第十八話 利用されてあげるよ貴方の顔に免じて
――部屋の片隅で幽霊座が積み木遊びをする。
かつん、かつん。理想の家を、己が生まれていたら住みたかった家を積み上げて造ろうとしているようで、最後に三角の積み木を乗せようとしていた時、一つの影に気づく。
鴉座だ。
幽霊座はまさか鴉座から会いに来てくれるとは思わなかったのか、嬉しげに頬を赤らめて、少し興奮してしまう。
「尊者!」
「こんばんわ、幽霊座」
「ど、どうし、たの……? か、陽炎なら返せ、ないよぉ……」
「いえ、私をお仲間に入れて欲しくて」
にこり鴉座が微笑むと、幽霊座は首を傾げて、思わず高く積み上がっていた積み木を崩してしまい、わぁと慌てる。
直すのを手伝いながら、鴉座は優しく言葉を巧く使う。
「だってやっぱり闇の十二宮が私一人、あちらに居るというのは寂しいですもの。それに陽炎が居る場所が私の居場所ですし?」
「――い、ばしょ? 陽炎と居るだけで、い、いの? そ、それなら、あのね、尊者、喜んで、くれ、ると思うぅう……蒼様ね、陽炎と聖霊様を不老不死にしよ、うとしている、の……」
「……そう、それはそれは」
言葉を濁しておく。
でも表情だけでも嬉しいとでも、作っておかねば幽霊座を欺けなさそうで。
何と苛つく子供だろうか。
無知すぎる。
不老不死なんて、己は求めていないし――例え彼が死んだとしても、彼の墓を守ることが喜びとなりうるのに、ただ暴力的に相手が存在することを望むなんて、無知すぎる。
(――鴉、落ち着け)
(分かってますよ。貴方は私の中で、大人しくしててください。力はまだ使いません)
(……まぁ、オレも面白くないんだがな。その鬱憤は後で晴らさせて貰おうか)
体内で鴉座と蟹座が会話していると、幽霊座は少し興奮した顔つきのまま鴉座に首を傾げる。
「どうされ、ましたぁあ?」
「いえ、なんでも。悪魔座は何処に? 他の十二宮はおりませんか?」
「アクマ、は……」
「ぼかぁ此処に居るんだね」
二人の頭上高く、蒼刻一の登場時のように、空中から現れる。
褐色の少年を見て、鴉座は薄く微笑み、その微笑みから良からぬ物を読み取ったのか、悪魔座は幽霊座には微笑んだが、鴉座には微笑まなかった。
ただ苦い顔をして、困ったような顔をした。
その顔を見て鴉座は確信する――間違いなく、彼は己を怪しんでるがアトューダに恩を感じ、見て見ぬふりをしてくれるだろうと。
「――カラス兄さん」
「こんばんわ、ええと悪魔座?」
「うわぁ、うわぁ。ぼかぁ絶対にあなたに会っても動揺しないと思ったのに、意外とじーんとくるのだね」
「それは、アトューダに恩義を感じて?」
鴉座は苦笑を浮かべて、己の口元に手をおく。
そんな仕草まで、アトューダの生前を思い出して、少し悪魔座は涙が出てくるのを堪える。幽霊座が必死に会いたがるのも、分かってしまうような気がする。それと嫉妬心とかは別にしておいても、彼にどうしても会って「あなたのお陰でこうして生きている」と偽物でも御礼を言いたくなる。
そして、とある別の感情も募る――。
誰にも誰にも言えない、アトューダへの感情。でもそれを鴉座に言うのは、彼を侮辱することになるので、言えない。何より幽霊座の前でもあるし。
己は必死に感情を押し殺して、鴉座を見つめる。何処か遠い目で。
悪魔座は笑いたくても笑うことが出来ないような、見かけは少年の癖に大人めいた表情を浮かべて、鴉座の肩をぽんぽんと叩く。
「悪いね。でも、それだけあの人の存在がぼかぁでかいんだね。ゴーストや、皆にもね。闇の十二宮が水子で出来ているって聞いたかね?」
「ええ、幽霊座から」
「――そっか。じゃああんたは知っててやってるんだね。罪な人だね」
悪魔座はやはり気づいてる。
そう確信できるのは次の一言――。
「そうやって、つるんでる姿見ると、まんま昔を思い出すね、蟹さん」
「……――何のことでしょう」
「とぼけなくてもいいね。ぼかぁ口が軽いけど、どこで使うべきか分かってるつもりだぁね。ご主人にも、仮ご主人にも言うつもりはないね」
そう言って大きな猫の目を開き、にぃと悪魔座は笑う。その笑みがやけに、危ない橋を渡りたがる子供のようで。
鴉座は苦笑して、陽炎は何処? と聞く。
「そこまでぼかぁ親切じゃないね。だから、自分でお探し」
「――分かりました。仲間入り、認めてくださいますよね?」
「――その顔相手に断れるわけがないって分かってるから、性格悪いね、あなた」
悪魔座は笑って、鴉座の手の中にある積み木を奪い、もう鴉座を相手にしないで幽霊座相手ににこにことする。
幽霊座は鴉座を見やってから首を傾げるが、悪魔座が己に微笑んでいるのを見ると、あれだけ鴉座と会うのに反対していた悪魔座が認めてくれたようで嬉しくて、へにゃりと黒目を見せて微笑む。
寝顔も随分幼く見えたが、この微笑み方も随分幼くて、ギャップ差に弱い者は落とされそうだな、と鼻血を堪えてる悪魔座を見て、鴉座は思った。




