第十八話 どうも保護者です
「嬉しいですか?」
「ん、勿論! だって、技士庵だぜ、あの技士庵! しかも安かった! 技士庵シリーズって金貨が普通なのに、おつりがきたんだぜ?」
「そういえば私が前に差し上げた鉄扇も技士庵でしたね」
「おう、クリスマスにくれた、あれな。あれ、五月舞っていって、結構有名なんだ、使い勝手がよくて」
陽炎は嬉しそうにまだ扇を見ている。そんな姿を見ていると、買ってあげてよかったと思える。何とも可愛らしい表情だ。
好きな人をいつまでも見つめるというのはこんなにも幸せだっただろうか、と鴉座は思いながら、己も手元の扇を見つめる。
まだペアリングを買う勇気はない。指輪をあげたい気持ちは十分にあるのだが、拒否されたらと思うと怖くて買えない。もしも菫がいいと言われたら? 妖仔とはペアリングは出来ないと言われたら? そんなことあるわけないと思っても過ぎる考えに怯える。
だからまるで、この扇がペアリングの代わりのようで嬉しかった。
「宝物ですね」
「うん、俺、宝物にする」
「左様ですか。心より光栄です」
「――なぁ、もう日が落ちかけているな」
「……早めに帰らねばオニと遭遇してしまいます」
「じゃあこれ食ったら帰ろうぜ」
「――……昨夜は菫と何をお話しに?」
「え、ああ」
いつかは聞かれると思っていたが、まさか今聞いてくるとは思わず、つい陽炎は持ってこられた冷やしあめを受け取り損なうところだった。
陽炎は落ちかけたそれを慌てて取って、店員の胸をほっとなでおろさせた。お愛想の笑みを浮かべて、団子も受け取り、昨日の会話を思いだし、鴉座に白雪と話したことも含めて話す。
「――翡翠が菫の父親ですか。それでも世継ぎでないというのは珍しいですね」
「寿命があるからなぁ……あいつ、力使いやがって」
陽炎が冷やしあめを、鴉座の持つ抹茶を飲んだような表情を浮かべて飲んで、ふん、と鼻を鳴らして団子を口にする。
それを見て鴉座は本物の抹茶を口にして、難しい表情を浮かべる。
「――まさか、陽炎、その皆も幸せにしたいっていう言葉の中に、菫も交じってるなんて言わないでしょうね?」
「え、駄目か」
「当たり前でしょう。私が嫉妬深いって知ってるでしょう? それに――彼はどう足掻いても、幸せにする方法は一つしかないのです。でもそれをすると私が不幸になる」
「何ソレ」
「例えば――」
鴉座は陽炎の口の端についたみたらし団子のたれを親指で拭き取り、それを舌で舐める。
その動作が何とも恥ずかしくって陽炎は、目を見開き、暫く固まって動けなくなる。心臓がばくばくと五月蠅い――こんなこと、往来でしなくたって!
陽炎は鴉座を、そろ、と頼りない視線で見上げると、彼はにこりと微笑む。
「こうやって触れ合うことが、彼も私も幸せなんですが、許されるのは一人。一番は二人いては駄目なのですよ」
「――わ、判ってる……。でも、それでも別の何かで幸せになってほしいんだ」
「別の何か、ね」
それも無理な気がする――菫は寿命があるのならば、どんなに頑張っても長生き出来ない。人間にとって幸せとは、長寿ではないのだろうか、と鴉座は考えて和菓子を食べていると、ふと周りの店がもう店じまいをしようとしてるのに気づき、慌てて抹茶やお茶菓子を食べようとする。
「陽炎、大変です。逢魔が時、近いですね」
「え、あ、やばっ!」
それを告げると陽炎も気付いてなかったのか、慌てて口に団子を押し込めるので、喉をつまらせないように注意して見張りながら、己は抹茶を味わったとも言えぬので、急かして飲んだせいでただ苦いだけの印象を覚える。
二人が店から出たときは――完全にお店全てが閉まっていて、人もまばらだった。
今からならば城に間に合うだろう、と思ったのだが、ふと歩き出そうとしたら、子供が己の服を握った。
陽炎は握ってきた子供を見やり、首を傾げた。
「どうした」
「道が判らなくなった。おっかぁの手伝いでここまで来たんだけど、叔父さんの家が分からなくなって……叔父さんと間違えた。ごめんなさい」
子供は既に泣きべそで、この見目は少し蓮見に近い年頃の子供だった。
「どうしよう、オニが、オニがくるよお!」
「大丈夫だ、まだ間に合う。どこかに宿とれ、俺が宿代出すから。それとも道、探すか?」
蓮見を思い出した陽炎は、叔父と間違えられたというところが弱いところでもあったので、親近感を持ち、ついいつもの八方美人になってしまう。
