第十四話 周りの視線
(どうしたんだろう、僕――)
あの時――微かに、体の中で意識があった。
呉が孔雀に、お前の物だと言ったとき、いらっとして悲しかった。
その気持ちの正体がもやもやとしていて分からなくて、亜弓はため息をついた。
随分手が冷えている――何故か、ここのところ、冷え性ではないのに、手足が冷えることが多いのだ。
誰かに触ると、「冷たッ!」と驚かれることが多くて。そのくせ死人ではない。
(……呉に触れないように、かなぁ)
孔雀は呉に思いを寄せている、それは分かる。
呉と接触するとき、何処かから切ない鳴き声が聞こえるような気がするので分かるのだ、それは。
それはそれは切ない程に悲しく、愛して止まない衝動が孔雀の中を駆けめぐっているのだと。
――だが、その感情は己とは別の筈だ。
何せ、呉は男だ。自分も男だ。それで海幸についてだって悩んでいたのに、海幸は迷うのに、呉だと戸惑いが少ないとはおかしいだろう。
(呉はそりゃ良い奴だって思うけれど……)
「もう、手遅れデショ? なぁ、孔雀――」
亜弓はクウエルの実を手に取る――。
と、その時、亜弓のテントに誰か入ってきた。
風花の若い女子連中と土樹の中年の女子連中だ。
亜弓は片手を振って、クウエルの実をぽんっと宙に投げて、キャッチする。
「もう大丈夫なの、亜弓?」
「うん、まぁねー」
「海幸がすっごく心配してたわよー!」
「ははは、もう腐れ縁だからねぇー!」
亜弓はにかっとして微笑むと、女子連中は今なら聞けると見たのか少し真剣な顔をして、亜弓に問いつめる。
「ねぇ、海幸が亜弓に告白したって本当?」
「え……その……」
「まさかそんなことないわよねぇ?! だって男同士だもの! ね、亜弓!」
「……う、うん」
亜弓は恐怖を感じていた。
此処で本当だと言えば、それだけで郷に広まり、皆に特殊な目色で見られることが分かり、怯えた。
(嫌だ――嫌だ、嫌だ、嫌だ! 誰か、誰か、助けて!)
心の中で必死に叫んでも、現れるヒーローは居ない。
否、元からこの質問に対し、誰も悪い人間はいないのだ。ごく当たり前のことを聞いているだけなのだから。
それでも、亜弓は苦しむ――海幸もこんな思いを抱えて、それでも己に告白してきたのだろうか。
何と彼は強いのだろう――己はこんなにも怖いのに。
亜弓は怯えを隠しながら、女性陣を見つめ返す。
「亜弓、海幸とあんまりじゃれすぎると勘違いされるから気をつけなさいよ」
「う、うん……分かった」
「……――本当ね? あ、それと海幸の好きなタイプって分からない?」
「……多分……髪の短い子」
亜弓が少し顔を俯かせるのに反応したように、女の子はきゃあきゃあと喜び、「私も髪切ろうかしら」とか「私、チャンスだわ!」とか言っている。
まさか理由が「僕が髪の毛が短いから」だなんて言えない。
亜弓は必死に怯える体を叱咤して、女性陣を見送る。
「……例え、呉が好きだとしても、僕には勇気がない。それなら、友達でいたいじゃないか。海幸って凄いな……」