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第二十話 嘘つきはそうして安心する

 ――陽炎ちゃん、貴方が何をしようともあたしたちは恨まない。人間だってそう怖いものじゃない。だから、あんまり人に怯え過ぎちゃ駄目。時によっては人外の方が恐ろしいんだから。


「っていう夢を見たんだ」

「そう」

 冠座は陽炎からまた相談を受けながらも、やはり夢の最後の言葉だけは覚えるのかと学習した。

 今度大犬座に教えておこうと思いつつも、今は皆から非難囂々のデート、そう昨日約束した喫茶店のケーキをご馳走させてもらっていた。

 陽炎はケーキに夢中の冠座を見て、微笑ましいのか、にこにことして水を飲んでいた。

 お茶は金を取るし、どうもあの渋みは合わない。砂糖を入れても何処か苦く感じるのが嫌で、陽炎は飲み物で一番好きなのは、果実酒の次に水だった。

 だが水瓶座から貰う水と違ってあまり美味くないのは、あれが癒しの水だからだろうかと感じながらも、水を一口口にした。



「ねぇ、ところでさ、陽炎」

「何、冠座?」

「……さっきからさ、こっち見てる人がいるんだけど、ケーキ食べたいのかな」

 その言葉に顔を顰めて冠座の視線の先を行くと、薄汚れた暗い赤のマントを身に纏った中年が立っていて、確かに此方を見ていた。

 視線があうと中年は親指をくいっと動かして、外へ出ろと合図をした。

 ……陽炎は、挑発的な相手に苦笑しながら、「いってくる」と冠座に告げて席を立つ。お会計用のお金と彼女を喫茶店に残して、外へ出た。

 中年は此方を見ずに、歩を進める。

 進められた歩の先は路地裏で、成る程やはり裏家業か? と思いつつ一定の距離を保ちながら、陽炎は歩いていた。

 男は立ち止まり、くるりと此方を向く。

 睨み付けてくるかと思えば、いきなり名前の確認をされた。


「陽炎、百の痛み虫――そうだね?」

「うん、そうだ。それで、何の用?」

「……昔、セイラウド河に辿り着いて、ええとその後……」

「――盗賊に拾われて窃盗してとちって囚人暮らし。その後、奴隷になって奴隷生活送った。それがどうかした?」

 陽炎は嫌な過去を突然思い出させられたので、不機嫌な顔をそのままに中年を見やったら、中年は涙ぐんでいた。

 ただの通りすがりの同情の目ではなく、そしてもしも裏家業ならばそんなことで涙ぐんだりはしない。そういう生活があるというのは少ないわけがない、この国は。

 その突然の反応に驚き、陽炎は眼を瞬かせて、何となく一歩後退った。


「……何」

「探しました。探しました、皇子――ッ。貴方と巡り会うために、赤蜘蛛という名を作って良かった……!」

「へ。お、皇子?」

 中年は自分へ跪き、恭しく頭を下げるが、それは鴉座のするものと違って本格的に王室に仕える者のような振る舞いで。相手は自分が何か言うまで、否この調子だと言っても立ち上がらないのかもしれない。


(何が何だか分かんない――)

 

 陽炎はパニック状態の頭で必死に情報を整理しようとするが、まともに考えられないので、赤蜘蛛へ数十秒経った後問いかけようとした刹那、鴉座が現れ、自分の視界に鴉座の背中だけ映さなくさせた。


「鴉座?!」

「……嘘はおやめなさい、赤蜘蛛。貴方は立派な貴族に雇われたボディーガードではないですか」

「それは世を忍ぶ仮の姿です! 手がかりが、裏家業系と聞いたので……あの店を作って、彼を発見したのです。自分は皇子の行方を捜すために送り込まれた、ユグラルドという国の第二王妃の側近ですッ」

「……へ? だ、だいに…?」

「我が愛しの君、この方は頭をおかしくなさってるようです。逃げましょう」

 情報に信頼のある鴉座にそう言われると確かに、と頷けるが、その赤蜘蛛の目があまりにも真剣だったのを覚えてるので、陽炎は頷くことが出来なかった。

 いつもだったら自分の返事を待ってから自分を誘導する鴉座が珍しく、自分を強引に引っ張り駆けだして逃げ出す。

 背中から皇子、と言う声が聞こえたので振り返ろうとしたが、鴉座が切ない声で「後ろを見ないで」と言ったので、鴉座の自分を誘導する背中を見やる。



「……鴉座? どうしたんだ?」

 一通りその中年をまいた後、陽炎は改めて鴉座に問おうとするが、鴉座は先ほどまでの不安そうな声は消し去って、にこりと綺麗な形で微笑んだ。

 それは、とても作り物っぽくて。

 違和感を感じた陽炎は目を細めて、鴉座を見つめて、ぺちぺちと頬を叩く。



「鴉座? お前、変だぞ?」

「それはきっと愛しの君が、例え相手の妄想でも皇子と称されて少なからずとも興奮してるのでしょう。私としたことが。身分が例え変わろうとも、貴方への愛は変わらないのに」

 やれやれと己へのため息を鴉座はついて、すみませんと謝った。

 陽炎はそんな鴉座に、苦笑して、変な奴、と称した。

 それから先ほどのことは忘れたように笑いかけてから、歩き出す。それに鴉座は安堵した。



(――まさか、妾が今や第二王妃の地位にまでなっていたとは。……異国のことだからと、無視していたが、まさか家来を変装させて陽炎様を捜させていたとは――だが……)


「冠座は、ケーキちゃんと食べ終えたかなぁ」

 目の前の主人は、やはり現実から逃げている。人間よりも自分の言葉を信じている。

 それを確認するなり、鴉座は、微笑んで、食べ終えたのを見てから来ました、と教えて安心させてやる。



(――だが遅かったな、我が神の親族よ。この方は、とうに親族ですら拒否するような性格になったのだ――。我々にだけにしか、心開かぬ――)


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