第十六話 白雪の特性
先に目覚めたのは柘榴だった。
――柘榴も時、同じくして、陽炎と同じ目に遭ったのだが、陽炎から貰った痛み虫の中に馬車からの事故に強い痛み虫があったようで、幸い怪我がすぐにタイミング良く治った。
体の節々は痛むが、不思議と命に危険があるような感覚はない。
目が覚めると、隣に陽炎が酷い姿で横になっていた。衣服は血塗れで、それを脱がせてやりたいが、下手に脱がすとべったりと血で張り付いてるから皮膚ごと脱がすことになるので出来ない。それともしたほうが良いのか、柘榴には分からない――というより、先にそこまで考えが至らなかった。
彼の顔色は、白い――。
柘榴は全身から血の気が引いて、大声で陽炎の名を呼んだ。
陽炎に手を伸ばしながら――目の前が、涙でにじんで見えない。
嗚呼、己が彼の痛み虫を奪ってなければ彼が無事だったのに、何故プラネタリウムは痛み虫を攫うのか――柘榴は、声も肩も震えながら、必死に陽炎を呼ぶ。
「かげ君! かげ君! 嘘だろ、なぁ!? 何でそんなに顔色白いんだよ! ちょっと、冗談やめろよ! ふざけんな!! 嫌だ、陽炎!」
「しっ、柘榴様」
ふと気づけば、水瓶座が真剣な顔で陽炎の体に、治療の水を含んだタオルで体を拭いていて、彼が汗を流している姿を見れば、長時間それをやっているのだな、と思わせた。
長時間それをやって、これだ。
どれだけ最初は酷かったのだろう、と柘榴は急に力が抜けた。
彼を失っていたかもしれないという恐怖が最初にやってきて、その後で己も同じ目に遭ったのだという恐怖が生まれて、少し喋る気を無くさせる。
「……何が、どうして」
柘榴の声は力なかった。現実が大きすぎて受け止められないような、ギャンブルに負けた大人のような声をしている。体は震え、気丈な柘榴が珍しく、言葉を見失っている。
水瓶座は丁寧に陽炎の体を拭きながら、柘榴の言葉に答える。
「蟹座の言葉によれば、馬車が来たそうです。おそらく蒼刻一の術で、動けなくなったそうです」
「……そっちも、馬車、なのか?」
柘榴は体の震えを止めようと、片手で己の体を押さえて、ゆっくりと歯が震えで鳴らないように喋る。
水瓶座は柘榴に視線をやることはせず、陽炎の体を必死に拭きながら、今回ばかりは正解のマイナス思考を働かせる。
「……柘榴様。これは、完全に呉の味方を、蒼刻一がしてるということですね。呉は、酷い。陽炎さんや柘榴様にここまでやるなんて……骨も残らない程ぐしゃぐしゃになってたら、どうする気だったんでしょう」
「……その時は、蒼刻一に殺されて終わり、デショ?」
今度の水瓶座のマイナス思考はあり得ない話ではないだけに、ぞっとする。
柘榴の肌に鳥肌が立った頃に、とんとん、と部屋にノックが響く。
白雪と亜弓がやってきた。
白雪は陽炎の姿を見るなり、頭を抱えて何か感情を堪えているように見えた。
そして、陽炎の側に寄るなり、彼の手を両手で持ち、何かぶつぶつと祈り事を彼にしては珍しく呟き続けていた。
小さく聞こえたが、彼の国の言語で、神様への祈りのようだった。そう、神に感謝することのほうが、この場合は正解のような気がする。柘榴は、その祈り文句が何故だか気になり、背筋がぞわぞわとした。
亜弓は涙目で、目を赤く腫らしていて、柘榴の姿を見るなり、わんわんと泣き、無事が分かると飛びついて、柘榴の胸で泣く。
「柘榴兄! 柘榴兄! 良かった、無事で! 生きててよかったよおおお!!!!」
「あゆちゃん、あゆちゃんのほうにはなんもなかった?」
「……うん、こっちは、皆がいたから。面会謝絶らしいんだけど、特別に入れて貰った、僕らだけ。僕、初めて妖仔に感謝した。陽炎さん……陽炎さんもごめんなさい、僕の、僕の所為でッ!」
「あゆちゃんの所為じゃないよ。おいらたちが油断しただけなんだ、よ……あれ、はれれ、なんか、おいら、疲れたのかな。眠気が……」
「……僕も。どう、して……」
ふと見ると、水瓶座が寝ていて、代わりに白雪が陽炎を回復していた――髪の毛が紫だ。何時の間にやら祈り文句が、神への冒涜となる言葉になっていて、柘榴は、くらくらとする頭で必死に考える。
(ああ、何だ。鷲座の嫌な予感ってこれか)
白雪が、裏切った――。