第二十二話 君はどこまでもあの子にそっくり
「駄目だ、鴉のにーさんもカニ男の気配もしない……あいつら、勝手に行動しやがって……!」
柘榴は苛々としながら、プラネタリウムをしまい込む。
射手座には分かる、憎しみが彼の中に募っていると。
封印された宮で、柘榴の憎しみを感じ取り、何処へも向けられない弓矢を持て余す。
(御屋形様は、あの人絡みになると途端、説歌いの心得が消えるで御座るな――)
それはきっと命を賭けて助けに行けることも出来る親友のことだからこそ――今度こそその思いは友情。
宮に封印されていると、牡羊座の泣き声が聞こえる――牡羊座と己の宮は同じで、射手座は泣いている牡羊座を探し、見つけると、足音を立てることなく、近づく。
牡羊座は射手座に気づくことなく、両手を胸の前にあわせて、己の最高神である陽炎に、蓮見が無事であることを祈り続ける。
「蓮見、蓮見」と涙ながらに呟き続けるその姿は、悲痛で。
射手座は牡羊座の目の前まで来ると、そっとその硬い髪の毛を撫でた。
「人馬様――」
「大丈夫で御座ろう。白雪が何とかするはずだ――手前らと違って、あの男は頭が働く。蓮見はきっと、無事に救出出来る」
「……人馬様。そ、そうですわね……――。あの人、出会ったときから……悪事には長けていましたものね」
牡羊座は射手座に励まされれば、ほっと息をついて、そっと外の様子を伺う。
柘榴は鷲座と相談しながら、居場所を探しているようだった――。
「鷲座、もうちょっと西側の気配を見てくれ! おいらは、東を見てみるッ」
「空の方も見てください。蒼刻一は空にいる。彼に居場所を聞くなら、空を探してください」
柘榴は妖術を必死に唱えて感性を研ぎ澄まし、眼を瞑る。
鷲座も感性を研ぎ澄まし、陽炎の声が例え、ため息一つでも聞こえようなら決して聞き逃さない程の、敏感さで目を閉じる。
そうしていると、柘榴が気配を感じたのか、東! と口走った。
「東に行こう、そっちに蒼刻一が居る!」
「東――……了解しました。抱えて行きますので、お掴まりください。向かうのは空なのですから、危険です」
鷲座がそう言うと、柘榴は覚悟を決めた顔つきで頷いて、プラネタリウムをしっかりとしまい込み、武器も装備して、鷲座の背に乗る。
鷲座は翼を羽ばたき、その体には大きすぎる翼で空へ向かう。
空へと飛んで数時間が経ったとき、大きすぎる雲を見つけた。
入道雲なのだろうけれど、それにしてはやけに大きすぎて、ぽつぽつと穴が開いているおかしな雲だった。
夕焼けの後光を受けて、赤く染まるその入道雲はまるで――城。
城の外に、一人、白い男が立っていた。よく目をこらさないと分からないほど、真っ白だった。
この世界が歴史を生み出せば生み出すほど、まっさらに白くなる、不思議な妖術師――世界最強の名の上で、あぐらをかいて高笑いもできる男、蒼刻一だ。
柘榴は彼を見つけるなり、今まで溜めていた鬱憤を晴らすように大声で怒鳴る。
「蒼刻一、呉からかげ君とあゆちゃんを解放させろ! お前は何を狙っている?!」
「――安心しろ、用事が済んだらすーぐに返すさァ。狙ってるだァ? 何のことだ?」
「お前が気に入ってるのは聖霊だけだろ?! 何故かげ君を巻き込む!? 言えッ! お前が何か狙ってるのは分かってるんだよ!」
柘榴は鷲座に下ろして貰い、雲の上に足を下ろす。空に足を置くというのはどうにも不思議な感覚で、雲の感触ももこもことして変な感じだがそれを柘榴は我慢する。
蒼刻一はにたり、と笑い、指先に光りを宿す。
「――柘榴、テメェはいつも真っ直ぐだな。だから、分からないんだよなァ? 上流の川には、下水の汚さが分からないんダワ。だからテメェが聞いても、理解できねぇよ」
「理解出来るか出来ないかじゃない。阻止出来るか出来ないかなんだ。だから、教えろ」
柘榴は強く鋭い、刺すような視線を蒼刻一に向けて、口の端をつり上げる。
蒼刻一が何をしようとしてるかだけ分かればいい。己は彼の説歌いにならなくてもいいのだから。
――柘榴は人を憎むということを、滅多にしない。
だから、鷲座には少し判った、柘榴が蒼刻一を生涯許せない程憎んでいることを――。
射手座の力が効かないのは憎しみが足りないからではない。向けられる弓矢が、幻に向いているからだ。
永久の生者を象った幻に――。
「――教えても、テメェにはどうすることもできねぇよ。ははっ、いいか、柘榴。テメェは僕の手の内で暴れてるだけに過ぎないんだ。人間の誰しもがそうさ! 手から外には出られないんだ。止めようとしたって、テメェは握りつぶされて止められないだけだ――」
