第七話 嫌いとしか言えない
亜弓は此処へ来てから、幾分か気分が楽になっていた。
何せ此処には柘榴が居るし、同じく同性愛の陽炎が居るのだ。この家は世界中の視線が閉ざされるような気がして、嬉しくなる。
これで気分が軽くならないのは嘘だ。
風呂上がりにタオルを頭に乗せて、鼻歌を歌ってしまうほど。
風呂は良い湯だったし、大きな屋敷で少し緊張するが、与えられた部屋は今は旅立っている劉桜という人物の部屋だったということで、少し自分に近い感じがする趣味が見える部屋なので落ち着く。
部屋に向かい歩き、ふと窓辺から見える冬景色に立ち止まってしまう。
なぜなら、そこには、そう呉が居たから――。
薄紫のローブはやけに月夜に映えていて、少し発光して綺麗だった。
暗いから見えないが、明るい時に会ったなら、綺麗だっただろう水色の髪の毛はローブの中で、一房に纏まっている。
垂れ眼の三白眼は怖い印象で、今にも人を殺しそうな程強い視線。
何処か冷風を漂わせて、そいつはそこに浮いていた。
「呉……呉!」
「亜弓……――止めに来たか。まさかとは思ったけれど」
「ああ、そうさ、君の間違いを止めに来たんだ! 僕は、柘榴兄や陽炎さんを犠牲にしてまで君と一緒に居たくない!」
「つれないな――……ただ一言、待ってると言えば良いんだ、お前は。なのに、何故抗う? お前とも俺とも関わりのない二人じゃねぇか」
「大ありだよ! 二人とも優しくしてくれた!」
亜弓は金切り声をあげるように、全否定をした。
そして呉を睨み付けるように見上げて、悲しげな顔をする。
どうして分かってくれないんだ、そう叫びたい――それは二人とも。
呉だってどうして分かってくれないという思いで一杯だが、我慢してぐっと飲み込んでいる。
「君だって僕が君を受け入れたから、好きになってくれたんだろう? 僕だってそうさ、受け入れてくれる人が必要だったんだ。二人は、難なく受け入れてくれた――」
「うるせぇ、たまたまだ。たまたまテメェの容姿がどんぴしゃだっただけだ」
「んだと!? 好きになったのがたまたまだって?! やい、呉、調子に乗るなよ! 僕は君が嫌いだ! 他の人間と同じ意味でね!」
「調子に乗ってンのはテメェだろうが、鼻歌まで歌いやがって」
「何だってー!? み、見て居たのーっ?! わわわ、この野郎め、ちょっと見ない間に小生意気になっちゃって!」
「生意気なのは、お前だ、ばーか」
二人は口げんかを一通りした所で、思わず亜弓が噴き出してしまい、それから呉も釣られて笑い、くすくすと二人は笑う。
そして、二人で「今のはノーカウント」と己の口元に人差し指を置いて、顔つきを元に戻す。
「――……あの二人と俺のお前への思いを一緒にするな。お前の呪いが解けたら、くどいほどお前に思いを告げてやる」
「……呉、何かを犠牲にした思いは、嬉しくないよ」
「どうして割り切れない? 他人は他人、自分は自分だ。誰かを可哀想だと思っても、助けるワケのない手は意味がない。結局は、自分が一番なんだ。亜弓、お前はもう少し人らしくあれ」
「人らしくあるから、裏切りたくない!」
亜弓は構えて臨戦態勢だ。亜弓とは戦うつもりのない呉はため息をついて、その場から去る。
その消える姿を見て、亜弓は臨戦態勢のまま、悲しげに視界を歪ませる。
「蒼め――蒼め! 呉に余計なこと、吹き込みやがって……!」




