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第一話 鬼の住まう国

 この世には、とてつもなく不幸せな生活を送る者が居る。

 それを強制的に与えた結果が、菫だ。

 菫は反抗的な目を己にした――それが気にくわない。人間というのは大きくなるにつれ、素直じゃなくなっていくから、嫌なものだ。

 腹の底では何を企んでいるか判らない――昔会った、あの聡明な可愛らしい黒雪という子供だって、今ではどうだか。

 昔は大変愛らしかったので、ついつい精術というこの国だけの術を少し教えてしまったが。

 風の噂では死んだとか死んでないだとか聞くのだが。

 

 ミシェルの国王、翡翠ひすいは中が真っ赤な漆塗りの、顔ほどもある大きさの杯を傾け、ぐびっと一気に飲み干す。

 酒は、梅酒――この酒が一番、適度で良い。酒には強くも弱くもないが、そんな自分には適度に好き勝手に飲めるのが梅酒だから。

 それに梅酒は、あの漬けられた梅を食すのが一番の趣向だと思ってる。

 酒を飲むのは、梅を食べるまでの前戯――……翡翠は、首元のアクセサリーというには豪華すぎる金は、何連もわっかになり、宝石が散らばってる首輪を、鳴らす、しゃらんと。

 そして、肩にかけてる羽織を着直して、梅を見つめる――。

 

「予は退屈ぞ――……伊織、そちは予を楽しませるために居るのだろ?」


 翡翠は、杯の中の酒が一滴も無くなると、杯をからん、と梅の木に投げる――。

 その時、伊織からの声が聞こえた。

 

「君が呼ぶのなら、何処にでも現れヨウ、翡翠――」

「来たか、だが退屈だ。予は。菫がくれば、何か変わったことが起こるかと思ったが、そうでもない。ただ、重臣たちや爺どもが騒ぐだけだった――……あの力、確かに強うなってきたがな」

「……――あの力は限りがアルヨ。バイオレットの命がかかっているカラね」

「死なせたくないから、使うな、とでも言うか? そちが予に命令するのか? 生意気だ――」


 ぎろり、と睨み付ける視線の鋭さに、梅の花が揺れる――怯えるように、さわさわと、さわさわと。

 伊織は、肩を竦めて、一つ翡翠が興味を示しそうな情報を与える。

 

「翡翠、黒雪と、プラネタリウムの主人どもがクルよ」

「――ぷらねたりうむ? 何だ、それは?」


 翡翠は、目を細め、酒の瓶に口をつけて、ぐびっと一気に煽る。

 そして、酒がなくなるなり、酒瓶も梅の木に向かって投げて、酒瓶を壊す。

 伊織はそれを見て嫌そうな顔をするが、嘆息をついて、プラネタリウムの話をする。

 

「星を、昼間でも見られるようにした妖術で出来た代物だよ――そこに沢山の妖術がつまっていルンダ」

「……――ほう。そういえば、ユグラルドから国交の書が来ていたと家老が言っていた。その使いが、黒雪か……っふ、ははっ、はははは! 奴が来るのか!」

 

 彼が笑えば、髪の毛が、さら、と靡く――その瞬間、確かに人でない証が見えた。

 イヤリングサイズの小さな角らしきものが、おでこに近い頭部に、見えたのだ。

 翡翠の持つ国は、こういう角、らしきものを持つ者が多い国で、菫が持たなかったのは、稀で、それこそが彼が特別である証――。

 でも、通常ならば一本なのだが、翡翠は四本持っていた。

 それが彼が鬼神として君臨する、国王である証――優秀な王である証なのだ。

 

「面白い――鬼の棲まうこの国へ、来い。予を楽しませろ……予は、実に退屈なのだ。……さて、国務に戻るか」

「翡翠――」

「何だ?」

「……君は、生きてて、楽しいカイ?」

「――……生きることに、楽しいか楽しくないかなんてない。ただ、生きるだけだ――それが産まれた者の宿命だろう? のう、伊織? じゃあな、菫に、城での反超能力派が何か不穏な動きを見せているから気をつけさせよ」

 

 翡翠は、梅の花から背を向け、縁側から出て行く――そして、極東ならではの、天守建築の連立式の城に、入り、ぎしぎしと廊下を鳴らし、上へ目指すだけ。

 

 それを見て、伊織は心を痛める――。

 

(翡翠――君が、笑ってくれるなら、どんなことでもするよ、予は。だから、だから……笑って欲しい。バイオレット、君にも。この国で、死ぬのを覚悟してる君を見るのはとても嫌なんだ……君たちは似ている。君たちは、心から欲しいものが、しがみつきたいものが――何もないんだ。だから生きる価値を見いだせない)

 

 梅の花が慰めるように、一輪、ひらひらと降ってくる――それを見た伊織は子供のように無邪気な笑みを見せ、梅の大樹にそっと手を伸ばす。

 

「大丈夫ダヨ――ただ、あの二人が気がかりなダケダヨ。人間って不可解ダネ、ねぇ君たち……生きるノは、案外つまらないことなのかもしれない。少し、憧れテイタんだけど」

 

 

 それはまるで、己が人間でない者のような物言い――。

 梅の花が、揺れる。伊織の髪の毛と共に。囁くように、数多の年月を思い出すように――。

 

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