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第一話 梅の花になりたかった男の願い

 どんなに笑っても、笑ってるように見えない男を知っている。

 その男は、幸せそうに笑っても良いはずなのだ。

 強い強い能力に、それを欲する国、何処に不満がある?

 だから、笑っていてもいいのに、その男は笑わない。

 

「何故笑わないんダ、君は」

伊織いおり、この世は無情やな。僕が死んだら、新しい命が。僕が生きても、新しい命が。僕なんて、この世界に関係あらへんねや」

「皮肉のツモリかな? バイオレット、君はまだ死んで貰っテは困るンダヨ」


 男は――緑銀の髪の男は笑う。

 笑っている癖に、全然その目は笑っていなくて、寧ろ嘲っている、己に過酷な生を与えた人間を。

 梅の花はまだ咲いていない。だから、力が具現化するには時間がかかるけれど、己は緑銀と居るときは、梅を満開にしたいから、梅を満開にする。せめてこの場だけでも。


「伊織、無理に力を使うな。そんなもので、僕の気が紛れるわけでもあらへん」

「――……昔、梅が好きだって言ってたカラ」

「昔やろ、えっらい昔。――牡丹もおって、親分もまだ生きてる時代の話、……何で知ってる? 盗み聞きか、おんどれ」

「……牡丹を連れてきたら、笑ってクレルかね?」

「連れてくる、じゃあかんのや。僕から行かなあかんねん。――僕の我が儘で、思い出させようとしとるんやから、あいつにとっては嫌な時代の思い出を」


 緑銀は、そう言って背中を見せる。

 そして、振り返り、流し目で己を見つめる――。

 

「伊織、もし僕が死んだときは梅にしてくれや――梅の花に。オマエの力なら、出来るやろ? どうせ純粋な凡人とちゃうんやから、死ぬ姿も選ばせてぇな」

 

 くす、と笑い、マントの裾を引きずって、緑銀は部屋の中に戻ろうとしている――が、その時咽せて、倒れかけ、喀血し、床に血をぶちまけた。

 げほげほと酷く苦しそうな咳をしている。

 

 その時、学習した。

 人は口から血を流しても、耐えることが出来るのだと。

 バイオレットは不思議な人間だ――諦め癖がある。どんなことに対しても、諦めるのに。どんなに食べたい物でも人に譲り、どんなに欲しい剣でも人に譲り、死にそうな時でさえ黙ってその場で静かに時が過ぎるのを待ち、死にかけて――。

 そんな彼が諦めなかった、人間。

 牡丹――こと、陽炎。

 どんな人間なのだろうか。

 陽炎は果たしてバイオレットを覚えていてくれているだろうか? 思いを受け入れてくれるといい――そうしたら、きっとバイオレットはもう諦めることはない。

 生に執着してくれるといい。

 彼が生きたがるようになるならば、どんな手段を使ってでも、虜にさせよう。

 

 梅の花は、陽炎の住む場所にも、あるだろうか――。

 

 緑銀の男の血は、広がり、男の咳は止まり、悔しそうな顔をしている。

 この顔は、生に執着してるからではなく、床を汚したことへの悔しさ――……人とは不思議だ。

 不思議な生き物だ。

 己は、床にある血を消して、緑銀の体調を少し長持ちするように術を使う。

 

「陽炎を手に入れてくれば、イイヨ」

「――ッ余計な世話に、余計なことする神霊やなぁ!」

 

 人は不思議だ――それをすると、彼から睨まれる。

 でもそれが心地良いから、己も不思議なのかも知れないと、伊織は笑った。

 

 梅の花が、一花、落ちる。

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