第三十四話 女王様VS王様
白に近い金の髪に、燃える赤い瞳は血走っていて。それは月の通常時と、緋月を思い出させて。
瞳は、誰よりも気高さと強さを映していて。きっと星座で蟹座の次に気迫があるだろう。戦場においては。ついでに言うならば、蟹座への憎しみも込められている。
金襴の鎧を纏ったそれは、己の背丈を象徴するような巨大な剣で蟹座を圧迫する。
「……久しいな、子猫」
「うっせぇ、死にガニ。おらぁ獅子座だ! 陛下に言われ、おらの皇子を奪還しにきただ!」
「ほう、まさかお前も愛属性なのか?! 陛下って誰だ、主人は二人いるのか?」
「柘榴陛下と、陽炎皇子こそがおらの主人!!」
ぐぐっと圧迫して、少し蟹座が押されている頃に、獅子座は他の星座に早く中へ入るよう言いつけるが、水の宮が許したのはただ一人の訪問だった。
なので、早く柘榴が魚座を作り出すことを願う獅子座は犬歯を見せて睨み付けて、蟹座をかみ殺すような勢いで剣による圧迫をしようとする。
蟹座はそれを流して、突き刺そうとするが、剣を盾にされてそれは失敗する。
っち、と蟹座は舌打ちをすると、水の宮に向かって、追い出せ! と命じる。
巨大な力が獅子座を圧迫する。重力のような物が自分にのし掛かって、体の動きを酷く鈍くするが、それよりも早く奪還して現世に戻さないと、陽炎は救えなくなると柘榴は言っていた。
「あんた、かげ君救ったら、かげ君に“わ、マジで!? 有難うー獅子座、だぁいすき♪”って夢の英雄になれるよー?」
柘榴の適当な応援が脳内に蘇った途端、獅子は再び咆吼し、重力をはね除けんとする。
自分もだが、随分と熱い感情を持った男だ、と蟹座はため息をついて、自分が戦うのとあわせて水の宮の力を借りないと、悔しいことに現状を打破出来ないことに気づき、水瓶! と呼びかける。
水瓶座は静かな声で水の宮へ命令し、蟹座は圧力のかかっている獅子座へ楽しそうに攻撃を開始する。
だがそれも一時、背中から何か電流が走り、思わず倒れかける。
鞭を使えて、それも水の宮の中に自然と入れる人物といったら思い当たるのは一人しかいない。
「っち、出やがッたか、魚……!」
「お黙り! わらわの下僕を虐めたこと、後悔させてやるわ! 入るが良い、僕共!」
無駄に悩殺的な着方の着物姿に、真っ黒の鞭。
ストレートの髪の毛をお団子にして、かんざしを幾つも大輪の花のように頭にさしてる彼女。
黒い髪に、青い瞳。その青い目は、深海の色そのもので。さすがは魚と名が付く、と頷ける。
強気な態度が気に入らない蟹座は、ただでさえ凶悪な顔をもっと恐ろしい物に変えて睨み付ける。
女王対王様の始まり。
「お前の下僕って、あれか、陽炎か?」
「違う、下僕は獅子じゃ。陽炎君はわらわの親友で、柘榴君は戦友じゃ!」
「……――っち、またあの果物の仕業か! 先に果物を殺した方が良さそうだな!」
「ほう、たかが節足動物ごときが、わらわ達二人に勝てると? それも片方は、水しか能力が無い能なしの顔だけのパープー」
「おや、私という存在もおりますよ?」
「……鴉か、遠き昔にも会ったことのない星座じゃな」
魚座は背後から聞こえた声に、にやりとあくどい、女王様らしい笑みを浮かべて、ピンヒールをかつんと鳴らし、振り向き鞭によって鴉座の手にあった銃を手放させる。
「黄道十二宮にたかがダニが勝とうなど十年早いわ」
「じゃあその水しか能力のない奴に、負けてみますか?」
そう言って、水瓶座が水の宮に頼み、自分の水瓶の水を彼女に頭から浴びせさせる。
だが彼女は水の中で笑い、鞭をぴしりと一回鳴らすだけで水を止めさせた。
「水を入れる奴より、水に住む奴が一番水をよう知っとる。成分を操るなど、わけないわ。片腹痛い、たかがこんな攻撃でわらわ達を相手にしようとは」
魚座は三段階悪人笑いをして、三人を見下すが大犬座の呼びかけにより、それは制される。
「魚ちゃん」
「様をお付け!」
「うっさい、魚ちゃん、陽炎ちゃん今、助けられたから、早くここから出よう! 此処に長時間居るのは良くないって、不利になるって柘榴ちゃんが言ってた!」
「何と、柘榴君が! では、早う帰ろう! ……貴様ら、後で後悔させてやる。行くぞ、獅子!」
魚座が踵を返すなり、獅子座は、蟹座にべぇーっと舌を出して中指を立てて、思いっきり馬鹿にしてから姿を消す。他の陽炎を助けた一同も、もう姿を消していた。
「……後悔? するのはどちらでしょうね。今まで人外に依存してきて、更に依存させられた人間が如何に容易いか、思い知るといいですよ」
鴉座は、少しだけ悔しげに笑う。
(人間だけが私から貴方を奪うと思っていたのですが、星座も私から貴方を奪うのですね、陽炎様――)