甥を持ち判ったのは、凄く可愛いと言うことだ。だから、誰かの甥っ子というだけでも、つい手助けをしたくなる。
鴉座は止める間もなくそんなことを言う陽炎に、狼狽えた。時間が本当に、刻一刻と迫っているのに、そこまで他人にすることもないと思った自分が浅ましく思えて、苦笑してしまった。
だが陽炎とて、人類皆救いたいなんて思ってるわけじゃなくて、ただ偶々今の甥と同じ年頃の子供だったから助けたくなったのだろう。
陽炎は颯爽と子供と手を繋いで、駆け出し、あちこちの道を走った。
鴉座もその背についていき、背後を時折確認して、オニがきてないかを確かめる。
そうしていると、漸く見覚えのある道を見つけることができたのか、子供が「ああ!」と嬉しい悲鳴をあげた。
陽炎に丁重に礼を言って、慌てて子供は帰っていった。
鴉座は、辺りの暗さに、溜息をついた。
陽炎は苦笑いを浮かべて鴉座を見やる。鴉座はふむ、と呟いてから翼を現し、陽炎を抱えて帰ろうとした。
だが――。
「うがあああ!」
「!」
振り返れば、異形の者が。
劉桜より巨大な図体で、三メートルはあるんじゃないだろうかというほどの大きさ。
片手には金棒を持っていて、眼光は鋭く恐ろしいほどに凍てついている。
牙が思いっきり見えていて、それも鋭利だった。
不細工といってしまえば簡単なのだが、不細工どころではなく醜悪な顔をもっていた。
何処か匂いも醜悪で、これがオニと言われれば納得がいく。
「鴉座、早く、早く!」
「はい、早く帰りましょう――」
鴉座は顔を顰めて、慌てて飛び立つ――だがその羽がオニに捕まり、掴まれれば投げ飛ばされ、鴉座は羽を痛めて飛べなくなり、蹲る。
陽炎は鴉座! と心配するも、それよりも先にぞくぞくとオニが湧いて出てきて、陽炎は戦わねばならないのか、と鉄扇を取り出し、構える。
「陽炎――っく、戦っては、なりません……」
可哀想に、鴉座の黒翼からは血が地味にだが、かなりの量でしたたり落ちている。
あれは折ってしまっただろうなと予感させて、余計に許せなかった。
「――るさい。……俺が時間稼ぐから、お前は逃げろッ」
「それが出来るわけ、ないでしょう? 私が貴方を置いていくなんて――」
「じゃあ俺がお前を抱えていく!」
陽炎は鉄扇をびゅんっとブーメランのように飛ばしてオニを斬りつけてから、戻ってきた鉄扇を手にし、鴉座の肩を支えて、引きずるような形で駆けていく。
だが囲まれたようで、後ろにもオニ。
陽炎は唇を噛みしめたところで、ふと夢を思いだし、いちかばちかで口走る、単語を――。
「伊織!」
「うがぁ!?」
「伊織様!」
「う、うがあ!!!」
オニは伊織という言葉を発すると、がたがたと震えて、動きを止める。
だが追いかけてきてる先ほど斬りつけたオニにはきかないようで、それぞれきくのもきかないのも個体差があるようだった。
だが目の前のオニが動かないので十分、陽炎は走って逃げる。
鴉座は背中に激痛を感じながら、足手まといにならないように必死に駆けていくが――その先にもオニ。
やはり戦うしかない、と陽炎は鴉座をゆっくりと離し、鉄扇を構え、オニに向かう。
だがオニは鉄扇からの切り口を気にした様子もなく、更に言うとオニからの鉄拳には鉄扇の防御力もあまりない。力業で押し通されれば、負けてしまう。
はっきりいってしまえば、そうピンチだった。
その時――。
「いをり、をりをりを、いをりにゆらり――」
「う、うが!? うがああああ!!!!」
陽炎の前に居たオニが地面に蹲る。陽炎はふと声の主を探る――声は、どこから来るのか予想もつかないほど、散らばって聞こえる。
四方八方から響いてるように聞こえるから不思議だ。
「いをり、をろをろ、いろはにほへと――」
その声はオニ達を苦しめていると思えば、別方向からオニが苦し紛れに陽炎に攻撃を仕掛けてきた! オニの力では鉄扇では防げない! 陽炎は怪我を負うことどころか、死を覚悟した――だが、不思議と痛みはこない。
気付けばそこには。
「久しぶりの役目ってやつー? お、ま、た、せ。はぁと、つきで宜しく!」
「柘榴!」
柘榴が陽炎の前に立ちふさがって、不敵に笑っていた。
「保護者、参上!」
オニの拳を、足の裏だけで止めて、力押しされそうになれば、ぐっと渾身の力を込めて、制止させる。