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第三十話 偽善ごとのが耳に残る

 氷の尾羽がどすどすっと飛んできて、己の足下に突き刺さる。

 体に突き刺さらないのは、多分、蟹座が上手いこと避けさせてくれているのだろう。

 昔はよく痛感していたのに、最近は思うことがなくなった蟹座の戦闘能力を思い知らしてくれる程に、きわどい位置なのにそれを避けさせる。

 鴉座の方にも尾羽が向かうが、その度に鴉座が勘と空気で軌道を読んで避ける。風邪の動きを読むのは鳥だから、得意なのだ。ある意味、空では戦闘向けだと陽炎はふと思ってしまった。

 だが二人の力よりも、陽炎は亜弓の術の力に、戦慄いた。

 風花という部隊がどんなに強いかというのは、柘榴から聞いていたが、孔雀の強さは聞いていない。孔雀がこんなにも幻想的なのに、それとは裏腹に凶暴だなんて思いもしなかった。


「鴉座、無事か――ッ!?」

「ええ、何とかッ。ただ、この糞ガキが五月蠅くてですねぇ!?」

「亜弓様ッ、亜弓様ぁあ!」


 幽霊座が鴉座の腕の中で、わたわたと暴れて、亜弓に呼びかける。少し鼻声で、涙目だ。

 亜弓のことを、よっぽど気に入ってるらしい彼は、手を伸ばし、亜弓の無事を知りたがる。

 だけど、今、亜弓は氷の孔雀。孔雀の意識しかない。

 

「呉ハ何処ダ?」

「お、前、なんか、に、教える、かぁ!ああ!」

「冷タイナ、亡霊」


 その声に、幽霊座はびくっとした。――確かに、亡霊だ。己は、望まれぬ子だった。望まれなかったのに、この世に未練を残して、神官と主人の慈悲でこの世界に居るようなものだ。望まれなかった、そう、己は両親に、存在を望まれずに生き続けた存在――幽霊、何と自分に当てはまる妖仔の名前だろうか!

 一番恐れていた言葉だった。いつか、誰かに言われるだろう、とは思っていたけれど、聞きたくなかった、思いたくなかった言葉だった。

 それを、この体だけは亜弓の孔雀に言われるなんて、まるで亜弓が言ってるようで、幽霊座は泣きたくなり、唇を噛む。


「この子を亡霊と呼ぶのは許しませんよ」


 鴉座は、その様子が見えてないのに、見えぬ何処かを睨み付けるように目を細めて、声を低くして制する、孔雀を。

 彼を貶すことは何処か己の琴線に引っかかったのだ。何より、何故この幼子が馬鹿にされなければならない? そう思うと、鴉座は険しい顔つきを思わずしてしまう。

 幽霊座はその顔に、ふとアトューダを思いだし、泣きそうになる。アトューダは暇を見つけては、蒼刻一の元に居る己に会いに来てくれたらしい、悪魔座曰く。

 鴉座が孔雀を制した瞬間、アトューダが遠い昔、己に言った言葉が何故か蘇った――己ではあまりに遠すぎて覚えてなかった記憶の欠片。

 


(――望まれぬ仔だから、どうというのです。他者は望んでいる。それに、もしかしたら、本当は望んでいたのにやむを得ぬ事情でそうなったかもしれないでしょう? 引け目を取る必要はありませんよ。ねぇ、か弱い妖仔――)

 

 

(アトューダ様……アトューダ、様……。今、ぼくぅは、望まれ、ている、よね? この瞬間だけは、きっと、ぼくぅは望まれて存在出来ている……尊者の言った、他者が、望んでいる、きっと――でも、怖い。怖い、んだぁぁ……すごぅく、すごぅく、こ、怖いぃい……)

 

 気を引き締めて、泣きそうになった目をこすり、鴉座に氷の尾羽の欠片が飛んできていることを教える。

 氷の尾羽は次々と作られ、その度に砲弾になる。

 陽炎がほとほと困り果てていたとき、字環が術を解除したのか、鴉座と蟹座の視界が晴れて、蟹座は陽炎を抱えてスムーズに避け、鴉座も当たらない角度を計算して其処の位置に引っ込む。


「陽炎、どうします?!」

「そりゃぁ、待つしかないだろ!」

「誰を!?」

「亜弓のヒーローを、さ! そうでなきゃ話、はじまんねぇよ、今回ばかりは! その為の今だろ!? 違うか、ああ?!」

「主役が二人存在、するということですか――」

「そういうこと。主役を救えるのは、いつだってヒーローだ。判ったか、悪人面」

 

 どかどかと足音が聞こえる――そこには、柘榴を押しのけて呉が現れた。

 呉は一気に低い室温に、震え、白い息を吐き、亜弓を見やる。

 孔雀は呉にすぐ気付くと、うっとりと見やり、頬を染めた――。

 その顔はまるで、恋する少年のようで――亜弓には見られないかぐわしさがある。

 亜弓は何処か健康的な少年で、彼をひまわりだとすると、孔雀は薔薇だろうか。

 それぐらい種類の違う存在なのに、同じ体を共有している――同じ人を思っている。

 

「孔雀、出て行け。俺は、亜弓しかいらねぇ」

「呉、寂シイ。私ハお前ヲ嫌い――ナノニ」


 とん、っと今まで宙に浮いて、攻撃していた孔雀が、尾羽をつけたまま地上に降りる。

 もこもことした地面におりると、少しぐらついたが、すっと呉に歩み寄り、死人より冷たい手で呉の顔を包み込み、うっそりと微笑む。


「呉、嫌い。憎んでいる」


 聖者の口から出る言葉は、この世の何よりも醜い愛の言葉。

 切ない愛の言葉は、呉の胸を打たない――呉は冷たくも恐ろしい目で、瞳孔を開くだけ。


「亜弓を出せ。亜弓を殺すなら、許さねぇ――」

「……呉、何故私ジャイケナイ? 私ガ妖術ダカラカ?」

「違う――亜弓の泣き声が、耳から離れねぇんだ」


 呉は怖い顔つきだったのに、急にあどけない、少年のように困った笑みを浮かべて、孔雀を撫でる。

 その中に居る亜弓に聞こえるように、願いながら――。


「亜弓が、怖いって人目を気にする声ばっか、耳に残ってンだ――柘榴と陽炎を犠牲にするなっつー綺麗事ばっか訴える、純情少年の涙ばっか脳裏に過ぎンだわ」

「……私ナラそんな子供ミタイナ事、シナイ。言わない。犠牲ガアッテモ、結ばれタイ」

「そこがお前と亜弓の違う所だ、悪いが、俺の耳には偽善事が響くらしい。悪いな、本当に……」


 呉がそう言うと、涙目で孔雀は呉から離れて、また宙に浮かぶ。

 宙に浮かぶと、氷の尾羽で、呉めがけて攻撃する――。

 呉はそれを斧でぶった切り、氷の破片を散らせる。

 

 一見すると、呉と亜弓、愛する者同士が戦っている――そんな光景に耐えきれない人物が一人。

 


(ぼくぅは、望まれている、この瞬間――だから、尊者たちの幸せのために)

 

 それに気づいた闇の気配は、突如空に現れ、鴉座に慌てて声をかける。

 

「ゴーストをしっかり捕まえるんだね! ゴースト、早まっちゃいけないね!」

「幽霊座!」

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