「止める!」
「黒雪を殺すのも、僕の手を借りるしか出来なかったテメェに何が出来る!?」
蒼刻一は大笑いして、指を差すが――柘榴は、別に何ともないように、頬をかくだけ。
怒るか、焦るかすると思った蒼刻一は目を細めて、柘榴が何か言うのを待つ――待つと、柘榴はため息をついて、そうだね、と頷いた。
「そうだね、おいらには殺せなかった。おいらには親友の兄を殺す覚悟が足りなかったのかも知れない――でも、お前には怯えない。だって、お前には何も感情は抱いていないんだから――ッ」
柘榴はワイヤーをいつの間にか蒼刻一の腕に引っかけていて、それをするりと引っ張る。
引っ張れば、ぐぐっとワイヤーが腕に食い込み、壮絶な痛みが襲う筈なのに――蒼刻一は顔色を変えず、ただ何も映していない瞳で腕を見やる。
「……何が起こったって、しらねぇぞ」
「おいらは死なない。だって、お前と違って抱えてるもんが一杯あるんさー。だから死ぬわけにはいかない」
「殺すつもりはない――ただ、ちょっと丈夫になってもらうだけさ……」
ワイヤーをいとも簡単に解き、蒼刻一は指先の光りを、柘榴に向ける。
柘榴はそれを跳ね返そうと思ったが、蒼刻一に体術なら兎も角、妖術で勝つのは、ゾウリムシが象に勝つほど無理がある。だから、すぐに鷲座に声をかけて、鷲座に任せて己は避け、またワイヤーの長さを調節し、刺すように投げる。
それを見て蒼刻一は苦笑を浮かべる、いつも浮かべる何か企んでいるような笑みとは違って、仕方がないなぁという困ったような笑み。
「テメェだけだろうなァ? 本気で僕を殺そうとする馬鹿は。大抵、死と敵対してるっていうと、諦めるのになァ。字環せんせ、以外初めてだ」
「……敵対っつったって、徐々に融和していくもんなんだよ!」
「ははっ。だと、いいな! 字環以外の手で死ぬのも、それはそれで面白い! ――だが、夢物語だ、所詮は」
蒼刻一の笑みの種類が変わった瞬間、柘榴の蒼刻一の首を狙うワイヤーが千切れ、蒼刻一が一瞬で柘榴の目の前に現れる。
何か嫌な予感を感じた鷲座が慌てて柘榴との立ち位置を変える。
蒼刻一がそれにしまったという顔つきをしたときには、鷲座に何か力を与えられていた。
「……これは……――不死の術? ……不老の数式も混ざってる」
鷲座は己にかけられた妖術の数式を読み込み、目を見開き、それと同時に喀血する。
――妖仔は、不老不死に近い生き物だ。だから、同じような数式を与えられれば、それは反発し合い、瀕死に至る。
それに気づいた柘榴が慌てて鷲座に「愛してる!」と死の呪いを唱え、反発を緩和させようとするが、今の鷲座には効かない。
ごほごほと、血を吐き、膝をつく。
柘榴が駆け寄り、鷲座の背中をさすりながら、大丈夫かどうかを問う。
鷲座は血反吐を大量に吐いているというのに、少しも動じてないような表情で、ただ眉をちょっと寄せてみせただけだった。
「ちょっと――無理、かもしれません」
「無理じゃない! 鷲座、しっかりするんだ!」
「……柘榴、次は、身代わりになれない。ここから、逃げてください」
「嫌だ、あいつを殺して、すぐにお前を助け――」
鷲座は柘榴が否定した瞬間、胸ぐらを掴みあげて、己の眼前に引き寄せて、声を荒げる。
その瞬間の眼差しを柘榴は永劫忘れることは出来ないだろう。それ程に鬼気迫るものがあって、きっと白雪でもこの眼差しを見れば頷いてしまう気がした。
「いいか、よく聞け、柘榴。蒼刻一は今のテメェじゃ無理なんだよっ! 今、分かっただろ! 月に力を借りないと無理なんだよ! 月がその気になるまで、待て――時期を、待つんだ」
「……鷲座……」
柘榴は首をふって、嫌だ、と呟く。
それから鷲座を背中に、蒼刻一を睨み付ける。その目には憎しみではなく、怒りではなく、鬼気に迫られた者特有の色が宿っており。
蒼刻一は柄にもなく怯えた。あの蒼刻一が、だ。
「蒼刻一、鷲座を助けろ」
「……――あ……」
「助けなさい」
命令形。穏やかなのに命令形。だが口調ははっきりと強く、雄々しい。
その口調に逆らえなかったのか、蒼刻一は鷲座に術を施す――。
「……――これで、治るだろ」
「……――嘘じゃないだろうな?」
「……だといいけどな。まぁ数時間は血反吐はき続けるから、出血量に気をつけろ。無茶させんなよ――」
「……有難う。なぁ、何でおいらを不老不死にしようとしたんだ? もしかして、かげ君もか?」
その言葉に、蒼刻一はこくりと頷き、陽炎も含まれる理由も、ついでに話し出す。
この気迫には逆らえない――かつて、己に救いを求めてきた彼の先祖の聖霊そっくりで。初恋の女性にそっくりで。