いた? 馬鹿な……この色は、どんな奴にも見抜けないのに)
まるで、「時が来れば判るさ、今は知らなくて良い」と言わんばかりの笑みに、少し柘榴はいらっときたが、今は怒る体力もないので、落ち着こうとする努力もなく、落ち着ける。
「……――何で、知っている? 誰だ、お前は……」
「スノーブラック。こっちの国だと、黒雪だね」
男は笑みを消し、優しい響きで口にした。
「妖術名は、黒化粧。スリーサイズと好みのタイプはこれらが終わってから。君たちの敵じゃあない、その証拠が君の手にあるお薬。妖術で出来た薬だからって飲まないのはダメだよ。――それを飲めば、呪いの効力は少しは薄れる。ちょっと呪いが効きにくい体質なのだろうと思う程度だ。水瓶座の水も念のため、浴びておきなさい。いいね、年上の言うことは聞くもんだよ――?」
黒雪は声を一切荒げることはなく、淡々と穏やかに、だけど印象的で爽やかな滝のような態度で手をひらりとふり、ホワイトチョコを手に取り、それを再び黒雪は口にして、何処かへ行こうとする。
柘榴は己を通り過ぎて歩こうとする彼を振り返り、「他人の振りしておいた方が良いか」と、もしもこれから先会ったときの反応を聞いておく。
これから先、また会うようなことを仄めかしていたし、何より己も会いそうな予感がしていたからだ。
黒雪は背中からかけられた最後の疑問に、本当に聡い子だと態度には出さずとも感心しながら、流れで、と最後まで緩やかな声で荒げることなく、返答して去っていった。
――柘榴は手の内にある錠剤の瓶をあけて、疑いながらも一つ飲み込んだ。
すると、驚くほどあれだけ熱くてだるかった体のだるさが消えて、熱だけでもあるので、何とか呪いを自覚しつつも、劉桜を屋敷へ運べることが出来た。
体のだるさが屋敷についた途端復活して更に体に増すが、その代わりに熱が引く。
本当に呪いの効果が薄まっても気づかない程度の薬だと柘榴は、男の言葉を信頼することにした。
(――それに)
(それに、どことなくかげ君に似た雰囲気があったし――この錠剤の数式だけなら利用できるかも)
その時、その判断はあっていたのかどうかは、まだ判らないし、多分この先も彼には判らないだろう。




