第十七話 そうして朝は味方となる
その様子を見て、蟹座はほくそ笑み、フルーティはあちゃぁと頭を掻いた。
(――そう、それでいい。お前はまだ捕らわれたままで居るんだ。あの玉をお前から奪おうとする奴は徹底的に疑え。巧く追い払えたら、褒美をくれてもいい)
フルーティは陽炎の様子を完全にプラネタリウムに取り憑かれていると思ったのか、話し相手を蟹座に変えて、蟹座を睨み付ける。
その瞳には彼の髪色とは似合わない薄暗さが宿っていて。
「今度は何処まで優しくされたんだ、あの坊主は?」
「……――元から孤独だからな。人寂しい奴だったから、簡単だったさ」
「相変わらずそういうとこ、つけいるの好きだよねーあんたら」
やれやれとため息をついて、フルーティは陽炎に向き直り、半目で見やる。
(――やだな、蟹座が愛属性ってことは、不純な動機じゃなくてプラネタリウムを手放したくないってことなんだ。厄介だな、そういう奴ほど、中々手放させるのは難しいってのは、前回ので思い知った)
フルーティの視線に陽炎は何だよ、と睨み付けて、メイスの柄で肩を叩く。
フルーティは陽炎の睨みも何ともない様子で、んーと唸ってから、愛嬌のある表情を向ける。
「おいらが信用出来ないか?」
「信用も何も、殺せって依頼されてきたのに」
そういう奴に一瞬でも縋ってきたのは陽炎だと、心の中でフルーティはつっこみ、爆笑した。
なんというか、変なところで気を抜くようなタイプで、昔の友人を思い出す。
随分と変わり種の人間のようで、プラネタリウムが入れ込むのも判る気がした。
「ね、百の痛み虫、おいらはもう殺す気ないよ。だから本名教えてあげる」
にっとチェシャ猫のような笑みを浮かべてフルーティは柘榴と名乗った。
偽名の者が本名をこの世界で名乗ると言うことは、命を相手に預けるのに等しいことで、そこまでする理由が分からない陽炎は顔を顰めて、とっさに蟹座へ戸惑った顔を向ける。
すると蟹座は、面白くないといった顔つきをしていて、陽炎と目が合うと、後で覚えてろと呟かれて、陽炎は戦慄いた。
「えっと……――」
「おいらは教えたんだから、そっちも教えてくれるかぃ?」
「ああと、陽炎――……」
「そ、かげ君ね。おいらはね、かげ君、その玉の所為で不幸な奴がまた出てくるのはもう嫌なわけ。といっても、いきなり言われて納得するわけがないから今日の所は帰るでありんす~」
そういって、柘榴は屋根の板へ向かって手首の腕輪に仕込んである鉤付き縄を撃って、華麗に屋根へと着地する。
それから陽炎に、ばいばいとにこりと笑ってから、「とりあえず水瓶座には気をつけな~♪」と最後に言葉を残して去っていった。
その様子をぽかんと眺めて、それから陽炎はへたり、と座り込みかけたが、蟹座が支える。支えたところで陽炎が僅かに震えていることに気づき、にやぁと笑いたかったが抑えた。
「……――奪われる?」
「だろうな。あいつは、本気で捨てさせたがるだろうからな」
蟹座はくすくすと笑って陽炎を言葉でいたぶる。
先ほど、少しでも柘榴に心許した罰と言わんばかりに、言葉で切り刻む。
「捨てられたら一番困るのは誰だろうな? 誰もが嫌うお前の周りには誰も来ないのに」
――その言葉にぞくりと恐怖したのを見通してか、蟹座は背後から抱きしめて耳元で更に低く囁き、彼を傷つける。
「人間を宛にして傷ついた昔の自分に戻りたいか? あいつだって友達のふりして、最後にオレ達を捨てさせた後はお前に飽きて捨てるだろう。劉桜という男だって弱いから、すぐに死んでしまう。お前の側には、また誰もいなくなるぞ?」
「……嫌だ」
「人間など永遠の情があるわけではない。それはこの世の理とも言えよう。……お前も情は永遠ではなく、プラネタリウムを見捨てるのか?」
それは暗に、陽炎も他の人間と同じで見捨てるのか、と聞いている。
彼の知ってる奴隷達と同じだと言ってる言葉で、その時にびくりとした陽炎が楽しい。
今の声色は陽炎の心の傷を抉るからこそ優しく甘ったるい響きを持つ。鴉座が口説くときなんかよりも甘い響きに聞こえるが、実際は酷い言葉を放っている。
「……見捨てない。安心しろ、だからとりあえず離せ。一人になりたい」
陽炎は混乱すると一人になりたがる時がある、だけど蟹座はそれを許さず益々混乱させる。
「一人? 誰がそんな許可をした? このままと、また暴力を受けるの、どっちがいい? 偶には暴力などなく、お前を愛でるのも楽しい。いつ殴られるかと怯えるお前が楽しい」
「どっちも嫌だし、お前にとっちゃ五月蠅いのが来たよ」
現れたのは大犬座。
眼をぎらぎらと燃やし、陽炎をがっちりと後ろから離さない蟹座を睨みあげる。
可愛らしい顔を真っ赤にして真剣に怒ってるのだな、と陽炎は苦笑した。
「離しなさいよ、蟹座っち。陽炎ちゃんを傷つけるなんて、星座ではあり得ちゃいけないことよ」
「今は暴力はふるってはおらん。ただ鴉座の真似事をしているだけだ」
「鴉座っちは、少なくとも無理矢理抱きしめたりなんてしないわ。それに、言葉の暴力を貴方はふるっている! 陽炎ちゃんが何をしようといいじゃない、陽炎ちゃんの選択は自由だし、それが人間の自由。プラネタリウムに縛られない自由じゃない。それなのに、何でそんな脅迫まがいのことをするの!?」
大犬座の言葉は蟹座とは正反対の言葉で、見捨ててもいいよと言ってるように聞こえたのは陽炎の気のせいだろうか。
それでもその言葉に安堵は出来ず、それは他の人間と同じでいていいと言われてる気がして、陽炎は少し心にもやがかかった。
それに気づいた蟹座は大犬座へ、加虐的な笑みを浮かべる。
「お前も言葉の暴力をふるっているみたいだぞ? 星座が暴力をふるうのは、あり得ちゃいけないことではなかったのか?」
「――陽炎ちゃん、陽炎ちゃん。貴方は悪くない、貴方は自分も人であることを受け入れなきゃいけないのよ。だから、そんな顔をしないで。あたしたちは人である貴方を愛しているの」
大犬座はやけに大人びた言葉を、甲高い子供の声で、陽炎へ投げかけて諭す。
だがそれを陽炎は素直に受け入れられず、曖昧に苦笑を浮かべるだけだった。
そんな笑みを見て、大犬座は昨夜三人が企んでいた言葉を思い出し、人という存在に弱く人外という存在に別の意味で弱い陽炎の心を利用する三人への憤りを感じた。
「……ッ最低。最低よ、あんたらホモ三人組! いつの間にこんなに弱めさせたの! 最初にあたしを作ったときの陽炎ちゃんは、まだ人への依存はあったわ! 強い星、そう劉桜ちゃんのような人を見つけたがっていた!」
「……そいつが勝手に、引きこもりだしただけだろう? なぁ、陽炎?」
くつくつと蟹座は笑い、陽炎の耳元でまた甘く囁き問いかける。陽炎は問いかけられれば、蟹座を睨みたいけど力が込められない眼をして、振りほどこうとするが、動けず、しょうがないので、ホモにはホモをと、鴉座を召喚した。