番外編3 蟹座の観察
自分の恋愛状況を思い出しながら、奴らを見てみる。
「ひ、翡翠様ぁ、こ、こまりま、す……こんな、高いお着物……」
あれが陽炎の位置――幽霊座。
「そうだねっ、第一趣味が悪すぎるんだねっ、カレンにはこんなの似合わないんだねっ」
あれが闇鳥の位置――悪魔座。
「何を言う。遠慮せず貰っておけ、可憐。悪魔、お前には聞いておらぬ」
あれがオレの位置――翡翠。
三角関係とは、端から見るとこうして見えるのかと実に暇つぶしになる。
気付いたのは、鳳凰から逃げていたふとしたときだ。
窓辺から彼らの会話内容が聞こえたのだ。
幽霊座の面倒について争っていて、幽霊座はおろおろとしながらも、悪魔座の陰に隠れようとして、だがそれは翡翠の腕に阻まれ翡翠に抱き寄せられていて、悪魔座は怒り狂うという図ができていた。
「お、蟹座、何眺めてるんだ?」
陽炎がオレにのし掛かりながら、尋ねてくる。
「幽霊が大変だなと思ってな」
「ああ、はいはい。……うん、確かに大変そうだ。翡翠と悪魔座相手じゃ」
オレの言葉を聞くなり、振り返ると眼が懐かしさを写していた。
お前もかつて、あの位置だったが、お前も困っていたのだろうか――お前も、一時はオレに対して、チャンスはあったのだろうか。
チャンスはあったのだろうな。あったのだろうけれど、鴉のが上回る思いが陽炎の中に宿っていた、それだけだ。
そうでなければ、オレのプライドはずたずただ。
「ああいうのは、誰かが収まらそうとしても、飛び火するからなぁ」
「柘榴みたいにか」
「そうそう。お前と獅子座とかは、昔は俺を助けようとする柘榴に、くってかかったもんなぁ」
くすくすと笑う姿が、可愛らしいと思う辺り、オレもまだ重症の証だ。
「何してらっしゃるんですか」
っぐ、重くなった! 陽炎の上に、鴉座がのしかかった。つまり、オレが一番下で潰されているということだ。
「鴉、貴様重いぞ」
「重くないですよ。私、お前と違って筋肉ないんです。筋肉欲しいんですけれどねぇ。そうしたら我が君をお守りできるのに」
「守りなんていらねぇよ。オレは強くなるんだよ」
陽炎がにやにやとしてるだろうと連想させる浮ついた声で、笑った。
陽炎の言葉にオレはどういうことだろうと、気になり問いかける。
「どういうことだ」
「翡翠に、世界一物理が強い人に、弟子入り祈願書の推薦を書いて貰って居るんだ!」
「陽炎?! 聞いてませんよ、私は! 貴方は~~また、勝手に決める!!」
「あれ、言ってなかったか? だって、俺強くなりたいんだもん」
どういった心境の変化であろうか。
陽炎自身が流されず自らで道を決めるとは。鴉座もそれを応援すればいいのに、とふと蟹座は思った。
「陽炎は退かなくて良いから、鴉は退け」
「おや、それは益々退くわけにはいかなくなりましたねぇ――って、あそこにいるのは、カレンとクガレ……ちょっとココでお待ち下さいね、陽炎様」
鴉は、あの妖仔二人に弱い部分があって、保護者面をする。謂わば柘榴の位置だ。つまりは、翡翠を止めに行くのだろう。それとも翡翠を止めるなら、黒雪の位置だろうか。
「鴉座って、何であの二人に弱いんだろうな」
陽炎がむすーっとしながら聞いてくる。オレが判るわけなかろうが。だが妬いてるその姿は希有で、見られたことにオレは少し笑ってしまう。
笑うと、陽炎がより体重を預けてくるが、貴様ごときの重さでどうにかなるわけないだろう。
「あ、カラス、様……!」
鴉が現れると、悪魔座の後ろに隠れていた幽霊座は鴉座の後ろに隠れる。
今度こそ背が釣り合って、ちゃんと隠れられた。
「何やってるんですか、二人して、カレンを困らせて」
「困らせてないんだね! 助けているんだね!」
「贈り物を捧げようとしていただけだ」
「余計怯えてるじゃないですか、クガレ。贈り物は度を超える高価なものは、押しつけにしかなりませんよ翡翠」
そうそう、そうやって柘榴がよく昔止めたものだ。
オレが宝石を陽炎にあげようとして――もっとも、陽炎の場合は受け取って換金してから、皆に何か奢っていてオレの気持ちを無視していたがな。
「ああいう光景って懐かしいよな」
「望んでるならいつでも仕掛けてやろうか?」
陽炎はオレの言葉に、ばーかと呟くと離れた。お前の重みは心地よかったのに。
――陽炎は、眼を閉じ、昔を思い出している。そして微笑んだ。
「何を笑っている」
「変わらないものなんてないんだなって思って。あの悪魔座が、自らを兄だと教えるようになるなんてね。幽霊座を好きなんだろうなってことは知ってたけど、兄ってことは知らなかった」
「……――人には一つ一つドラマがある、だろ?」
昔、どっかの鳥の言葉を拝借して、陽炎を見やると、頬にキスを受けた。
「今月、生活費やばいから、援助宜しく」
悪戯めいたその笑みも、唇の感触だって、オレを惑わせる。
ああ、しょうがない。今日はダイヤモンドを換金してくるか。