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第四十二話 突き落とされた犠牲者は

 ――陽炎の意見を聞き入れながらも己の意見の合間、ということで二十分経った頃、浴場に行くと、そこには陽炎の姿は無くて。

 迎えに来た人物に問いかけると、禁断症状が現れてここから出て行ったと告げられた。


 ……禁断症状は、お風呂の時に出るなんて初めてのことで。

 何せ水というものに浸かることで少なからず安堵は得るはずなのだから。

 それなのに陽炎は湯船から脱出し、服を着替えて出て行ったと。


(――服を着替えて?)


 禁断症状の時に、そんな余裕があるのだろうか?

 精々バスローブを羽織って出て行くくらいになるのでは、と考えた鷲座は一旦は出た浴場に戻り、湯船の水を確かめようとするが、もう水は換えられて、洗われていた。


 ――何かが変だ。そんなすぐに水を取り替えるなんて。それも湯船を見る隙もなく。


 得体の知れない不安を感じて、慌てて浴場から出る。もしかして、また攫われてしまったのではないかと、プラネタリウムを確認しに。

 プラネタリウムが保管されている部屋に行くとそこには、椿が立って、プラネタリウムを持っていた。プラネタリウムは昼間だというのに、薄く室内に星座を描いていた。


「どうされました?」

「……――君こそどうしたの、その頬の傷」

「嗚呼、これね、実は脅されてしまいまして」


 にこりと微笑みプラネタリウムを手放して床に捨てる少年に、瞬時に陽炎が彼によって売り渡されたのだと知る。鷲座は糸目を見開き、少年の胸ぐらを掴みあげる。

 鷲座の背はあまり高い方ではないので、少年と同じくらいか、それよりも少し小さいくらいなので、少年は前のめりになりかける。

 少年は少し苦しそうな顔を一瞬はするが、にやにやとしていて、それが鴉座を思い出させる。

 鷲座の頭に、嬉しそうに話していたあの人の言葉が蘇る。


 ――俺にも、まだ運が残っていた、本当に柘榴の言うとおり世界は暗闇だけじゃないんだなぁって思って。


 あんなに嬉しげだったからこそ余計にこの少年が憎くて。漸く勇気を持てた発言を聞いたすぐあとだからこそ悔しくて。

 きっとあの人は、人間に裏切られて、また信頼できなくなってるだろう。疑りやすいのが、星座の愛する彼だから。


(――どうして苛つかせてくれるんだ。どうして平穏を彼にはやらないんだ?)


 彼はいつも、平穏から遠ざかっていた気がする。それは彼自らかも知れないし、星座達がかもしれないが、少なくとも今は彼自らではない。


「……テメェみたいな下等生物がいるから、強くなろうと頑張ってる奴でさえ傷つくんだ」


 鷲座は今までに誰も聞いたことがない程鋭い声で、吐き捨てるように椿へ睨み付けた。

 椿は下等生物と聞くと、けらけらと笑い、嫌だなぁと否定する。肯定する人間はいないだろう。


「下等生物はどっち? 道具に頼ってばっかでないと生きていけなかったあいつと、ちゃんと自分の身は自分で守って生きて、人と接触することも拒まないで生きている僕」

「病を治そうとしている患者を突き落とす医者と、病に嘆く患者、どっちがどう見える?」


 茶化すような口調の相手に、瞳を冷淡に射抜いたまま低く問いかけると、相手は頬をかっと赤く染めて、睨み返してきた。こんな年端もいかない少年の睨み付けなんて怖くないので、鷲座はただ苛立つだけ。少年は苛立っている様子の相手に、恐怖を底知れず感じる。


「……――あいつが、あいつが全部奪っていくから悪いんだ!」

「最初から全て揃っていたテメェが言って良い言葉じゃない。両親も生まれたときから居た、故郷もあった、家もある、社交辞令でも友達は居て暴力なんか受けたこともない、飯にも不自由したことがない、悪い意味での差別されたことがない、生まれながらの貴族のテメェが言って良い言葉じゃない。初めて奪われそうになったからって何だよ、陽炎どのはいつも奪われていた」


 鷲座の言葉に弾かれたように椿は反応して、耳も真っ赤にして怒鳴る。ただ鷲座はそれを冷たい目で見やって静かに怒りを押し殺した声で諭すだけ。


「そんなのただの運だろ?! 運の所為だろ! 人をやっかんで、奪うなよ!」

「――それなら、今テメェがしてることは何だ? 漸く運を掴んできた人間から、テメェは全部奪おうとしている。友達も、故郷も……ドラマ全部、奪おうとしてるのは、どっちだ?」


 それに対して何か言おうとしていた椿を無視して床からプラネタリウムを奪い――これ以上はただの八つ当たりで時間の無駄だと判っているから――、鷲座は屋敷から出て行く。鷲の姿になり、柘榴の元へ向かう。



(柘榴、君しか居ない。人間に裏切られたあいつが、また人間を信じるようになるには君がプラネタリウムに入るしかない。幸いにも君はあいつの悪友で、小生の第二主人だ。君に、小生の愛する人を任せるから、どうか人間の立場を代表して、また人間を信じさせてあげてくれ――)

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